第44話「決戦前夜」
『あれが撃たれれば、我々は負ける!』
デオンの放ったその一言に、司令室は凍りついた。
ゲノサイダ砲。
相手は、地球を一撃で宇宙から消すその兵器を持っていて、それが今まさに地球に向けられている。
言わば、喉元に剣を突き付けられたような状態だ。
「………少し、いいかな?」
そんな中、諏佐はいつもと変わらぬ物腰で、デオンに話しかけた。
流石は司令官、キモが座っているという事か。
「その、ゲノサイダ砲が発射されるまで、どれ位の時間がかかる?」
『そうですね………』
諏佐からの質問に、再び内部に記録されたデータを調べるデオン。
記録すらほとんど残っていない兵器の為、探すのも一苦労なのだ。
そして、二分ほどの時間をかけ、検索は完了する。
『最短の記録では、5日と1時間10分11秒』
「そうか………」
デオンの返答を聞いた諏佐は、ふうと息を吐く。
5日。
人類に残されたタイムリミットは、最低でこれだけだ。
その間人類が、地球の為に一致団結する。
あり得ない、どう考えても。
表面上は平和に見えるが、国家間の対立は、今も存在している。
連合軍の日本支部代表という立場から、諏佐はそれを身を持って思い知っていた。
「………このタカマガハラ基地の、全ての人員に告ぐ」
それでも、彼は立ち上がる。
地球連合軍の、地球を守る者の一員として。
地球に生きる、一人の人間として。
『皆、作業の手を止めずに聞いて欲しい、今現在地球は、ウィーズのゲノサイダ砲の危機に晒されている!』
諏佐の声が、スピーカーを通じてこのタカマガハラ基地全体に響き渡る。
作業を止めずにと言われたが、何分初めての事だからか、天井のスピーカーを見上げている者もいる。
『ゲノサイダ砲は、ブラックホールを発生させ、惑星その物を消滅させてしまう兵器だ!発射されれば、まず地球に未来はないだろう!』
諏佐が、今地球に向けられているゲノサイダ砲がどんな物かを言った途端、基地内は騒然とする。
「おいマジかよ………!」
食堂で待機するよう言われた勝一達も、それを聞いて額に冷や汗を走らせる。
無理もない。地球そのものを消滅させる武器が、自分達の方を向いているのだ。
パニックになるなという方が無理な話だ。
『だが!希望を捨ててはならない!!』
騒然となった基地内たが、諏佐の一喝により、それは直ぐに収まる。
『我々の使命はなんだ?地球連合軍としての使命はなんだ?それは、この地球に生きる人々の自由と平和を守る事だ!』
諏佐の言葉が、基地にいる人々の心に、僅かな希望を与える。
そうだ、自分達は地球連合軍。
地球を脅かす危機から人々を守るのが、自分達の使命ではないかと。
「………へェ~、カッコイイ事言うじゃん」
整備ドックの一角に設けられた研究スペースにて、そんな諏佐の姿に感動する月子。
彼女の前にあるパソコンのモニターには、デルタクローズの物と思われる、強化ユニットの資料が映っていた。
『ゲノサイダ砲のエネルギーチャージには、最低でも5日の期間が必要という事が解った!我々は、この隙をついて、月に存在するウィーズの宇宙要塞に対して、総攻撃をかける!』
諏佐の演説を前に、一気に基地が沸き立った。
地球を守る。
その為に戦う事こそ、地球連合軍の本分だと。
「燃えてきたァッ!」
「やってやろうじゃねえか!」
「地球を侵略者の好きにはさせない!」
基地にいた軍人だけでなく、整備士から用務員に至るまで、多くの人々の心が熱く燃え上がった。
今こそ、地球を守る時だと。
………………
諏佐の演説より、2日。
地球滅亡まで、あと3日。
「啖呵を切ったはいいが、これが現実という訳か………」
司令室にて、諏佐はふうとため息をつく。
その眼前には、各部署から送られてきた、無数の退職届の山。
たしかに、あの演説は基地にいた人々の心を揺さぶった。
だが、全ての人々が、ウィーズとの決戦を決意したわけではない。
基本的に、人は死ぬのが怖い。
あの演説の後、基地にいた人々の一部は、この基地を去った。
無理もない。
相手は地球を滅ぼすほどの兵器を持っている。
そんなものを相手に戦いを仕掛けるなど、馬鹿げている。
せめて最後の時を愛する人達と過ごそうと、この基地から去っていった。
「まったく、今は地球の為に戦わなければならないというのに………!」
「そう言うな、誰だって勝ち目のない戦いは嫌だろうし、死ぬのは怖い。」
憤る佐藤を、そう言って宥める諏佐。
そして、彼等の直面している問題は、それだけではない。
「それで、諸外国の連合軍についてはどうなっている?」
「現在、中国とドイツが協力を申し出ていますが、他はなんとも………」
諏佐も、日本支部だけの戦力でディアブロを落とそうとは流石に考えていない。
地球の危機に、共に戦おうと、各国の連合軍支部に呼び掛けていた。
だが、協力を申し出てくれたのは、中国とドイツの連合軍のみ。
その他は、あくまで自国の防衛に専念するといい、手を貸さなかった。
連合軍本部は連合軍艦隊の一部を差し出すと言ってきたが、それも決して多くはない。
国家間の対立は、同じ地球連合軍ですら、未だに存在していた。
「………戦力の方はどうなってる?」
「は、現在戦闘機の宇宙用装備への換装は順調に進んでおります、並びにデルタクローズ及びガイストパンドラーの強化改修作業も………」
戦力は決して多くない。
けれども、それでもやらねばならない。
………………
翌日。
地球滅亡まで、あと2日。
「ただいま」
「お帰りなさい」
学校から帰ったシャルルを、春香が出迎えた。
学校、とはいってもほとんど授業はない。
生徒のほとんどが、既に疎開してしまったからだ。
残ったのは、シャルルと、勝一達友人メンバー。
そして、ほんの一部の生徒達のみ。
相手は、一撃で地球その物を破壊してしまう。
どこに逃げても、無駄だというのに。
「勝一達、シャルルが戦うのに俺達だけ逃げ切れるか!って聞かなくて………」
「はは、たしかにそーゆー事言いそうだね」
シャルルは、そんな話を交わしながら、台所に向かう。
何時も、そうしているように。
何時も、そうやっているように。
「そういえば、今日聞いたんですけど、由子先生結婚するらしいですよ?」
「結婚?誰と?」
「なんでも、連合軍関係の人らしいですよ」
「そっかぁ」
由子も、街に残ると言っていた。
シャルルも言った通り、将来の結婚相手が連合軍に居るという。
彼は「俺はこの戦いで生き残る、そして帰ってくる、そしたら結婚しよう」と言ったらしい。
その彼が戦うのに、自分だけ逃げる訳にはいかないと。
………その彼が、二人もタカマガハラ基地で会った、地球連合軍ヤタガラス小隊の隊長・刃だという事は、まだシャルルも春香も知らない。
「さあ、できましたよ」
「おおー!」
そう言ってシャルルが皿に乗せてきたのは、湯気の上がる野菜炒めであった。
肉は入っていなかった。
学校だけではない。
シャルル達の周りにいる人々も、次々と疎開していった。
当然、いつも買い物をするスーパーや商店街の人々も、姿を消していった。
だから、食事も有り合わせの物でどうにかするしかないのだ。
「いただきます」
「いただきます」
春香とシャルルは手を合わせ、食前の挨拶を済ませる。
そして、野菜炒めを小皿に取り、口に運ぶ。
味は薄かった。
「………所でさ」
「何です?」
野菜炒めを小皿に取りながら、春香がシャルルに訪ねた。
「最近デオン見ないけど、どうしたの?」
「ああ、デオンならタカマガハラ基地です、なんでもデルタクローズやセイグリッターの強化改修とかで」
「ふーん」
まるで他愛ない、日常の食卓の交流のように、そんな会話を交わす二人。
決戦には、シャルルやデオン、ブレードも民間協力者として参加する事になった。
そして、勝利を確実にする為にセイグリッターやガイストパンドラーを強化改修するプランが持ち上がった。
異星の技術で作られた二機のスーパーロボットは、ウィーズとの戦いにおいて強力な戦力となるからだ。
デオンは、タカマガハラ基地に残り、月子と共同でセイグリッターとガイストパンドラーの改修に当たっている。
基地の設備が整っている事もあり、改修は順調に進んでいるそうだ。
「皆、大変だね」
「はい」
話している内容は、地球の運命を左右するもの。
だが彼等は、まるで日常の会話のようにそれを話し、日常の食卓のように肉抜き野菜炒めを口に運ぶ。
………いや、日常会話のように「しようとしている」と言った方がいいだろうか。
「………シャルル、君」
少しの間を置いて、春香が訪ねる。
気丈に振る舞おうとしているも、その表情からは不安が漏れている。
「なんですか?春香さん」
シャルルは、相も変わらずの優しい微笑みを浮かべて、それに答える。
春香の気持ちを読み取ったのか、不安さを感じさせないようにしているようにも見える。
流石は、王族と言った所か。
「………えっと、えっと、ね」
春香には、何を言ったらいいのかが解らなかった。
もうじき、この日常にも終わりが来る。
シャルルは、これから地球の命運をかけた最後の戦いに赴くのだ。
そんなシャルルに、春香はどう言葉をかければいいのか。
死なないでと、悲願すればいいのか。
頑張れと、鼓舞すればいいのか。
もしかしたら、否、高い確率でこれが今際の別れになるかも知れない。
彼をどう送り出せばいいか。
春香は、焦りに包まれながら必死に考えた。
「えっと、えっと、ね………」
そして、出した答えは。
「………基地で食べた、フレンチトーストがあったでしょ?」
「はい、ありましたね」
考えた末に会話に出したのは、タカマガハラ基地で食べたフレンチトーストの事。
デオンがデータを取っていた事を思い出しての、一言だった。
「………あれ、さ、ウチでも作れるかな?」
「材料があれば、なんとかなりますよ」
「………こ、この戦いが終わったらさ」
「はい」
「つ………作って欲しいな、あのフレンチトースト」
考えに考えた末に出た答えは、料理のリクエストだった。
馬鹿げている、空気が読めないのかと思うだろう。
だがこれが、春香にとって精一杯の、戦地に赴く者への言葉だった。
春香なりの、「決して死ぬな、生きて帰ってこい」というエールであり、願いだった。
「………では、そのように」
シャルルもそんな春香の想いを汲み取り、笑ってそう返した。
彼女の願いに、シャルルは「絶対に帰ってくる」と、返した。
気がつけば、皿から野菜炒めは無くなっていた。
二人いるのだ、減るのは早い。
「………ごちそうさま」
「………ごちそうさま」
食事は終わった。
おそらく最後の晩餐になるであろう野菜炒めを味わったシャルルは、何時もそうしているように、皿を片付けはじめた。
手際よく皿を洗面台に運び、汚れを洗い始める。
「………ねえ、シャルル君」
そのシャルルに、春香は背後から問いかける。
「なんですか?春香さん」
何時ものように、シャルルは答える。
このやり取りも、これが最後になるかも知れない。
もう、生きてシャルルの姿を見る事も、顔を見る事も叶わないかも知れない。
そう思うと、春香の心はひどく締め付けられた。
「………今日さ、一緒に寝てくれない?」
シャルルを喪うという不安から、春香が出した言葉はこれだった。
少しでも、シャルルの温もりを覚えておきたいと、27にもなってまるで子供のような事を言った。
「………春香さんが望むのなら」
シャルルは、それを否定しなかった。
それが春香の事を思ってか、それとも自分も死の恐怖から目を逸らしたかったからかは、シャルル自身にも解らなかった。
今まで、別々の布団で寝ていた二人が、寝床を共にするというのは、初めての事だった。
シャルルの小さな身体は、春香の腕の中にすっぽりと収まった。
まるで、小さい頃に持っていたぬいぐるみのようでもあった。
すうすうと寝息を立てて眠るシャルルを前に、春香は、こんな子供が地球の命運をかけて戦うという現実に、大人として罪悪感を覚えた。
そして、せめて少しでも彼に温もりを与えられるように、シャルルを胸元に抱き寄せる。
そして気付かぬ内に、春香もまた、深い眠りに落ちてゆく。
車の音すら聞こえぬ静かな夜は、こうして過ぎていった。
………………
「………う、ん?」
春香は目を覚ました。
まだ太陽は登っていない、真夜中と早朝の合間の時間。
チュンチュンと、外で雀が鳴いているのが聞こえる。
「………あ」
見れば、手の中にシャルルの姿は無かった。
一瞬焦り、起き上がる。
すると、シャルルが玄関の前に立っているのが見えた。
今からタカマガハラ基地に………最後の戦いに向かうのだろう。
「シャルル君」
出ていこうとするシャルルを、一言で呼び止める。
そして。
「………いってらっしゃい」
「………いってきます」
何時ものようなやり取りを交わし、シャルルは扉の向こうへと消えていった。
部屋に残された春香は、ふうと一息つく。
今日も会社は緊急時の為に休みだ。
シャルルが帰ってくるまで、何をして過ごそうか。
………………
地球滅亡まで、あと1日。




