第4節:最後の晩餐
その夜、工房の片隅で、ささやかな宴が開かれました。
作業台の上に並べられたのは、ヴィオラさん特製の『オイル缶シチュー』。
中身は普通の野菜と干し肉ですが、綺麗に洗ったオイルの空き缶で煮込むのが、ここでの流儀です。
ゴトゴトと煮える音。立ち上る湯気。
「わあ!あったかい!おいしい!」
リアがフゥフゥと息を吹きかけながら、スプーンを運びます。
その無邪気な笑顔を見ていると、ここが地下の掃き溜めであることを忘れそうになります。
私も一口食べました。
……味が、よく分かりません。
野菜の甘みも、肉の旨みも、遠い世界の出来事のようにぼやけています。
味覚も、もうシステムの一部に置き換わってしまったのでしょう。
でも、胃の中に落ちる温かさと、みんなが囲んでいるテーブルの空気だけは、痛いほど感じられました。
「おいマシロ、食わねえと身体が持たねえぞ。ほら」
ヴェールさんが、自分の分の肉を私の缶に移してくれます。
「……ヴェールさん、そんなに食べられません」
「うるせえ。これから血を抜くんだろ。栄養つけとけ」
彼はぶっきらぼうに言い捨てて、自分はスープだけをすすりました。
「マシロおねえちゃん、あーん!」
リアが私の膝に乗ってきて、自分のスプーンを差し出します。
「ふふ、あーん」
リアの笑顔。ヴェールさんの不器用な優しさ。
ヴィオラさんの、どこか悲しげで、でも温かい視線。
これが最後かもしれない。
この「無意味で、非効率で、温かい時間」が、私が人間として記憶できる、最後の景色かもしれない。
私はその味を、舌ではなく心の一番深い場所に刻み込みました。
もし私が塔の一部になって、全ての記憶を失ったとしても。
このシチューの温かさだけは、忘れたくないと思いました。




