第3節:色漏症の傷跡
食後、リアは満腹になって毛布にくるまり、すぐに寝息を立て始めました。
焚き火の前には、私とヴェールさんの二人だけ。
火の粉が舞い上がり、満天の星空へと消えていきます。
「……傷、見せてもらえませんか」
私が言うと、ヴェールさんはバツが悪そうに視線を逸らしました。
「大したことねえよ」
「嘘です。さっきから、左腕を庇っています」
私は強引に彼の手を取り、袖を捲り上げました。
そこにあったのは、痛々しい傷跡でした。
森で受けた刺し傷。図書館での擦り傷。
そして何より、「色漏症」特有の症状――皮膚が薄くなり、血管が透け、ガラスのように脆くなっている肌。
彼の命は、確実に減っていました。
「……マシロ。俺はお前の『騎士』じゃねえ」
ヴェールさんが、自嘲気味に笑いました。
「勘違いすんなよ。俺は金と、報酬のために付いてきてるだけだ。だから、恩に着る必要はねえ」
「でも、あなたは私を助けてくれました」
私は右手に「青」の魔力を灯しました。
冷たくて優しい光を、彼の傷口にかざします。
完全な治療はできません。それは命を分け与える行為だから。
今の私には、彼にあげられる余分な命はありません。
でも、痛みを散らすことくらいなら。
「……ひんやりするな」
「痛み止めです。気休めですけど」
ヴェールさんは抵抗せず、私の処置を受け入れました。
焚き火のオレンジ色の光が、彼の横顔を照らしています。
その瞳は、皮肉屋の仮面が剥がれて、少しだけ弱々しく見えました。
「……なあ、マシロ」
「はい」
「全部集めたら、どうするんだ。アイゼンを治して……そのあと、お前はどうなる?」
私の手が止まりました。
どうなる?
ヴィオラさんは言いました。「自我が残る保証はない」と。
カルミナは言いました。「私と一つになる」と。
「……分かりません」
私は正直に答えました。
「私が消えてしまうかもしれません。あるいは、塔のシステムに飲み込まれて、化け物になるかも」
「……怖くねえのか」
「怖いです。すごく」
私は自分の右腕を抱きしめました。
今こうして焚き火の温かさを感じている「私」が、明日には消えているかもしれない。
リアの笑顔も、ヴェールさんの皮格も、思い出せなくなっているかもしれない。
穏やかすぎて、逆に怖かった。私はちゃんと、悲しんでいるのに。
「でも……アイゼンがいない世界で生きる方が、もっと怖いです」
ヴェールさんはしばらく黙っていましたが、やがてフンと鼻を鳴らし、私の頭をポンと叩きました。
乱暴で、でも不器用な優しさ。
「バカな奴だ。……ま、とことん付き合ってやるよ。俺も、最期くらいは派手な花火が見たいからな」




