第1節:時を止めた館
藍色の氷原を抜けた先に、それはありました。
猛吹雪が支配する極寒の世界で、そこだけがまるで別の法則で守られているかのように、風が凪いでいます。
雪の中に埋もれることなく、凛と佇む『紫紺の洋館』。
尖塔を持つ屋根。優美なアーチを描く窓枠。
かつて、塔の貴族たちが下界の景色を愛でるために建てた別荘でしょう。
300年という風雪に晒されながら、その外壁は高貴な紫の輝きを失っていません。
廃墟と呼ぶにはあまりに美しく、現役と呼ぶにはあまりに静かすぎる。
「……すげえな。ここだけ時間が止まってやがる」
ヴェールさんが感嘆の息を漏らしました。
彼が吐いた白い息が、館の敷地に入った途端、ふわりと消えていきます。
「結界か? いや、もっと古い『保存魔法』の類か……」
私たちは鉄の柩を降り、重厚な正門を押し開けました。
ギィィ……。
蝶番が軋む音が、静寂な空気を震わせます。
一歩足を踏み入れると、世界が変わりました。
埃っぽい、けれど甘い香り。
古書と、ドライフラワーと、蜜蝋の匂い。
エントランスホールには深紅の絨毯が敷き詰められ、頭上には巨大なシャンデリアが――光こそ失っていますが――宝石の涙のようにぶら下がっています。
そこは、私たちの知る「灰色の世界」とは隔絶された、夢の跡地でした。
壁に掛けられた肖像画の貴婦人が、目も口も動かさずに、侵入者である私たちを見下ろしています。
「おしろみたい……!」
リアが目を輝かせて走り出しました。
彼女の足音が、吸い込まれるように響きません。
私も、その非現実的な光景に目を奪われていました。
ボロボロの旅装束。
泥と油にまみれたブーツ。
包帯だらけの手。
ここにある全てが美しすぎて、自分たちがひどく汚れた異物のように感じられ、思わず身を縮めてしまいました。




