第1節:海のない世界の海
嫉妬の森を焼き払い、未だ煙の燻る荒野を抜けた先に広がっていたのは、世界の果てのような光景でした。
灰色の大地が唐突に切れ落ち、その先を、鉛色の巨大な水面が埋め尽くしていたのです。
海と呼ぶには、あまりに静かすぎました。
波ひとつなく、鏡のように曇天を映し出す、死んだ水溜まり。
かつての大陸の窪地に、雨と地下水が何百年もかけて溜まり続けた、巨大な内陸湖です。
「……ここが、沈んだ図書館のある場所か」
助手席で、ヴェールさんが包帯を巻いた左腕をさすりながら呟きました。
彼の顔色はまだ悪いですが、森での一件以来、私を見る目にあった「怯え」や「値踏み」の色は消えていました。
代わりに宿ったのは、同じ地獄を見てきた者同士の、奇妙な「連帯感」。
私たちは共犯者。
あの腐った森を焼き払い、過去を断ち切った放火魔同士ですから。
「マシロおねえちゃん、みず! おみずがいっぱい!」
リアが窓に張り付き、目を丸くしています。
彼女は生まれて初めて見る大量の水に、恐怖よりも好奇心を刺激されているようでした。
その瞳は、水面と同じくらい澄んでいて、これから訪れる残酷な再会など知る由もありません。
「……結晶の反応は、この底からです」
私は右肩を、祈るように強く押さえました。
黒い結晶の中に、赤、黄、緑の三色が毒々しく渦巻くその痣は、肩の峰を越え、鎖骨の際で、息を潜めるように止まっています。
黒い血管が蔦のように肌を這い、私の命の時間を刻一刻と削り取っている。
けれど、その痛みが今、目の前の水面に向かって、静かに、深く脈打っていました。
そこにあるのは「青(哀しみ)」。
激しい怒りでも、焼けるような欲望でもない。
深く沈み込むような、冷たくて重い引力。
私たちは湖のほとりに鉄の柩を止めました。
水面から突き出ているのは、巨大なガラスのドームの頭頂部だけ。
かつては図書館の天窓だった場所でしょう。
入り口は口を開けた巨大魚のように、私たちを暗い水底へと誘っていました。
「……行くぞ。酸素供給機なんて上等なモンはねぇ。肺が潰れる前にカタをつける」
ヴェールさんが短剣を腰に差し、先頭に立ちました。
私はリアの手を握り、その冷たい湿気の中へと足を踏み入れました。




