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色彩搾取の灰色世界で、不器用な魔女は鉄の騎士に命を捧ぐ 〜クロマティック・ウィッチ〜  作者: w.t.
20章:「涙の計算式、藍の解」

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第4節:透明な血

限界を迎えていたのは、鉄の柩(てつのひつぎ)だけではありませんでした。

重力異常帯(アノマリー)を抜けきれず、私たちは一度、氷原の真ん中で停車しました。



駆動炉を休ませなければ、熱暴走を起こしかねなかったからです。



「……ッ、ゴホッ! ガハッ!」 



車を降りた瞬間、ヴェールさんが雪の上に膝をつきました。

激しい咳き込み。背中が波打つたびに、喉の奥からヒュー、ヒューという、空気が漏れるような音が響きます。



「ヴェールさん!」



私は駆け寄ろうとしましたが、足がもつれました。

(だいだい)を使った代償で、私の膝下はまだ感覚が戻っていません。



這うようにして彼に近づき、その肩を支えます。



「大丈夫ですか、血が……」



言葉が、喉に張り付きました。

彼が口元を覆っていた手を離した時、そこの雪に散っていたのは、赤ではありませんでした。



透明だったのです。



水のように透き通り、けれど水銀のように重く、雪の上で玉になって転がる液体。

それは、血液中の色素核が完全に溶け出し、結合力を失った末期の証――色漏症(カラー・リーク)の吐血でした。



「……見んなよ」



ヴェールさんが、汚いものを見るような目で自分の手を見つめ、雪で乱暴に拭い取りました。



「ただのオイル漏れだ。……人間も、ガタが来れば中身が漏れる。それだけだろ」



「……いつからですか」



「あ?」



「いつから、隠していたんですか」



私の問い詰め方は、自分でも驚くほど冷淡でした。

心配よりも先に、「事実確認」を急ぐ自分がいました。



昨夜のアイゼンのログが脳裏をよぎります。

彼もまた、不調を隠して任務を続け、壊れました。



「隠すのは、効率が悪いです」



私の口から、スラスラと記号のような言葉が出てきます。



破損状況(ダメージ)を正確に申告してもらわないと、これからのリソース配分計算(けいさん)が狂います」



――違う。そんな言い方、したくない。

なのに、口が勝手に動く。



ヴェールさんが、ハッとした顔で私を見上げました。

その瞳に映っていたのは、いつもの皮肉屋の色ではなく、底知れぬ恐怖でした。



「……おい、マシロ。お前、今なんて言った?」



「え?」



「計算だと? ……俺の命は、お前にとって数式か?」



風が吹き抜けました。私は瞬きをしました。

あれ? 私は今、何を言おうとしたんでしょう。



心配しているはずなのに。

胸の奥が凍りついて、感情がうまく形になりません。



ただ、頭の中にある天秤が、冷たく傾いていくのが分かります。

――『ヴェール:稼働限界近し。修理コスト:甚大(じんだい)。運用価値:低下中』



「……俺は、あの鉄屑(アイゼン)みたいに高尚じゃねえよ」



ヴェールさんはよろりと立ち上がり、自嘲気味に笑いました。



「『保存』なんて柄か。……俺はただ、使い切って死ぬだけだ。だから計算なんざ必要ねえ。俺が動けなくなったら、捨てていけばいい」



捨てていけばいい。

その言葉を聞いた瞬間、私の脳内でパチンと何かが噛み合いました。



ああ、そうか。

それが一番、合理的(ごうりてき)だ。限界を迎えていたのは、鉄の柩(てつのひつぎ)だけではありませんでした。

重力異常帯(アノマリー)を抜けきれず、私たちは一度、氷原の真ん中で停車しました。



駆動炉を休ませなければ、熱暴走を起こしかねなかったからです。



「……ッ、ゴホッ! ガハッ!」 



車を降りた瞬間、ヴェールさんが雪の上に膝をつきました。

激しい咳き込み。背中が波打つたびに、喉の奥からヒュー、ヒューという、空気が漏れるような音が響きます。



「ヴェールさん!」



私は駆け寄ろうとしましたが、足がもつれました。

(だいだい)を使った代償で、私の膝下はまだ感覚が戻っていません。



這うようにして彼に近づき、その肩を支えます。



「大丈夫ですか、血が……」



言葉が、喉に張り付きました。

彼が口元を覆っていた手を離した時、そこの雪に散っていたのは、赤ではありませんでした。



透明だったのです。



水のように透き通り、けれど水銀のように重く、雪の上で玉になって転がる液体。

それは、血液中の色素核が完全に溶け出し、結合力を失った末期の証――色漏症(カラー・リーク)の吐血でした。



「……見んなよ」



ヴェールさんが、汚いものを見るような目で自分の手を見つめ、雪で乱暴に拭い取りました。



「ただのオイル漏れだ。……人間も、ガタが来れば中身が漏れる。それだけだろ」



「……いつからですか」



「あ?」



「いつから、隠していたんですか」



私の問い詰め方は、自分でも驚くほど冷淡でした。

心配よりも先に、「事実確認」を急ぐ自分がいました。



昨夜のアイゼンのログが脳裏をよぎります。

彼もまた、不調を隠して任務を続け、壊れました。



「隠すのは、効率が悪いです」



私の口から、スラスラと記号のような言葉が出てきます。



破損状況(ダメージ)を正確に申告してもらわないと、これからのリソース配分計算(けいさん)が狂います」



――違う。そんな言い方、したくない。

なのに、口が勝手に動く。



ヴェールさんが、ハッとした顔で私を見上げました。

その瞳に映っていたのは、いつもの皮肉屋の色ではなく、底知れぬ恐怖でした。



「……おい、マシロ。お前、今なんて言った?」



「え?」



「計算だと? ……俺の命は、お前にとって数式か?」



風が吹き抜けました。私は瞬きをしました。

あれ? 私は今、何を言おうとしたんでしょう。



心配しているはずなのに。

胸の奥が凍りついて、感情がうまく形になりません。



ただ、頭の中にある天秤が、冷たく傾いていくのが分かります。

――『ヴェール:稼働限界近し。修理コスト:甚大(じんだい)。運用価値:低下中』



「……俺は、あの鉄屑(アイゼン)みたいに高尚じゃねえよ」



ヴェールさんはよろりと立ち上がり、自嘲気味に笑いました。



「『保存』なんて柄か。……俺はただ、使い切って死ぬだけだ。だから計算なんざ必要ねえ。俺が動けなくなったら、捨てていけばいい」



捨てていけばいい。

その言葉を聞いた瞬間、私の脳内でパチンと何かが噛み合いました。



ああ、そうか。

それが一番、合理的(ごうりてき)だ。

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