第2節:八番目の色
アイゼンが振動を止めると、音楽も止みました。
彼は満足げに「プシュゥ」と蒸気を吐き、私の頭をポンと撫でました。
大きな、ゴツゴツした手。
かつては冷たい兵器だったその手は、今は日向の匂いがします。
「……すごいねぇ、アイゼンにはかなわないなぁ」
リアが鼻をすすり、それから私の膝に抱きつきました。
「おねえちゃん、今の音も『色』なの?」
「ええ、そうよ」
私はリアの柔らかい髪を撫でました。
「目に見えるものだけが色じゃないの。音も、匂いも、温度も……心が震えたら、それは全部『色』なんだよ」
私は、自分の胸に手を当てました。
かつてここには、七色の結晶がありました。
今はもうありません。
でも、ここにはもっと複雑で、名前のつけられない色が溢れています。
リアの髪の、日向のような匂いの白。
アイゼンの装甲の、焼けた鉄のような錆色。
そして、三人が一緒にいる時の、このポカポカとした体温の色。
「それはね、虹にもない、八番目の色」
「はちばんめ?」
「うん。世界で一番、愛おしい色」
リアは不思議そうに首を傾げましたが、すぐにニコッと笑いました。
「よく分かんないけど、マシロおねえちゃんが笑ってるから、いい色なんだね!」
日が傾いてきました。
私の白い視界が、うっすらと茜色に染まっていきます。
そろそろ野営の準備をしなければなりません。
「行こうか」
私が言うと、アイゼンが立ち上がり、私を支えてくれます。
リアが私の左手を握り、元気よく歩き出しました。
「次はね、あっちの丘に行こうよ! あそこなら、夕日がもっと綺麗に見えるかも!」
「そうだね。……リア、どんな色か教えてね」
「うん! 任せて! えっとね、焼き立てのパンみたいなオレンジ色!」
「ふふ、美味しそうだね」
ゴォォォ……。
アイゼンが、お腹が空いたような音を鳴らして、私たちを笑わせました。
私たちは歩き続けます。
いつか彼女が大きくなって、**帰るべき場所**へ送り届ける、その日まで。
今はまだ、もう少しだけ。
この小さな温かい手と、大きな鉄の手を繋いでいたい。
私の地図は真っ白です。
でも、この両手の温もりがある限り、道に迷うことはありません。
音と、匂いと、体温に彩られた、限られた時間の中へ。
探すものは、もう「救済」ではありません。
彼女の記憶に一生残るような、とびきりの「八番目の色」です。
外伝1 「見えない地図と、八番目の色」 完




