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色彩搾取の灰色世界で、不器用な魔女は鉄の騎士に命を捧ぐ 〜クロマティック・ウィッチ〜  作者: w.t.
22章:『紫の円舞曲、見えない貴方へ』

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第5節:最後の舞踏(ラスト・ダンス)

着替えを済ませ、大広間ボールルームへの階段を降りました。


コツ、コツ、コツ。

履き慣れないハイヒールの音が、静寂なホールに響き渡ります。


月明かりが、高い天窓からスポットライトのように差し込んでいました。



ホールの巨大な鏡に、一人の少女が映っています。


紫のドレスは、旅で痩せ細った私の体を優しく包み込み、右腕の醜い侵食痕さえも、長い手袋(ロンググローブ)が隠してくれていました。


そこに映っていたのは、灰色の魔女でも、ただの部品でもなく、一夜限りの**「お姫様」**でした。



「……マシロおねえちゃん、すごい」



階段の下で待っていたリアが、ぽかんと口を開けています。



「ほんとうに、おひめさまだ……」



ヴェールさんは、腕を組んだまま言葉を失っていました。

何か言おうとして口を開き、結局、フンと鼻を鳴らして目を伏せました。



「……馬子にも衣装だな。ま、悪くはねえ」



私はホールの中央へ歩み出ました。


音楽はありません。風の音さえ止まっています。

あるのは、300年分の沈黙だけ。


でも、私には聞こえました。

記憶の底から響く、重厚で、一定のリズムを刻む駆動音が。



プシュウ……。

プシュウ……。



それは、世界で一番安心できる鼓動。



(……ねえ、アイゼン)



私は誰もいない虚空に向かって、そっと右手を差し出しました。


ドレスの裾を左手で摘み、膝を折って挨拶(カーテシー)をします。



(一曲だけ、踊ってくれる?)



返事はありません。


けれど、私の差し出した右手に、確かな「重み」が乗りました。


ゴツゴツとした、冷たくて大きな鉄の掌。

錆びた指の感触。オイルの匂い。


彼がそこにいる。



目には見えなくても、私の心が、私の全神経が、彼の巨大な輪郭を完璧に描いている。


ふわり、と体が浮くような感覚。

リードされるままに、私はステップを踏みました。



カツン。

シュッ。



ヒールの音と、衣擦れの音だけが響きます。


私はダンスなんて習ったことはありません。

でも、不思議と足が動くのです。彼が支えてくれているから。


私がバランスを崩そうとすると、見えない腕が背中に回り、優しく、力強く支えてくれるから。



ターン。



私は見えないパートナーに身を委ね、くるくると回りました。


紫のスカートが花のように開きます。

月光の中で舞う(ほこり)が、まるで金色の紙吹雪のように見えました。



「……おい、あれ……」



ヴェールさんの震える呟きが聞こえました。


彼らの目には、私が一人で虚空を抱きしめ、狂ったように回っているように見えるでしょう。

痛々しくて、見ていられない光景かもしれません。


でも、今の私には、アイゼンの赤い眼が、優しく灯っているのがはっきりと分かるのです。



彼は笑っている。


鉄仮面の下で、不器用に、けれど愛おしそうに私を見ている。



(アイゼン、私ね、頑張ったよ)



ステップを踏しながら、心の中で話しかけます。



(痛かったよ。怖かったよ。でも、ここまで来たよ)



彼の大きな足を踏まないように。

彼の錆びた装甲に傷をつけないように。


私は丁寧に、涙が出るほど大切に踊りました。



これは「紫」の魔法が見せる幻影でしょうか。

それとも、死に近づいた私の脳が見ている走馬灯でしょうか。


どちらでもいい。


今、この瞬間だけ、私たちは確かに結ばれている。


言葉も、体温もいらない。

ただ、このリズムだけが、私たちが「二人でひとつ」だった証。



永遠に続けばいいと思いました。

夜が明けなければいいと思いました。



けれど、(リズム)は終わります。


最後の旋律が、私の頭の中で静かに溶けていきました。

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