第2節:白銀の無菌室
ブランシュが槍を一閃させました。
白い霧が津波のように押し寄せてきます。
触れれば、存在が希釈され、消えてしまう。
逃げ場はありません。
周囲はすでに白い結界に閉ざされています。
「くっ……!」
私はアイゼンの影にリアを隠し、右腕を展開しようとしました。
しかし、魔法を構築するそばから、術式が白く漂白されていきます。
火を出せば灰に、水を出せば蒸留水に。
意味を持ったあらゆる現象が、無意味な「白」へと還元されてしまう。
「無駄です。私の白は『無』。どんな色も、ゼロを掛ければ消滅する」
ブランシュが静かに歩を進めます。
その足跡すら残りません。
彼女が通った後は、完全な更地になっていくのです。
「……へっ。綺麗すぎて反吐が出るぜ、騎士様よぉ!」
ヴェールさんが飛び出しました。
短剣を逆手に持ち、白い霧の中へ突っ込みます。
ですが、彼の剣がブランシュの鎧に届く寸前、その刀身が白く錆びつき、砂のように崩れ落ちました。
「……汚物。近寄らないでください」
ブランシュが軽く槍を振るいます。
それだけで、ヴェールさんの体は弾き飛ばされ、雪の上に転がりました。
「が、はっ……!」
「ヴェールさん!」
駆け寄ろうとする私の足を、白い侵食が止めます。
ブーツの底が白く変色し、感覚が失われていく。
勝てません。
力比べではない。存在の強度が違うのです。
彼女は「正しい」。
純粋で、混じり気がなく、完璧です。
泥だらけの私たちが、どうあがいても勝てる相手ではない。
(……いや)
私の右腕が、熱く脈打ちました。
藍色の結晶。
[cite_start]冷たい「理性」と静かな「知性」 [cite: 1, 2]。
それが、私の視界を変えました。
恐怖で曇っていた目が、冷たく澄んでいきます。
ブランシュの動きが、緩やかに見えました。
彼女の完璧な所作。一片の無駄もない槍捌き。
そのあまりの「正しさ」に、違和感を覚えます。
――単純すぎる。
彼女の世界はシンプルです。
白か、黒か。
清浄か、不潔か。
[cite_start]だから強い。迷いがないから、処理が速い [cite: 1]。
けれど、それは脆さと同義です。
たった一つの「想定外」が混入しただけで、その完璧な円環は崩れる。
「……ヴェールさん」
私は雪に這いつくばる彼に、声をかけました。
彼は血を吐きながらも、まだ死んでいない目を私に向けていました。
「……なんだよ。遺言なら、あとにしてくれ」
「私に、貴方の『汚れ』をください」
ヴェールさんが一瞬、怪訝な顔をしました。
けれど、私の瞳にある冷ややかな光を見て、何かを悟ったように口元を歪めました。
「……へっ、物好きな女だ。俺の血は高くつくぜ?」
彼は左腕の、色漏症でボロボロになった包帯を、自身の歯で食いちぎりました。




