第1節:カビの生えた揺り籠
ネオン街を出発し、私たちは塔へ向かうルートから、少しだけハンドルを切りました。
私の強い希望で、ある場所へ立ち寄ることにしたのです。
「……ここか」
ヴェールさんが車を止め、エンジンを切りました。
そこは、私の生まれ故郷ではありません。
けれど、記憶も名前もなかった私が、初めて「マシロ」として生きた場所。
そして、私が最初の罪を犯してしまった場所――かつての「灰の村」です。
しかし、そこに広がっていたのは、記憶にある殺風景な荒野ではありませんでした。
「……うわあ。なにこれ」
リアが窓にへばりつき、小さく震えました。
「森……なの? でも、色がぜんぶ、灰色だよ……?」
視界を埋め尽くしていたのは「灰色の森」でした。
植物が生い茂っているのに、鮮やかさが一切ないのです。
葉はすべて墓石のような青灰色。
幹はねじれ、表面には石膏のような白カビがびっしりと張り付いています。
風が吹くと、カサカサと乾いた音がして、灰色の胞子が雪のように舞い上がります。
私がテオに注ぎ込んだ過剰な「赤」が、彼の制御を超えて溢れ出し、周囲の土地ごと変質させてしまった成れの果て。
ここは再生の地ではありません。
死ぬことを許されない、「永遠の停滞」の森でした。
「行きます」
私はドアを開けました。
彼に、会わなければいけません。
車を降り、私たちは徒歩で灰色の森の奥へと進みました。
足元の草は踏んでも折れず、ゴムのような弾力で押し返してきます。
目指すのは、村外れの廃工房。
かつて私とアイゼンが暮らした場所。
ねじれた木々を掻き分けると、崩れかけたトタン屋根が見えてきました。
工房は、巨大な灰色の植物の根に飲み込まれ、押しつぶされそうになっていました。
そして、その中心に、彼はいました。
「……マ、シロ……?」
植物の幹と半ば同化した少年。テオです。
彼の身体は、私が治した傷口から噴き出した肉腫と蔦によって、巨大な樹木の一部になっていました。
皮膚は樹皮のように硬化し、瞳だけがギョロリと動いています。
「……テオ」
私が駆け寄ろうとすると、ズズズ……と地面から根が持ち上がり、威嚇するように動きました。
しかし、今の私には最強の騎士がいます。
ブォン。
アイゼンが一歩前に出て、虹色のフィールドを展開し、根を弾き返しました。
「……あ、あぁ……アイゼン……動いた、んだ……」
テオの枯れた唇が動きました。
「約束……守ったんだね……」
彼の目には、再会の喜びと、それ以上の深い絶望が宿っていました。
彼はこの場所で半年間、飢えることも、眠ることも、死ぬことさえもできず、ただ植物として意識を保ち続けていたのです。
私がかけた「優しさ」という名の呪いによって。




