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色彩搾取の灰色世界で、不器用な魔女は鉄の騎士に命を捧ぐ 〜クロマティック・ウィッチ〜  作者: w.t.
23章:『硝子越しの共犯者』

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第3節:『魔女の余命診断』

「……ヴィオラさん。少し、時間をいただけますか」


リアとヴェールさんが、奥で物資の搬入作業をしている隙に、私はヴィオラさんに声をかけました。


「何よ。感動の再会は済んだでしょ」


「違います。……私の耐用回数(スペック)を、正確に知りたいのです」


私は作業台の前の椅子に座り、着ていたコートを脱ぎました。


ヴィオラさんが怪訝な顔をする前で、私はためらうことなく、その下のシャツのボタンにも手をかけました。


一つ、二つ。


ボタンを外す指に、迷いはありません。


羞恥心という人間らしい感情よりも、現状の確認という合理性が上回っているからです。


「……ちょっと、あんた」


ヴィオラさんが止めようとするのを制し、私はシャツを肩から滑り落としました。


薄暗い工房の照明の下、私の半裸の身体が晒されます。


「……っ」


ヴィオラさんが息を呑み、くわえていたタバコが床に落ちました。


それは、あまりにも異様で、そして残酷なほどに美しい光景でした。


白磁のように透き通った、少女の華奢な右半身。


その肌をキャンバスにして、漆黒の結晶が、絡みつく蔦のように覆い尽くしていました。


ただの火傷や痣ではありません。


黒曜石を砕いて埋め込んだような、硬質で鋭利な輝き。


その黒い硝子細工の奥底で、回収した七つの色相――赤、青、黄、緑、紫、藍、橙が――銀河の渦のように混ざり合い、妖しく明滅しています。


指先から侵食した「夜」は、二の腕を食らい、肩の滑らかな曲線を飲み込み、鎖骨の窪みを埋め尽くし……。


そして、膨らみかけの左胸の柔らかな上、心臓のわずか数ミリ手前で、刃物のように鋭く尖って停止していました。


人の形をした器の中に、極彩色の泥濘が無理やり詰め込まれている。


それはもう生物ではなく、禁忌の技術で作られた生きた硝子細工のようでした。


「……綺麗だと思いませんか?」


私は自分の体を、まるで他人の作品を評するように言いました。


「痛みはありません。ただ、内側で何かがきしむ音がするだけです」


「……狂ってるわ」


ヴィオラさんは呻くように言い、震える手で棚から無骨なスキャナーと、冷たい金属製の聴診器を取り出しました。


「……じっとしてなさい。深呼吸」


彼女の指が、私の肌に触れます。


ひやりとした金属の感触。


けれど、私の皮膚はそれを「冷たい」と感じているのか、それともデータとして「温度低下」と処理しているのか、もう判別がつきませんでした。


ヴィオラさんは、黒い結晶の縁――心臓に突き刺さる直前の、白と黒の境界線に、慎重に聴診器を当てました。


カチ、カチ、カチ……。


ドクン、という鼓動ではありません。


硬質な秒針が、終わりの時間を刻むような音が聞こえたはずです。


彼女は眉間に深い皺を寄せ、モノクルの倍率を最大にして、私の肌の表面を舐めるように観察しました。


「……信じられない。血管も、神経も、全部が結晶回路クリスタル・サーキットに置換されてる」


ヴィオラさんが、うわ言のように診断結果を口にします。


「心臓の膜、一枚。……いいえ、薄紙一枚の表面張力で、今のあんたは形を保ってるわ」


「進行は、止まっているのですか?」


「止まってるんじゃない。『満杯』なのよ」


ヴィオラさんはスキャナーを乱暴に置き、私を睨みつけました。


「コップの水が、表面張力でギリギリ盛り上がっている状態。……これ以上、一滴でも注げば溢れる。逆に、一滴でも揺らせば弾け飛ぶ。あんたの体は今、そういう極限の均衡の上に成り立ってるの」


私は、静かにシャツを羽織りました。


ボタンを留めるたびに、あの妖艶な極彩色の泥濘が隠され、ただの少女の姿に戻っていきます。


「それで……あと何回、魔法(アウトプット)に耐えられますか?」


ヴィオラさんは苦虫を噛み潰したような顔で、二本の指を立てました。


「……大規模な魔力放出なら、せいぜい一回。運が良くて二回ね」


「二回、ですか」


「ええ。それ以上、内圧をかけるような真似をすれば、侵食が進むんじゃなく……あんたという器自体が、内側から砕け散って消滅する」


それは、死の宣告でした。


けれど、不思議と私の心は凪いでいました。


二回。


アイゼンを再起動させるのに一回。


……残る一回は、予備か、それとも誰かを守るための盾か。


計算ができるなら、対策は立てられます。


「十分です」


私はコートを羽織り、髪を直しました。


その動作の一つ一つから、人間らしい「揺らぎ」が消えていくのを感じます。


「十分……? あんたねぇ、死ぬのよ?」


「目的は達成できますから。……掃いて捨てるような障害(ノイズ)は、ヴェールさんに任せます。私のこの(インク)は、無駄な余白には使いません」


冷たく、乾いた言葉。


鏡に映る自分の瞳は、どこまでも澄んでいて――だからこそ、ひどく「空っぽ」に見えました。


ヴィオラさんがゾッとしたように肩を震わせるのが分かります。


「……可愛げのないガキ。今の言い方、姉さん(カルミナ)にそっくりだわ」


「光栄です。……母様、ですから」


私は、あの人のように完璧な、拒絶の笑みを浮かべてみせました。


そのまま背を向け、部屋を出ようとして――。


ドアノブに手をかけた瞬間、視界が急に歪みました。


おかしい……涙腺は、とっくに枯らしたはずなのに。


喉の奥が熱くなり、さっきまであんなに滑らかに回っていた舌が、急に重い鉄の塊になったような気がしました。


私は、ドアに額を押し付けたまま、小さく声を漏らしました。


「……ごめんなさい。……今のは、嘘。嘘です、ヴィオラさん」


「マシロ……?」


「……本当は、怖い。……怖いんです。余白なんて、本当はいっぱい欲しい。美味しいものを食べて、リアと遊んで、アイゼンと……どうでもいい話を、もっと、もっとたくさん……」


握りしめた拳が、ガタガタと震え出します。


魔女の仮面が、たった数秒の沈黙でボロボロと剥がれ落ちていきました。


「でも……そう言わないと、足が動かなくなっちゃうから。……今の私、すごく、嫌な子でしたよね」


私は振り返ることができませんでした。


カルミナに似ていると言われたことが、何よりも自分を傷つけていた。


誰よりも嫌っていた「あの人」のやり方でしか、自分を鼓舞できない自分の弱さが、情けなくて、悔しくて。


「……あんたは、本当の馬鹿ね」


背後で、ヴィオラさんの深いため息と、ライターの火を点ける音が聞こえました。


でも、その声はさっきよりもずっと柔らかく、湿っていました。


「……いいわよ。その『可愛げのなさ』も含めて、最後まで付き合ってあげる。……さあ、顔を上げなさい。不細工な顔でリアの前に出るつもり?」


「……はい」


私は深く息を吸い込み、冷たい手で自分の頬を叩きました。


もう一度、魔女の鎧を纏い直す。


けれど今度は、冷酷な計算式ではなく、震える自分の心を隠すための、優しくて悲しい嘘として。


「……さあ、行きましょう。……リアが、待ってます」

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