第4節:ガラスの観客席
「……リア! だめ、それは偽物よ!」
私は叫び、幻影の中へ踏み込もうとしました。
ガンッ!!
激しい衝撃音。
私の身体は、見えない壁に弾き飛ばされました。
私とヴェールさんは、その幸せなリビングルームの外側――冷たい「客席」から、ガラス越しに見せつけられているだけだったのです。
「……邪魔。静粛に」
私の隣に、いつの間にかアズールが立っていました。
彼女はうっとりとした表情で、抱き合う親子を見つめています。
「……見なさい。あの幸福な数値を。……今の彼女に、貴方の声はノイズでしかない」
「あれは……あなたが作った幻でしょう! リアを騙して、何が楽しいの!」
「騙す? ……認識齟齬ですね」
アズールは心外だと言わんばかりに首を傾げました。
「これは『青』の演算結果。あり得た過去(if)。……現実はどう? 両親は死に、貴方に連れ回され、怯える毎日。それに比べ、この標本箱は完璧」
アズールの言葉は、毒のように私の胸に染み込みました。
ガラスの向こうで、リアは母親に甘え、父親に頭を撫でられています。
その笑顔。
私が、どれだけ頑張っても守りきれなかった、全幅の安心感に満ちた笑顔。
「……そもそも、彼女の望みは『隠匿』」
アズールが私の耳元で囁きました。
「不思議だと思わない? なぜ何年も見つからなかったか。砂漠のせい? ……違う」
彼女は、まるで子供に言い聞かせるように続けました。
「『使わなかった』。あの日、悟ったから。『自分が親を殺した』と」
「……っ!」
「だから閉ざした。石のように。……それを、貴方が無理やりこじ開けた」
ガラスの向こう。
リアがこちらを見ました。
けれど、その目は私を見ていません。
もう、こちらの世界などどうでもいいという虚ろな、けれど幸福な目でした。
「……マシロおねえちゃん、ごめんね」
リアの声が、水の中のように遠く聞こえました。
「リア、ここで、おかあさんたちとくらすね。……だから、ばいばい」
彼女は私に手を振り、再び両親の腕の中へと戻っていきました。
その背中は、私たちが共に旅した「家族」のものではなく、守られるべき「子供」のものでした。
「――っ!! リア!!」
私がいくらガラスを叩いても、叫んでも、その声はもう届きません。
アズールが悪魔のように微笑みました。
「……置いていく。それが『愛』。永遠の停滞こそ、最適解」
そう言って、アズールは満足げに頷きました。
しかし、次の瞬間。
「……おねえ、ちゃん? どこ……?」
両親の腕の中で、リアが小さく漏らしました。
幸せなはずなのに、どこか不安げに、私のいた「外」を探すように。
アズールの眉がピクリと動きました。
「……ん? 脈拍にノイズ。……まだ、『外』に未練?」
アズールの冷たい視線が、幻影の中のリアを見下ろしました。
第18章 「蒼き沈黙の都、ガラスの揺り籠」 完




