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いつか失楽園を迎える世界で

 王宮の庭の一角にある石碑にその庭で摘んだ花を供える。彼女たちのもの以外にもすでに花がいくつも供えられていた。


「他に何したらいいの、ターフィル」

「死後の安寧をお祈りしましょう」


 そう言って、隣に立つターフィルは合掌した。バドルの墓参りの作法は日本の文化が根づいている。

 香代もそれに習って手を合わせ、目を瞑って美織の安寧を祈った。




 魔王を倒して約一ヶ月が経過した。香代は今もバドルにいる。五年の期限があるが、こちらで生きる道を選んだのだ。


 プリミーティヴは美織の姿であってもあちらで生きる上で支障が出ないように、神の力で香代だと思い込ませることができると保証した。

 それを疑うつもりはない。神なんだから、それくらいできるだろう。

 しかしそうすると、香代の体が美織のものだと知っている人間が、香代だけになってしまう。


 それは、狡いなと思ったのだ。

 今の「香代」は斎藤香代の魂と山口美織の体のはんぶんこずつでできている。

 なのに、完全に「斎藤香代」として生きていくのは抵抗があった。

 平凡な香代は、周りに誰もその事実を知る者がいなければ美織の体だということを忘れていくだろう。

 この体は、美織が捨てたものだ。もう香代のもので、美織のものだったことを忘れても、咎める人は誰もいない。


 でも、玲司は香代を見て笑ったのだ。

 壊れてしまった片割れのほんの少しの残滓でも生きて残ることを喜んでくれたのだと思う。

 美織はもうどこにもいないが、この体と記憶は残っている。

 

 だから、香代が生まれ育ち、香代の家族が待つ世界ではなく、このはんぶんこの香代が苦しみながらも美織を受け入れたバドルの地で、最後まで精一杯生きようと決めた。


 なので香代のプリミーティヴへの願い事は「自分の遺体を送り返す」ことだ。

 女神は「一緒に手紙でも送ろうか」と提案してくれたが、悩んだ末に断った。


 あの日、香代の体は死んで、神の力をもってしても蘇らないのは事実だ。なのに中途半端に「生きてるよ」なんて送れない。

 もう帰る気はないのに妙な希望を家族に残すのは嫌だった。

 きっとたくさん悲しませてしまったことだろう。親不孝にもほどがある。

 もう彼女も家族のことがわからないほど遠くへ分たれてしまった。せめて同じ色の空を眺め、家族の幸せを祈り続けようと思う。


 香代の体を送り返すにあたって(から)になる棺に、前に切った髪を入れて、香代のために計画されていた霊廟に納めて貰えるように頼んだ。

 美織のための墓だ。彼女からしたら思い入れもない知らない土地にそんなものを作られても、と戸惑うだろう。

 でも、多分美織の両親は彼女の葬式もするかわからない。だから彼女の居場所をどこでもいいから作ってあげたかった。ただの香代の自己満足である。


 霊廟は誰でも詣でられるようにライラの神殿の隣に建てられる予定だ。

 今の仮の墓は王宮の人々が忙しく行き交う賑やかな場所にある。律儀な彼らは誰の墓かとくに周知もしていないのに、清掃をして花を供えてくれていた。

 きっと、霊廟へ移転しても由来を知らなくとも大切にしていってくれるに違いない。

 死んでから優しくされても意味がないかもしれないが、何もないよりずっといいと香代は思うのだ。





「そろそろ帰ろうか」

「はい」


 香代が声を掛けるとターフィルは穏やかに返事をする。

 彼の態度は以前とまったく変わらない。あの告白は夢だったのかと思うほど何もない。

 別にターフィルに言われたからバドルに残る決意をしたわけではないし、いいのだが、あれはなんだったのかと釈然としない。

 そのくせ、こうして香代に付き合って墓参りをしてくれるのだから、よくわからない。


 そんな気持ちで自分の部屋へ戻る道すがら、遠目にアサドとファアルが並んで歩いているのが見えた。向かっている方向から街へ出かけるようだ。

 何故だかアサドの手がわきわきしている。ちらちらファアルの様子を窺って、挙動不審だ。

 ファアルのほうは外出が嬉しいらしく目を輝かせて前を向いていて、そんなアサドには気づいていない。


 多分、アサドは手を繋ぎたいのだろう。

 もし近くにいたなら「さっさと繋げ!」とけしかけるところだが、残念なことに離れていた。

 ああやってもだもだしているのも面白いので、今後も遠目から生暖かく見守ることにする。


「平和ですね……」

「本当にね」


 同じものを見ていたのだろう。生温い笑顔のターフィルと立ち止まってふたりの背中を見送った。

 街は魔王が倒されたことで活気を取り戻しつつある。もう魔物も出ないということもあって、すでに他国の商人や旅芸人が戻っていて、大変な賑わいだそうだ。

 香代はまだ街に降りていないのでどんなものかは知らないが、きっとふたりの良い思い出になるだろう。


 ふたりを見送っていると、今度は軽やかな足音が聞こえてくる。見えなくなったアサドたちの代わりに現れたのはアルエットだった。

 走って来た彼女は香代たちに気づいて挨拶をする。


「こんにちは、香代さん! ターフィルさん!」

「こんにちは。そんなに急いでどうしたの?」

「逃げてます。匿ってください」

「誰から?」

「もうっ! わかってるでしょ! あいつですよ‼︎」

「あいつですって。わかる?ターフィル」

「さぁ。わかりませんねぇ」

「もおぉ! いいです! 王妃様に匿って貰いますから!」


 わざとらしくしらばっくれるふたりに焦れたアルエットは香代たちが歩いて来た方向に走っていく。

 その背中を見送り、見えなくなったところで、アルエットが来た方角から青年が走って来る。


(わり)ぃけど、アルエット見なかったか?」

「えー? どうだったかなぁ。ターフィルは見た?」

「どうでしたかねぇ。ちょっと思い出せません」

「……見ただろ、絶対」


 ふたりの反応に青年はため息を吐いて、恨めしそうに睨む。

 整った顔立ちの気さくな雰囲気の彼はミラン。アルエットの幼馴染で聖女の元取り巻きだ。

 アルエットを庇い大怪我を負っていた彼だが、翌日には香代が治癒(ヒール)を使い、だいたい治したのですぐに元気を取り戻した。


 怪我も治ってソレイユに帰るのかと思ったら、一向に帰ろうとしない。

 むしろバドルに移住を決めて、両親にまで移住を進める手紙を書いたそうだ。

 そして、怒涛のようにアルエットを口説き始めた。


 おそらく、元々ふたりは惹かれあっていたのだろう。

 それがアルエットが勇者に選ばれたり、彼が聖女の補佐になったりして拗れてしまったのだ。

 アルエットも心底彼を嫌ってはいない。しかし、拗れていた間とられた態度は忘れられないものだ。


「あれだけ追い回してる割に、人に訊かなきゃ好きな女の子ひとり見つけられないの?」

「おやおや、幼馴染だからなんでも知ってる、という言葉はなんだったのでしょうか?」

「……わかったよ。自力で探す」


 彼は罰が悪そうに顔を歪め、アルエットと同じ方向に走り去った。なんでも知っているというのは伊達ではなさそうだ。

 ふたりの恋路を邪魔するつもりはないし、アルエットには幸せになって貰いたい。

 しかし、痴話喧嘩に関わりたくはないので、こちらのふたりも遠くから見守ることにする。


 大学生の頃、恋人がいたきりで社会人になってからは恋愛とは無縁だ。色恋沙汰は遠くから眺めるくらいでちょうどいい。

 青春を生きる若者たちを見送ってまたのんびり歩き出す。


「ところで香代様。こちらに残ってくださったと言うことは私は期待していいのでしょうか」

「ぶふっ!」


 不意打ちをされて思わず吹き出す。ターフィルはいつも通り微笑んでいる。


「私の妻になってくださると、そういうことでよろしいですね?」

「よ、よろしくない! そこまで言ってなかったでしょ!」

「よかった。ちゃんと覚えていてくださったのですね。何もおっしゃらないのでてっきり忘れられたかと思っていました」

「うっ……」


 ターフィルの言葉に罪悪感を覚える。彼の決死の告白を魔王討伐があるからとスルーした件は、悪いことをしたとは思ってはいたのだ。


「では改めて。愛しています。私と生涯を共にしてください」


 あのときのように瞳を覗きこんでそう告げられて息が止まった。ターフィルは硬直する香代の手を引き、来た道を戻ろうとする。


「ど、どこ行くの⁉︎」

「婚姻届を取りに行こうかと。その場で書けばすぐ受理されますよ」

「いやまってまってまって!」

「待ちません。香代様が冷静になるとのらりくらりとかわされる可能性がありますから」

「せ、せめてお友達から始めさせてください!」


 そう言うと先に立っていたターフィルが振り返る。そして香代を見てにんまりとしか表現できない笑顔を浮かべた。


(な、なんか嵌められた気がする!)


 しかし、言ったことを取り消す前にターフィルが「わかりました。お友達ですね」と先手を打ってきた。


「では、今から街へ出かけましょう」

「急じゃない?」

「そうですか? 友達なら予定が合えば出掛けるでしょう?」

「いや、そんなことは……」

「さあさあ行きましょう」

「いや、わかったから手、離して」


 また向かう方向を変えて、強引すぎない力で香代を引くターフィルはなんとしてもでも出掛けるつもりだ。

 香代も外出は嫌ではないのでそこは譲歩した。しかし、ガッチリと繋がれた手は解放してほしい。


「何故? 友達なら手くらい繋ぐでしょう」

「いや、異性の友達は繋がないよ!」

「そうですか? でも街は混んでますから。はぐれてはいけないので繋いでおきましょう。むしろ私の腕にしっかり捕まってくださってもいいですよ」

「なんでエスカレートする⁉︎」


 すったもんだの結果、手は繋ぐことになった。何故だろう。さっきからすべての要求を飲まされている気がする。

 これから街に繰り出すというのにぐったりしている香代に、ターフィルはそれは上機嫌で麗しく微笑みかけた。


「最近来た劇団が今日から公演を始めるそうですよ。チケットを頂いたので是非行きましょうね」


(やっぱり……嵌められた……)


 腑に落ちないものを感じるが、嫌とは思わない。それが何を意味するのか、香代はまだ知らない。

 これからターフィルとどんな関係になっていくかはわからない。しかし、どうなろうとも香代はこの世界で生きていく。




 いつか失われる楽園で、生きていく。

 最後までお付き合いくださり誠にありがとうございます。

 本編はこれで完結です。


 後日登場人物の紹介を添えておきます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 怒濤の更新で一気に読んでしまいましたw くすっと笑える描写や、くどくないのにキャラクターの心情がふわっと匂ってくるような心理描写が好きです。 [気になる点] ジュネルがひたすらダメ男神だっ…
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