第2節:0色目の記憶
ふと気づくと、私は「塔の頂上」に立っていました。
霧は晴れています。
眼下に広がる世界は、あまりにも鮮やかでした。
かつての灰色の荒野は、見渡す限りの緑の大地に変わり、濁った空は澄み渡る青さに満ちています。
美しい。完璧な世界。
私たちが目指し、そして救おうとした世界そのものです。
「……あれ?」
私は自分の手を見ました。
傷一つありません。汚れもありません。
私は「勇者」として、世界を救ったのです。
けれど。
足元に転がっている冷たい感触に、心臓が凍りつきました。
アイゼン。
私の身体よりも巨大なその鉄の指は、動いていませんでした。
赤錆だらけの装甲は冷え切り、カメラアイの光は消え失せています。
(……知ってる)
私の魂が、警鐘を鳴らしました。
この光景を、私は知っている。
いつか見た夢? いいえ、もっと確かな、焼き付くような絶望の感触。
これは私が一度「選んでしまった」未来だ。
「……ねえ、アイゼン」
口から勝手に言葉が溢れます。
「返事をしてよ……」
返事はありません。
ただの鉄塊に戻ってしまった彼が、最後に守ろうとしたのが「私」だなんて。
そんなの、計算間違いにも程があるよ。
ズキリ、と右腕が熱を持ちました。
袖を捲り上げると、皮膚を侵食していたどす黒い痣の根が、心臓を半分ほど覆っています。
あと指一本。あと数分。
そこまで届いていれば――私はきっと、もう二度と「色」を使えなくなって、楽になれたのに。
生き残ってしまった。
世界に色を取り戻して、あなたを失って、私だけが「勇者」として讃えられる。
(……なに、これ)
記憶? いいえ、違います。
これは「予知」だ。
私の思考、行動パターン、そして世界の理を計算し尽くした塔が弾き出した、最も確率の高い未来図。
『どう? 素敵でしょう? 』
空からカルミナの声がします。
それは慈愛に満ちた、けれど冷徹なシステムの音声でした。
『世界は救われた。人々は幸福になった。騎士は役目を終えて眠りについた。……これが、あなたが無意識に望んでいたハッピーエンドよ』
ハッピーエンド?
これが?
アイゼンがいない世界で、私だけが生きて笑うことが?
ふざけるな。
『あら、不満なの? この未来ログによれば、あなたはここで涙を流し、英雄として生きていくはずよ。騎士も、道具としての本懐を遂げて満足しているわ』
道具。本懐。満足。
その言葉の一つ一つが、私の逆鱗に触れました。
カルミナは何も分かっていない。
アイゼンは道具じゃない。
そして私は、一人で幸せになんてなりたくない。




