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主神との対面

 瞼を開くと、最初に目に入ってきたのは寝具に包まれぐったりと身を横たえるライラと、膝枕をするミサの姿だった。


「ライラ? えっ……と、寝てる?」

「正確には気絶しています。大事には至っておりませんのでご安心を」


 戸惑う香代にミサは以前と変わらず端的に答えた。なんでそうなったのか、と質問する前に彼女以外のメンバーが無事かと探すと三人共近くにいた。

 香代たちはもくもくとスモークが焚かれたような白い空間にいた。どこまでも果てがなく、煙のような、雲のようなものが絶え間なく渦巻いている。

 足元も同じで、弾力はなく柔らかく沈む。なんとも不可思議な踏み心地だった。


 ターフィル、アサド、ファアルも、見慣れない空間に圧倒され呆然と立ち尽くしていた。

 砂埃で汚れ、草臥れているが、全員怪我はなさそうだ。


「魔王討伐おめでとう〜」


 間延びした女性の声が聞こえて、そちらを見る。

 そして目を剥いた。

 緑色を帯びた金の巻毛。暁色の垂れた瞳に透き通るような白い肌。完璧なプロポーションの美女が、ゆったりと座っている。

 金髪で宵闇色の瞳の美丈夫の膝の上に。

 彼は愛おしげに美女を見つめ、四つん這いになった男を椅子にしていた。


(何、この……。何?)


 言葉がひとつも出てこない。香代がいくらアラサーとはいえ真っ当に生きてきた自負があるので、特殊なプレイに耐性はない。

 とりあえず、ファアルの目を塞ぎたいと思ったらアサドがもうやっていた。流石である。いざとなったら香代が耳も塞ごうと思う。


「あ、あの、ありがとうございます?」


 責任感に駆られ、香代が相手をすることにした。

 一応、この中では一番神との交流に慣れている。


「ご褒美になんでも願い事をひとつ叶えてあげるね。なにがい〜い?」

「えっと、ちょっと待ってください。あなたのお名前をお伺いしても?」

「あら〜、ごめんなさ〜い。わたくしはプリミーティヴ。プリちゃんって呼んでね♡」

「そして、俺は誰よりも美しく清らかで賢く寛容な上慈悲深くとにかく最高なプリちゃんの夫のラステだ」

「もう、褒めすぎよ、らーたんったら♡」


 そうしてふたりはイチャつき始めた。香代たちのことなど完全に忘れている。

 ターフィルとアサドを見るとふたりとも完全に困惑した、なんとも言えない表情をしていた。


(なんだこのバカップル……)


 香代も脱力して心の中で罵倒した。口に出さないのは美女の正体がわかったからだ。


「すみません。先代の主神であるプリミーティヴ様でよろしいですか?」

「そうよ〜。あとプリちゃんって呼んで♡」

「えぇっと、はい。ではプリちゃん。今の主神はジュルネという神だと聞いていたのですが」

「ああ、ジュルネはちょっと()()()がすぎたからお仕置き中なの。ほら、これよ」


 そう言って指差したのはふたりの椅子になっている男だった。

 長い小麦色の髪を垂らし、白っぽいずるずるした服を着ている。よく見えないが、全身がプルプルと震えているようだ。


()()()とは一体?」

「あなたも被害にあったでしょ? 関係のない異世界人を召喚した上、放置。さらに人選に私情を挟んだわ」

「私情ですか?」

「ソレイユの異世界人よ。ジュルネったら自分と同じで恋心を拗らせているあの男の子に共感して仲を取り持ってやろうってこっちへの召喚を決めたの」

「はぁ? どうしてそうなるんです?」

「理解不能よね〜。多分、まったく知らない世界で知ってる人と会ったら仲が良くなるとか単純に考えたんじゃな〜い?」

「自分の恋愛もおぼつかないくせに他人の世話しようなんて片腹痛いよな!」

「その通りですね」


 思わずばっさりと切り捨ててしまったが、目の前のふたりはケラケラ笑っている。ラステは踵でジュルネの太腿あたりを蹴っていた。

 結局、ジュルネという神は一貫して自分の恋にしか関心がないということがよくわかった。


「わたしやもうひとりの……紗希さんが巻き込まれた原因はなんですか?」

「あー、それは……。本来聖女になるはずだった女の子、ちょっと危ない場面だったでしょう?」

「……そうですね」

「死なないように守るため多めに力を送ったせいで近くにいたあなたもこっちに来ちゃったみたい。

 ソレイユはその直後に召喚の儀式を行ったから動揺してたのね。力の加減を誤って礼司くんの近くにいたあの子が巻き込まれたの。

 それしきのことでミスするなんて未熟だわ」

「ほんと。プリちゃんの跡を継いだくせになー」


 美織の体が無傷だったのは香代がクッションになったとかではなく、ジュルネが守ったからのようだ。

 確かに走行中の電車に轢かれたら先にぶつかったなんて関係なく死ぬだろう。

 そのジュルネは今度、踵で肘をグリグリされている。痛そうだ。

 うめき声が聞こえた気がした。


「まぁ、他にも諸々の理由があって主神はクビで、わたくしが復帰することになったの。

 ジュルネにはわたくしたちの椅子として再出発して貰うことにしたわ!」

「プリちゃんが直に座るとご褒美になっちゃうからな〜。こいつには野郎の尻で十分だ」

「え〜。わたくしはらーたんのお尻大好きよ?」

「俺もプリちゃんのお尻大好きだ」

「もぉ、えっちぃ!」


 ふたりは惚気ながらも体重をかけるようにどしどし体を揺らす。

 ジュルネの震えがブルブルになり、明らかにうめき声が聞こえた。

 ふとミサを見ると例のドヤ顔をした。以前言っていた考えとは新婚旅行中のふたりを呼び戻すことだったのだ。確かにこれなら今後ライラが嫌がらせされることはないだろう。


 椅子として再出発は理解できないが、バカップルの椅子になることが恋心を拗らせているジュルネには一番の罰になりそうだ。

 諸々の理由、で省略されたライラの苦労を知る身としても溜飲が下がる。末永く椅子を務めて、ライラに近づかないでほしい。


「失礼。発言してもよろしいだろうか」

「あら、どうぞ」

「ソレイユの女神についてお尋ねしたい。かの女神が他国の妨害を指示していたそうだが、どんな理由からだろうか」


 なんとアサドがバカップルに話しかけた。

 無理しなくていいんだよ、という視線を送ると軽く首を振った。平気、ということだろう。


「あー、マタンね〜。今ミノムシになって貰ってるんだけど」


 そう言うとパチンと指を鳴らす。すると、渦巻いていた雲が切れて逆さ吊りになった小麦色の髪の可愛らしい少女が現れる。

 執拗にぐるぐる巻きにされてしくしく泣いている。不思議空間でも涙は重力に従い、頭に向かって流れていく。


「ソレイユって元はジュルネの管轄だったのよ。ジュルネはライラ以外興味がないから人との関わりが最低限でね。ソレイユの国民はそれに合わせてきたから割と信心に乏しいのよね」

「そのせいで引き継いだこの子は焦っちゃってねー。『お兄様みたいに優秀じゃないと神として認めて貰えないんだ』って今回色々やったみたいだね」

「まぁ結局ジュルネのせいよね。でも妨害行為とかさっきあなたたちを迎えようとしたライラを襲った件はやりすぎだから反省を促すために守護神はクビで。

 ミノムシの気持ちがわかったらみんなの下っ端に転職して貰う予定よ」

「では、もうあのような他国を害する命令が神から下ることはありませんね」

「うん。もう二度とないから安心してね」


 しっかりと保証されてアサドは満足そうに頷いた。

 マタンの状態はミノムシではない気がしたし、何故ミノムシなのか理解できないが、兄の「椅子として再出発」も理解できないのでそんなものだと流した。


「あっ、そうだった」


 プリミーティヴは何かを思いついたのか、また指を鳴らす。

 雲が渦巻き人影がいくつも現れる。

 姿を現したのはいずれも見目が整った男女だ。ここにいるということはほかの神々だろうか。

 香代たちを囲むように立っている。


「英雄たちに賞賛を」


 女神の言葉に拍手が沸き起こる。

 誰もが柔らかい笑顔で眼差しも温かい。

 ジュルネを殴るためにだけに頑張ってきた身としては照れ臭いが、胸が温かくなる。


「さて、質問はこれでいい? それじゃ、ご褒美は何にする? ひとりひとつ、なんでもいいわ」

「プリちゃんを嫁にするってのはなしだぞ。もう俺の嫁だからな」


 いつでも惚気を忘れない夫婦は放っておいて香代たちは顔を見合わせる。

 素直に目隠しされたままのファアルも話の流れは理解しているのか眉を下げていた。


「……バドル周辺の魔物の出現が、なくなると嬉しいんだが」

「今回の魔王は呪いを残さなかったからもう魔物は出ないわ」

「それは助かる……が。うむ……」


 アサドは王子らしく国のためになる願い事を言う。

 香代は今更そういう設定だったのかと知った。魔王は色んな口実に使えて便利である。

 三人は急に願い事、と言われ悩んでいるようだ。彼らと違って香代はどの願いを言うかで悩んでいた。


 ターフィルが不意に顔を上げてアサドに耳打ちをする。アサドは一瞬目を見開いてからニヤリと笑い、頷いた。


「主神、プリミーティヴ様。そこの椅子に拝命された御仁を少しの間解放していただけませんか」

「プリちゃんでいいってば。

 ここから退いたらいいの〜?」

「はい」

「それくらいならお安い御用だ。こんなことに願いを使っていいのかい?」

「とても大事なことです」


 座る者がなくなって、ジュルネが崩れ落ちる。

 ターフィルが謎の願いを言っている間に目隠しをやめたアサドがファアルに耳打ちしていた。何やら目をきらきらさせているが何を話しているのだろう。


「質問があるのだが、人間が神を攻撃してどれほど効くのだろうか」

「ん〜? まぁ、神だからね。人間に攻撃されても蚊に刺された程度も感じないよ」

「では、一時的でいい。人間の感覚に近づけることはできるか?」

「できるよ?」

「あと、逃げたり避けたりできないように動けなくしてください!」

「ほうほう?」


 プリミーティヴは首を傾げながら、言われた通りにするために二度、指を鳴らした。

 ぐったりしていたジュルネに光の粉が降り注ぎ、カラクリ仕掛けのような動きで立ち上がり、直立不動になる。

 初めて顔を見たが、例によって美形である。ただ、顔色は悪いし、汗まみれで台無しだ。


 ここまでお膳立てして貰えば流石にわかる。香代は目頭か熱くなった。

 そして、腰を落とし、拳を握って構える。

 みんな、香代がジュルネを殴りたがっていたことを覚えていてくれたのだ。そのために自分の願いを使うなんて優しすぎる。

 その気持ちに応えるためにも中途半端な一発など許されない。全身全霊を込める。そう、内臓を破壊するつもりで。


 神々が香代が何をするのかと興味津々で見ている。ジュルネも何をされるのかと目を見開いていた。

 そうした周囲の関心も、一発殴るということだけに集中すれば、すべて気にならなくなる。静寂が香代を包んだ。


 一歩、踏み込む。

 香代の利き手は右なので、右に全体重をかけて拳を打ちだした。

 練習はいくらでもしてきたが、肉体を殴るのは初めてだ。なんとも言えない感触に怯まず、抉るように振り抜いた。

 ジュルネの体はくの字に折れ、ゆっくりとくずおれる。倒れ臥してピクピクと痙攣していた。


「よぉしっ‼︎」


 素晴らしい爽快感に包まれ、香代は思わず拳を突き上げていた。

 みんなが笑って拍手をしている。

 ノリのいい神々も楽しげに拍手していた。


「はっ、ワタシ一体……」

「おはようございます、姉様。香代さんが目標を達成しましたので祝福してください」

「えっ、そうなの? なんかよくわからないけど香代ちゃんおめでとう!」




 こうして香代は頼まれた聖女の役割を果たし、当初掲げた目標も見事に達成した。

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