第6節:エラーコード『涙』
キィィィン……。
氷原のど真ん中で、鉄の柩が停車しました。
外は猛吹雪。視界は白一色で、気温はマイナスを遥かに下回っています。
私は無言で機関ハッチのロックを解除し、助手席のドアを開けました。
「……降りてください」
吹き込む冷気が、車内のわずかな熱を奪っていきます。
ヴェールさんは、抗議しませんでした。
彼は私の瞳をじっと見て――そこに「迷い」が一切ないことを悟ったのでしょう。
「……へえ。本気かよ」
「本気です。計算しました。あなたがここで降りれば、食料消費率は40%改善。私の魔力リソースも温存できます。この先、天蓋の基部へ到達するための生存確率は、今の12%から48%まで上昇します」
完璧な計算です。数字は嘘をつきません。
感情は不確かですが、確率は絶対です。
「……そうか。48%か。そいつは高いな」
ヴェールさんは皮肉っぽく口の端を吊り上げ、よろりと車外へ出ました。
雪に足を取られ、膝をつきます。
その背中はあまりに小さく、脆く見えました。
「じゃあな、マシロ。……せいぜい、うまくやれよ」
彼は振り返りません。私も、ドアに手をかけました。
これで完了。タスク終了。
そう思って、ドアを閉めようとした瞬間です。
「――いや!!」
後部座席から、小さな塊が飛び出してきました。
リアです。
彼女は私の腕にしがみつき、ドアが閉まるのを全力で阻止しました。
「だめ! ヴェールをおいていかないで!」
「リア、離れて。これは必要な処置です」
私は淡々と説明しました。子供相手に、分かりやすく、論理的に。
「彼はもう壊れています。連れて行っても役に立ちません。荷物を軽くしないと、私たちもアイゼンも助からないの」
「わからない! そんなのわかんないよ!」
リアが泣き叫びました。
その声が、静寂な青い世界に不協和音として響きます。
耳障りです。思考のノイズになります。
「マシロおねえちゃんのバカ! けいさんなんて大嫌い!」
「嫌いでも、事実は変わりません」
「かわるよ! だって、ヴェールはくれたもん!」
リアは鼻水を垂らしながら、ポケットから何かを取り出しました。
それは、赤の遺跡でヴェールさんが彼女に渡した、ねじれた鉄屑の花でした。
ただのゴミです。機能的な価値はゼロです。
「ヴェールは優しいの! これくれたの! パンもくれたの! だから置いてっちゃダメなの!」
「それは過去の事象です。現在の彼のスペックには関係ありま……」
ドンッ。
リアが、私の胸に頭突きをしました。
物理的な衝撃。そして、彼女の涙が私の頬に飛び散りました。
熱い。火傷しそうなほど、熱い涙。
『警告:論理エラー発生。計算式に矛盾』
脳内で、青い文字が明滅しました。
価値ゼロの鉄屑を「宝物」と呼ぶ非合理性。壊れた部品を「優しい」と呼ぶ評価基準。
私の計算式には、その変数が入力されていませんでした。




