第43話「滅亡への序曲」
………暗く、静かな宇宙空間。
そこには、音もなければ、ぬくもりもない。
あらゆる生物の生存を許さぬ、無慈悲な暗黒の世界。
全てを凍てつかせる暗闇の中、地球から姿を隠すかのように存在していた「それ」は、突如として起動した。
航行用のバーニアが点火し、ゴゴゴゴとその巨大な船体を揺らしながら、それは月の陰から離れてゆく。
ジャクスは既に処刑された。
ヴォルガンも戦死した。
重要な幹部を二人も失ったウィーズ。
そして最後の手段に出るがごとく、その本拠地であり最後の砦である、宇宙要塞ディアブロが、動こうとしていた………。
………………
タカマガハラ基地・食堂。
連合軍の兵士達の空腹を満たす為にあるその施設は、兵士達の休憩所のような役割も兼ねている。
折角の再会が、カタパルトでの立ち話というのはなんだという事で、シャルル達は響の案内でここに連れて来られた。
「く、草薙刃大尉………ほ………本物の………!」
食堂にて、カツ丼を食べていた刃を前に、まるでアイドルと対面した一般人のようになる勝一。
だがたしかに、勝一も男の子であるが故に、デルタクローズを始めとするスーパーロボットには憧れる。
そんな勝一からすれば、そのパイロットである刃は、アイドルと変わらないだろう。
「えっと………俺に何か?」
「わわっ!わわわ………!」
若干引きぎみに答える刃に、あわあわと口が回らなくなりつつも、勝一はあわてて、ポケットから手帳を取り出す。
そして。
「さささ、サインしてください!」
「ええっ!?」
と、勝一にサインをねだった。
有名人相手なら、ごくごく自然の行動ではある。
だが刃は、アイドルではなくあくまで地球連合軍に所属する軍人。
芸能人のようにサインの練習など、している訳がない。
「………なあ、弥太郎」
「何スか、隊長」
ので、隣で天丼を貪っていた弥太郎に、刃は助けを求めた。
「………サインってどうやるんだ?」
「そんなの俺も知りませんよ」
だがそれもキッパリと折られ、刃はどうすればいいか解らず、固まってしまう。
弥太郎の口から、海老天を噛むサクッという音が響いた。
「ごめんなさいね、ウチの隊長、そういうのに疎くって………」
「別にいいですよ、ほら、勝一もやめなって!ちょっと図々しいよ!」
苦笑いを浮かべる珠江に、気にしないようにと笑いながらも、勝一の行動を咎める早苗。
そして、匠はというと。
「………き………綺麗な人だ………」
珠江を見て、まるで恋する乙女がごとく、顔を赤くしてうっとりしていた。
小学生時代に担任の女教師に惚れて以来、久しぶりの恋だった。
「はむむ………むしゃむしゃ」
ブレードはというと、響に注文してもらった八宝菜定食を、まるで餌を食べる動物がごとく貪っている。
箸の持ち方が解らないのか、フォークで八宝菜を串刺して、掻き込むように口に運んでいる。
テーブルマナー以前に、これではまるで幼子だ。
と、いうのも、ブレードはこれまで、ウィーズで支給されるレーションしか食べた事がなく、まともな食事をした事がない。
故に、食器の持ち方も知らないのだ。
「………ブレード君」
「ごくん………何だ?響」
流石に目に余ったのか、響がブレードを呼び止めた。
咀嚼していた八宝菜を飲み込み、ブレードは素直に答える。
「こういう時はスプーンを使って」
「………わかった」
「あと、おかずばかりじゃなくてご飯も食べるの」
「………わかった」
べとべとの口を拭いてあげつつ、ブレードに食器の使い方を教えてあげる響。
ブレードも、ぎこちないながらも響に従い、スプーンで懸命にご飯を掬っている。
流石は育ちのいい娘という事か。
丁寧にスプーンの持ち方を教える姿は、ブレードが子供なのも相まって、お姉さんと弟のようにも見えてくる。
そして、春香とデオンの待つ席に、シャルルがフレンチトーストの乗った皿を運んできた。
「お待たせしました」
「おおー!これがタカマガハラ基地名物の!一度食べてみたかったのよね」
できたて故に湯気を立てて、甘い香りを漂わせるフレンチトーストを前に、春香の顔に笑顔が浮かぶ。
実はこのフレンチトースト、少し前にテレビのバラエティー番組で話題になった事がある。
番組の企画でタカマガハラ基地を訪れたアイドルが、基地の食堂で料理を学ぶ事になった。
そこで、このフレンチトーストが登場した。
自衛隊の時代から受け継がれてきた、伝統のレシピで作られたそれは、まるでチーズケーキのようにまろやかで、ミルクセーキのように甘い。
それでいて、これを食べる兵士達の健康を考えて、高い栄養価を得られるように作られている。
まさに、神の料理。
芸術品とも言えるだろう。
「いっただっきまーす!あむっ!」
日本人である春香は、箸でフレンチトーストを挟み、口に運ぶ。
一口食べただけで、その甘い味が口の中に広がってきた。
「んん~~っ!美味しいっ!甘いっ!」
思わず頬っぺたを抑え、その美味しさに感動を示す春香。
若干わざとらしく見えるが、これは本心からの行動だ。
「………これは、すばらしい!」
シャルルも、春香ほどではないが、その味を称賛する。
王族で、舌も肥えているであろうシャルルを唸らせるとは、中々だ。
「そういえばフレンチトーストは作った事なかったな………デオン、フレンチトーストのレシピを検索しておいて」
『かしこまりました、シャルル様』
シャルルに言われ、インターネットに接続し、フレンチトーストのレシピを検索し始めるデオン。
そんな感じに、戦いの後の休息を、平和に過ごすシャルル達。
そこに。
「緊急事態です!」
連合軍の兵士の一人が、血相を変えて食堂に転がり込んできた。
いきなりの事に、その場にいたシャルル達や、他の連合軍の兵士達の視線が、その兵士に集中する。
「どうしたんだ?そんなに慌てて」
刃が訪ねると、その兵士は少しだけ息を整えた後、顔に冷や汗を垂らしながら言った。
「敵の………ウィーズの要塞と思われる巨大要塞が現れました!」
「何!?」
兵士からの報告に、刃達は騒然となった。
まだ、ウィーズは切り札を隠していたのか、と。
………………
司令室に、刃達ヤタガラス小隊と、ブレード、そしてシャルルとデオンが入ってくる。
民間人である春香や勝一達は、食堂で待機するよう言われていた為、ここには居ない。
「司令!ウィーズの宇宙要塞って………」
まず知りたいのはそれだ。
何が起こっているのかと、刃は諏佐に問う。
「ああ、これを見てくれ」
諏佐は強張った表情をしつつも、冷静に司令室のモニターを指差す。
なんとか冷静になろうとしているが、やはり焦りを感じさせる。
「これは、1時間前にアメリカの人工衛星が捉えた映像だ」
モニターには、月が映っていた。
宇宙空間に浮かぶそれは、美しく、白い。
そして、それを汚すかのように、その影から巨大な物体が姿を現した。
「こ、これはッ!」
その姿に、その場にいた人々は目を見張った。
東京のデモニカと、どことなく技術的な繋がりを感じさせる。
一枚の巨大な円盤に、それを上下に挟むように無計画に延びた、何本者ビル群のような建造物。
いくつもの機械を混ぜ合わせたようなソレは、赤黒い錆のような色をしていた。
推定1000キロはあるであろう、宇宙の要塞。
そして、それを護衛するかのように、デモニカと同型のいくつもの円盤が、その周りを飛んでいる。
『シャルル様!これは………!』
「ああ………!」
特に、シャルルとデオンは、その姿を見て表情を強張らせた。
彼らは知っていた。
あれが何なのか。
その、自分達の故郷………惑星アマデウスの滅亡も、それがアマデウスの付近に現れた事から始まった。
その、忌々しき名は。
「………ディアブロ」
「ディアブロ?」
親の仇を呼ぶかのように、シャルルは呟いた。
宇宙を汚す、悪魔の要塞の名を。
アマデウス進行時に、妙に汚い声で………今思えばヴォルガンが言っていたのだろう………「このディアブロには惑星その物を吹き飛ばす力がある!」と、連中自らが宣伝して回っていた、その名を。
「あれは、ウィーズの宇宙要塞………奴等の本部とも言えるでしょう」
「本部………」
「幹部クラスを倒したから、いよいよラスボスが現れたって感じか………!」
真剣な表情を浮かべる珠江。
弥太郎も何時ものように冗談混じりだが、その額には汗が伝う。
ブレードは何も言わない。
だが、元とはいえ、ブレードもウィーズの兵士で、あのディアブロに居た身。
複雑な感情の入り交じった目で、ディアブロを見つめている。
どこか、思う所はあるのだろう。
「ん?アレは何だ?」
諏佐が、ディアブロの異変に気付く。
ディアブロの円盤部分。
丁度人工衛星………つまり地球の方角に当たる部分の装甲が、ゆっくりと開く。
装甲の後ろから、いくつものコードと機械が絡みあったような、巨大な筒のような物が姿を現した。
ディアブロの大きさから計算しても、数百キロほどのサイズがある。
「ビーム砲か何かか………?」
「原爆みたいな質量兵器、とか………」
地球を見据えるその巨大な筒に、オペレーター達だけでなく、刃達もざわざわと声を立てている。
そんな中、シャルルは。
「デオン」
『はい、シャルル様』
「ディアブロから展開しているアレが何なのか、検索して」
『かしこまりました』
デオンに、あの筒の解析を命じた。
即座にデオンはディアブロから出ている筒を、自らのデータバンクにかける。
デオンは、セイグリッターを縮小格納、及び修理するだけではない。
その内部には、かつての戦乱の時代から今までの、ありとあらゆる物事のデータが記録されているのだ。
無論、そこには大戦で作られた兵器も記録されている。
地球に来てからも、連合軍のメカニックから、先程のような料理のデータも記録している。
地球のスーパーコンピューターも真っ青だ。
そして、しばらくの時間を置いて、検索が終了した。
シャルルだけでなく、刃達や諏佐も、デオンの方に注目していた。
ブレードも、遠目ながらその様子を見守っている。
『………シャルル、様』
重い口を開くように、デオンが言葉を漏らす。
機械でありながら、まるで恐ろしい真実を知ってしまい、怯えているようにも聞こえる。
『あの武装の正体は………「ゲノサイダ砲」です』
「ゲノサイダ砲!?」
ゲノサイダ砲。
その名を聞いて、シャルルは騒然となる。
「ゲノサイダ砲、というのは?」
「は、はい、ゲノサイダ砲というのは………」
冷静さをなんとか保ちつつも、シャルルは刃達に、ゲノサイダ砲が何なのかを説明する。
………ゲノサイダ砲。
それは、かつて惑星アマデウス及び、その所属するヴィヴラ星系全体が戦乱に包まれていた時代に開発された、悪魔の兵器だ。
開発したのは、今は既に無いヴィヴラ星系惑星の一つ・タイタニア。
それを一言で表すなら「惑星破壊砲」。
恒星爆発の原理を応用したエネルギーにより、重力の歪みからマイクロブラックホールを発生させ、相手にぶつける。
直撃を受けた相手は、ブラックホールの超重力の渦に飲み込まれ、跡形もなく消滅する。
戦時中、ゲノサイダ砲は三つの惑星に対して使われ、その全てを宇宙から消滅させたとされている。
そして、その内の一つはタイタニアだった。
この悪魔の兵器を産み出してしまい、故郷すら消滅させてしまった開発者の科学者は、狂った末に自殺。
その設計図や詳細なデータまでも、永遠に失われた。
開発された一基も、星系の太陽に放り込んで処分した。
もう、この世には存在しない。
開発さえできない、悪魔の発明。
それが、ゲノサイダ砲だ。
『ウィーズがどうやってゲノサイダ砲のデータを手に入れたかは解りません、ですがただ一つ言える事があります………』
シャルルを含め、司令室の皆が見守る中、デオンは言い放った。
『あれを撃たれれば、我々は負ける!』
今、地球に最大の危機が迫っていた。




