第2節:荒野のキッチン
私たちは湖のほとりにある、風除けの岩場にキャンプを張りました。
ヴェールさんが集めてきた枯れ木に、私が指先の「赤」で火を点けます。
パチパチと薪が爆ぜる音が、荒野の静寂に心地よく響きました。
今日のメニューは、地下都市でヴェールさんが……ええと、調達してきた「高級保存食」の数々です。
干し肉、乾燥野菜、そして貴重な小麦粉。
「リア、手伝ってくれる?」
「やる! リア、やるの! ……いいこにするから!」
その必死な響きに、胸が痛みました。
役に立たないといけない。いい子でいないといけない。
そうしないと、また「いらない」って言われてしまう。
そんな強迫観念が、彼女の小さな背中を急かしているようでした。
「ありがとう。じゃあ、この粉をね、お水で練ってくれる? ヴェールさんは、そのお肉をナイフで薄く切ってください」
狭い岩場が、即席のキッチンになりました。
リアが粉まみれになって、一生懸命に生地をこねます。
時折、私の顔色を伺うように上目遣いで見ながら。
私はそのたびに「じょうずだね」「助かるわ」と声をかけ、頭を撫でました。
ヴェールさんが「なんで俺が」と文句を言いながらも、手際よく肉を削いでいきます。
私は平らな石を火で熱して、その上で生地を焼きました。
ジュゥ……。
香ばしい匂いが立ち上ります。
小麦の焼ける匂い。脂の溶ける音。
それは「生きている」ことを実感させる、何よりも贅沢な香りでした。
「できた! 特製、荒野のラップサンドです」
私は熱々の生地に肉と野菜を挟み、二人に渡しました。
「……見た目は悪くねえな」
ヴェールさんが一口かじりつきます。
咀嚼して、ごくりと飲み込み、彼は少し驚いたように目を見開きました。
「……悪くねえ。というか、普通に美味いな」
「……おいしい? ねえ、リア、じょうず?」
リアが私の膝に体を押し付けるようにして尋ねました。
その瞳は、まるで判決を待つ囚人のように怯えています。
役に立ったか、価値はあったか、と。
「ええ。とっても上手。美味しいね、リア」
私が頷くと、リアはそこでようやく、強張っていた肩の力を抜こうとしました。
けれど、私は彼女を離しませんでした。
もっと深く、彼女の魂に届くように、その黄金の瞳を覗き込みました。
「……でもね、リア。よく聞いて」
「……え?」
「料理ができても、できなくても。いい子でも、泣き虫でも……そんなの関係ない」
私は、一言一言、噛み締めるように告げました。
「あなたは、私とずっと一緒にいるのよ。……あなたが『嫌だ』って言わない限り、お姉ちゃんはいつもあなたの側にいるわ。絶対に、離さない」
リアの瞳が揺れました。
彼女の中にある「親に売られた」というトラウマが、私の言葉を信じることを恐れているようでした。
「……ほんとう……?」
リアが、消え入りそうな声で問いかけます。
「おねえちゃん、リアといてくれるの? ……リアを、うらない? どこにも、やらない?」
「売らない。捨てるわけないでしょう……!」
私の熱が、彼女に伝わるように。
「あなたは商品じゃない。私の、たった一人の妹なんだから。……だから、もう怯えなくていいの」
「……っ、う、ぅぅ……!」
リアの小さな手が、私の背中に回されました。
そして、今度こそ本当に安心したように、私の胸の中で声を上げて泣きじゃくりました。
「おねえちゃぁん……っ! だいすきぃ……っ!」
私も一口食べました。
熱い。そして、美味しい。
アイゼンはいません。
でも、冷たい鉄の壁に背中を預けて、ただ無心で食べていた「静かな温もり」は、今ここにあります。
「……あったかいね」
私が呟くと、ヴェールさんが焚き火を見つめながら、ぽつりと言いました。
「ああ。……久しぶりだ。こんなふうに、誰かと飯を食うのは」




