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色彩搾取の灰色世界で、不器用な魔女は鉄の騎士に命を捧ぐ 〜クロマティック・ウィッチ〜  作者: w.t.
18章:碧(あお)き沈黙の都、ガラスの揺り籠

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第2節:深海の水族館

螺旋階段を降りると、そこは呼吸を忘れるほど美しい「青」の世界でした。



ドームの内部は、水漏れ一つしていません。

古代の技術なのか、あるいは結晶の力が働いているのか、完璧に密閉された空間です。



天井も壁も、すべてが強化ガラスで覆われていました。

水に沈んでいるはずなのに、呼吸もできる。不思議な世界。



ガラスの向こう側――つまり湖の中には、太陽の光が届かない群青色の闇が広がっています。



ゆらり。



窓の外を、見たこともない巨大な影が横切りました。



退化した目を持つ深海魚たちです。

彼らが放つ淡い燐光だけが、この図書館を照らす明かりでした。



「すげぇな……。まるで水の中にいるみたいだ」



ヴェールさんが感嘆の息を漏らしました。



見渡す限り、本、本、本。



何万、何億冊という書物が、螺旋状の書架にぎっしりと詰め込まれ、どこまでも下の階層へと続いています。



ここは、滅びる前の文明が残した記憶の貯蔵庫。

そして、今は誰も訪れることのない、言葉の墓場。



「……しずかだね」



「ええ。静かすぎて、耳が痛いくらい」



リアが私の手を強く握りました。



私たちの足音だけが、コツ、コツと反響して吸い込まれていきます。

埃ひとつない床。カビの匂いもしない。



ここでは「時間」そのものが、標本のように止まっているようでした。



ヴェールさんが周囲を警戒しながら先へ進む中、リアがふと、一箇所の書架の前で足を止めました。



「……ねぇ、おねえちゃん。これ、きれい」



リアが指差したのは、背表紙が黄金色(きんいろ)の糸で綴じられた、一冊の古い絵本でした。

私は足を止め、彼女の隣に並びます。



本来、ここは「塔」の管理区域。勝手に物に触れるのは危険ですが、その本には不思議と「毒」の気配がありませんでした。

むしろ、迷子の子供を招き入れるような、温かな誘惑が。



「……読んで、いい?」



「うん……少しだけなら……。すぐに出発するわよ」



リアは慎重に、けれど嬉しそうにその本を棚から引き抜きました。



その瞬間、どこかで『カチリ』と、小さな時計の針が動くような音が響いた気がしました。



リアは本を胸に抱きしめ、熱心にページをめくり始めます。

まだ文字が完璧には読めないはずなのに、彼女は食い入るように挿絵を見つめていました。



「……あとで。これ、もってかえってもいい? おねえちゃん、これ、かりたい」



「……借りる? 誰に?」



「わからない。でも、ここにだれか、もちぬしさんがいるきがするの。……いい?」



彼女の黄金の瞳に宿った、純粋な好奇心。



困惑する私を余所に、前を歩いていたヴェールさんが足を止め、肩越しに鼻で笑いました。



「ケッ、律儀なガキだな。……そんなに借りたいなら、その裏表紙に挟まってるカードに名前でも書いとけ。そいつが『借りた』って証拠になる。泥棒扱いされるよりはマシだろ」



「カードに……なまえ?」



リアはヴェールさんに言われた通り、本の裏表紙にある小さなポケットから、真っ白な厚紙を引き出しました。



「……お、ー、れ、り、あ……。かけたよ、おねえちゃん!」



たどたどしい筆致で書かれた、彼女の本名。



リアは満足そうに微笑むと、そのカードを元のポケットへ戻し、本を大切に自分のカバンへと仕舞い込みました。



その時でした。

耳を澄ますと、聞こえてきたのです。



本の森の奥深く、最下層の広場から。

誰かが、何かを朗読しているような、穏やかで優しい声が――。

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