第3節:歓迎する鉄の森
大広場。
そこは、広場がいくつも入るほどの広大なスペースでしたが、床が見えませんでした。
赤一色に埋め尽くされていたからです。
ザッ、ザッ、ザッ。
金属音が重なり合い、地鳴りのように響きます。
整列した数千体の機械兵団。
カルミナ直属の親衛隊です。
彼らの装甲は磨き上げられた深紅で、手には最新式の熱線銃が握られています。
一糸乱れぬ動き。
まるで一つの巨大な生き物のように、数千の頭部が一斉にこちらを向き、数千の目が起動しました。
ブォン。
空間が赤く染まります。
センサーの海が、私たちという「異物」を睨みつけていました。
さっきまでの静寂は、この瞬間のための演出だったのです。
「ようこそ、処刑台へ」という、カルミナからの悪趣味な挨拶。
逃げ場はありません。
後ろには閉ざされたゲート。前には死の壁。
普通の人間なら、絶望して膝をつくでしょう。
でも、私たちには彼がいます。
「……はっ。派手な歓迎だな」
ヴェールさんが乾いた笑いを漏らします。
「アリの這い出る隙間もねえ。真正面から突っ込むなんざ、自殺志願者のやることだぜ」
「いいえ」
私は助手席で、膝の上の通信機を握りしめました。
恐怖はありません。あるのは、静かな怒りと、絶対的な信頼だけ。
これから起きることを想像するだけで、血が沸き立つような高揚感がありました。
「道は、彼が作ります」
ズウン……!
後部座席ではなく、荷台のコンテナが内側から激しく叩かれました。
彼が、出撃を求めています。
彼もまた、この「綺麗な地獄」を壊したくてうずうずしているのです。
三百年前の眠りと、私たちが旅してきた痛みを、全部ぶつける時が来たのです。
「……マシロ、合図を」
ヴェールさんがハンドルから手を離しました。
私は頷き、荷台へ繋がるハッチのロックを解除しました。
カシュ、という軽い音が、号砲のように響きました。
「行って、アイゼン!! 全部、壊しちゃって!! 」
ドォォォォォォン!!
私の号令と同時でした。
鉄の柩の荷台が、内側からの衝撃で弾け飛びました。
留め具が千切れ、分厚い鉄板が紙屑のように宙を舞います。
その爆風の中から、彼が飛び出しました。
アイゼン。
赤錆色の巨体が、空中で太陽の光を浴びてギラリと輝きます。
彼はそのまま、重力に身を任せて、赤一色に埋め尽くされた機械兵団のど真ん中へと落下しました。
ズガンッ!!
着地の衝撃で、大広場の純白のタイルが波紋のように砕け散りました。
周囲にいた数体の赤い兵士たちが、衝撃波だけで吹き飛び、壁に叩きつけられてスクラップになります。
土煙が晴れると、彼はそこにいました。
ゆっくりと立ち上がるその姿は、周囲の最新鋭機よりも二回りも巨大で、そして圧倒的に「不格好」でした。
流線型の美しい赤い兵士たちに対し、彼は無骨な鉄の塊。
剥き出しのパイプ、継ぎ接ぎの装甲、そして全身を覆う赤茶色の錆。
けれど、その姿こそが、この無機質な空間における唯一の「生命」に見えました。
ギィィィィン……。
アイゼンのカメラアイが、虹色に明滅します。
そして、腹の底に響くような駆動音が唸りを上げました。
それは言葉を持たない彼の、宣戦布告の咆哮でした。
『道を空けろ』と。
ピピピピッ!
敵のセンサーが一斉に反応しました。
『脅威判定:最大。対象を排除します』
数千の赤い兵士たちが、一斉に熱線銃を構えました。
シュババババッ!
真紅のレーザーの雨が、アイゼンに降り注ぎます。
避ける場所などありません。
「アイゼン!」
私が叫ぶよりも早く、彼は動きました。
防御? いいえ。
彼は一歩も引かず、むしろレーザーの雨に向かって突っ込んだのです。
ジュウウゥ!
装甲が焼ける音がします。塗装が剥げ、煙が上がります。
でも、止まりません。
私の血で覚醒した彼の装甲には、うっすらと虹色の皮膜が展開されていました。
熱線を弾き、散らしながら、彼は最前列の兵士を鷲掴みにしました。
グシャァッ!
最新鋭の合金で作られた敵の頭部が、アイゼンの錆びた指に粉砕されました。
彼はその残骸をそのまま武器として振り回し、隣にいた三体をなぎ倒しました。
そこからは、一方的な蹂躙でした。
美しさも、優雅さもありません。あるのは圧倒的な「質量」と「暴力」だけ。
アイゼンが腕を振るうたびに、赤い兵士たちがボールのように宙を舞い、壁に激突して火花を散らします。
綺麗な白い床が、黒いオイルと鉄屑で汚れていきます。
完璧だった幾何学模様の陣形が、ぐちゃぐちゃに掻き回されていきます。
「ははっ! 見ろよあの暴れっぷり!」
運転席で、ヴェールさんがハンドルを叩いて笑いました。
「芸術的だねえ! 女王様自慢の『お人形』たちが、ただのガラクタに変わっていくぜ!」
私も、震える手で窓枠を掴んでいました。
怖くはありません。胸がすくような思いでした。
これが私たちの「色」だ。
綺麗に整列なんてしない。泥臭くて、乱暴で、でも誰よりも熱い。
その熱量が、冷たい管理社会を物理的に破壊していく様は、涙が出るほど痛快でした。
戦闘は、数分で決着がつきました。
数千体いたはずの赤い兵士たちは、その半数がスクラップとなり、残りの半数はアイゼンの威圧に道を開けていました。
広場の中央には、鉄屑の山が築かれています。
その頂点に、アイゼンが立っていました。
全身から蒸気を噴き出し、装甲は傷だらけで黒く煤けています。
けれど、その虹色の瞳は、一点の曇りもなく輝いていました。
彼はゆっくりと振り返り、私たちに向かって手を差し伸べました。
『来い』と。
「……行きましょう」
ヴェールさんがアクセルを踏みました。
鉄の柩は、アイゼンが作った「鉄屑の道」を進みます。
タイヤが敵の残骸を踏み砕く音が、凱旋パレードのファンファーレのように響きました。
広場の最奥。
塔の内部へと続く、巨大な厚さ数メートルの隔壁が閉ざされていました。
アイゼンはそこへ歩み寄ると、指を装甲の隙間にねじ込みました。
ギギギギギ……ッ!!
モーターが悲鳴を上げ、火花が散ります。
彼は全身のバネを使い、その怪力だけで、要塞の門を無理やりこじ開けようとしていました。
「開け……アイゼンッ!」
私の祈りに応えるように、右腕の七色が激しく明滅しました。
ズズズ……ガァン!!
轟音と共に、扉が左右に引き裂かれました。
その向こうに広がる闇。
塔の内部。カルミナの胎内。
アイゼンは開かれた門の横に立ち、私たちが通るのを待ってくれました。
私は窓から身を乗り出し、彼の装甲に手を触れました。
熱い。火傷しそうなほどの熱。
「ありがとう、アイゼン。……行こう、終わらせに」
私たちは闇の中へと車を走らせました。
背後で、再び赤い兵士たちが動き出す気配がしましたが、もう遅い。
魔女と騎士は、すでに城の内側に入ったのです。
第25章 「虹色の暴君、鉄の凱旋」 完




