第6節:完成する器
第6節:完成する器
踊り疲れて、最後のポーズを決めました。
私は見えない彼の胸に顔を埋め、深くお辞儀をしました。
「……ありがとう、アイゼン」
その時です。
パキィ……と、硬質な音が響きました。
見上げれば、天井のシャンデリアが震えています。
300年間、この館の時を止め続けていた「巨人の涙」。
その中央にあった紫色の輝きが、私のダンスに応えるように、ゆっくりと切り離され――。
ヒュゥ……。
一粒の光の雫となって、私の手の中へ落ちてきました。
「……これが、最後の色」
私の掌で、紫色の結晶が冷たく脈打ちます。
それは、私の「孤独」を肯定する石。
誰かに守られるだけだった私は、もういません。
たった一人でも気高く立ち、踊り、振る舞う「女王《魔女》」としての資質。
この石は認めてくれたのです。
シャンデリアの輝きよりも強く、冷たく、高貴な光。
その光は、ドレスの紫と共鳴し、私の皮膚の下へと染み込んでいきます。
カチリ。
何かが、決定的に「嵌まる」音がしました。
赤、橙、黄、緑、青、藍、そして紫。
7つの色が、私の血管の中でネットワークを結び、一つの巨大な「虹」となって循環を始めました。
それは力ではありません。
もっと無機質な、機能の確立でした。
『認証:全色相確保』
『個体名:イリス。器の修復完了。純正炉への接続権限を承認』
脳内に響くシステム音声。
同時に、右腕に走っていた激痛が、嘘のように消え失せました。
痛みが消えたのではありません。痛覚信号さえも、システムに取り込まれたのです。
袖を捲ると、どす黒い結晶が心臓の直前まで伸び、そこでピタリと静止していました。
これ以上進めば、私は人でなくなる。
これ以上進まなくても、私はもう人ではない。
私は、鍵だ。
塔を開き、アイゼンを救うための、ただの美しい道具だ。
「……終わった」
私はドレスの裾を握りしめ、荒い息を吐きました。
体は鉛のように重いけれど、心は湖面のように澄み渡っていました。
紫の意味は「自己犠牲」。
高貴であるということは、誰かのために散る準備ができているということ。
「行くぞ、マシロ」
いつの間にか、ヴェールさんが大広間の扉を開けて待っていました。
彼はもう、皮肉を言いませんでした。
ただ、完成してしまった「生贄」を見るような、痛ましく、けれど敬意に満ちた目で私を見ていました。
「……王子の迎えはないが、俺たちが送ってやる」
「はい」
私は涙を指で拭い、顔を上げました。
さようなら、一夜限りの舞踏会。
さようなら、ただの少女だった私。
私はドレスを脱ぎ、トルソーに戻しました。
再び袖を通した私の服は、生地もごわごわしていて、油の匂いがします。
でも、今の私にはこの匂いこそが相応しい。
私は鏡の中の自分に別れを告げ、扉へと向きました。
その背中には、もう迷いはありませんでした。
私は『彩りの魔女』。
世界を救うためじゃない。
たった一人を救うために、燃え尽きるの。
第22章 「紫の輪舞曲、見えない貴方へ」 完




