第1節:診断名「不潔」
駆動炉が唸りを上げ、鉄の柩が雪煙を上げて動き出した、その時でした。
ふっ、と。
世界から「音」が剥ぎ取られました。
あれほど狂ったように吹き荒れていた吹雪が、唐突に止んでいます。
いえ、止んだのではありません。
空中に舞う雪の一粒一粒までもが、見えない力で整列させられたように、空中で静止していました。
「……なんだ? 空気が、変だぞ」
助手席で、ヴェールさんが鼻を動かしました。
色漏症で嗅覚が鈍っているはずの彼が、露骨に顔をしかめています。
「臭わねえ。オイルの匂いも、土の匂いもしねえ……まるで、死体安置所だ」
その違和感の正体は、進行方向にありました。
雪原の上に、雪よりもさらに「白すぎる」壁が立っていたのです。
それは氷壁ではありません。
この空間だけを世界から切り離す、拒絶のカーテン。
その前に、一人の騎士が佇んでいました。
手術衣のような白さを纏った甲冑。
顔を覆う無機質な面体。
白の粛清騎士・ブランシュ。
彼女は武器を構えることなく、ただ事務的に、手にした羊皮紙のような薄い板に視線を落としていました。
「……汚染源、イリス。ならびに随伴する廃棄物二名」
彼女の声は、硝子越しに聞くようにクリアで、そして体温を感じさせませんでした。
「一度は『切り捨て』という正しい判断をしたようですが……なぜ、エラーを起こした部品を拾い直したのですか? 同情は感染します。あなたは今、自ら病を広げました」
私は車を降りました。
怒りよりも先に、肌が粟立つような恐怖を感じていました。
彼女が放っているのは殺気ではありません。
ただの「業務」としての冷たさです。
「そこを退いてください。私たちは、塔へ行かなければなりません」
「許可できません。この先は『人の住む世界』ではありません。選ばれた者だけの無菌の箱庭です」
ブランシュが、手に持っていた長い槍の穂先を、地面に向けました。
カツン、と石突が鳴ると、白い波紋が広がります。
波紋に触れた雪や土が、瞬く間に「真っ白な無機物」へと変質していきました。
「あなたたちは病原体です。特に、その男。……中身が腐って漏れ出している」
「……俺のことかよ」
「ええ。そして、その鉄屑。錆びついた過去の遺物は、衛生環境を害します。……洗浄が必要です」
洗浄。
その言葉が、私の背筋を冷たく撫で上げました。
「あなたたちのその泥臭い感情、執着、痛み……全て洗い流してあげましょう。真っ白になれば、もう誰も苦しまなくて済む」
ブランシュの論理は、私がさっきまで陥っていた「藍色の罠」そのものでした。
感情を捨てれば楽になる。
切り捨てれば効率的だ。
彼女は、私が選ばなかった「冷酷な正解」の成れの果てなのです。
「……どうして」
私は震える声を絞り出しました。
「カルミナは……あなたの主は、私に色を集めさせているはずです。なのに、なぜあなたが邪魔をするんですか?」
「主の意図など関係ありません」
ブランシュは即答しました。
「私の機能は『清潔の維持』。……あなたが色を集めれば集めるほど、世界は複雑になり、混沌とし、汚れていく。それは私の美学に反します。主が許しても、私の規律があなたを許容できない」
それが答えでした。
彼女は忠実な騎士ではない。
自分の「潔癖」というルールに暴走している、壊れた掃除人形。




