第5節:理性の拒絶
再び鉄の柩を走らせます。
目指すは、氷原の彼方にそびえる「天蓋の基部」。
そこは、世界で最も重力が強く、最も時間が遅く流れる場所。
そして、第六の色相結晶「藍」が眠る場所です。
車内は沈黙に包まれていました。
リアは重力酔いでぐったりと眠っています。
助手席のヴェールさんは、浅い呼吸を繰り返しながら、窓の外の闇を見つめています。
ズキリ、ズキリ。
右腕の結晶が、規則正しく痛みを信号として送ってきます。
目的地に近づくにつれ、私の思考は研ぎ澄まされ、余計なものが削ぎ落とされていきました。
(次の戦闘が発生した場合、ヴェールさんの生存確率はほとんどない)
(彼を守りながら戦えば、私の魔力消費は跳ね上がる)
(アイゼンを治すための魔力が枯渇するリスクがある)
――結論。
――彼をここで切り離すべきである。
その思考は、驚くほどスムーズでした。
罪悪感はありません。悲しみもありません。
ただ、複雑な数式を解いて、「解」が出た時のようなスッキリとした納得感だけがありました。
「……次は、理性の色」
私は無意識に呟いていました。
「私の、一番嫌いな色」
隣でヴェールさんがピクリと反応しましたが、私は構わず続けました。
なぜ嫌いなのか。その理由さえも、今の私には「分析対象」でしかありません。
「理性は、いつだって正しい顔をして言うから。『もう手遅れだ』って」
「『感情で動くのは非効率だ』って。『諦めるのが、最も被害の少ない賢い選択だ』って」
私は、冷え切った手で操縦桿を握りしめました。
その感触は、アイゼンの指の冷たさに似ていました。
でも、アイゼンの冷たさは優しかった。
今の私の中にある冷たさは、鋭利な刃物の冷たさです。
(ヴェールさんを連れて行くメリットはない)
(リアのお荷物になるだけだ)
(ここで彼を降ろせば、食料も燃料も浮く)
正しい。あまりにも正しくて、反論の余地がない。
藍色の領域の声が、私の耳元で甘く囁きます。
『楽になりなさい。正しさに身を委ねれば、迷わなくて済む』
私は横目で、助手席の男を見ました。
ボロボロの服。血の気のない肌。震える手。
そこにあるのは「仲間」ではなく、ただの「機能不全を起こした部品」。
「……ヴェールさん」
私は静かに彼を呼びました。
自分の声が、まるで他人のもののように響きます。
氷のように冷たく、感情のない声。
「次のポイントで、停車します」
「……ああ? 休憩か?」
「いえ」
私は前方を見据えたまま、淡々と告げました。
「荷物を、降ろします」
その言葉の意味を理解したのか、リアが寝言のように小さく「……いや」と呻きました。
けれど、私の「理性」は止まりません。
だって、それがアイゼンを救うための、最短ルートなのだから。
第20章 「宵闇の重力、星降る境界」 完




