第31話「逆襲のブレード」
そこは、真っ暗な部屋だった。
極寒の宇宙空間にあるディアボロであるが、この部屋には外の冷気から身を守る為の暖房は、つけられていない。
幸い、内部の深い所にある為即死する寒さは感じずに済む。
だがこの場所は、生物が生存できる最低の温度しかない。
その、おおよその人は自ら入りたがらないであろう場所に、一つ息づく影があった。
すう、すうと息をする度に、白い湯気のような息が吹き出される。
雪のように白い肌には、打撲跡とみみず腫がいくつもあった。
天井から伸びる鎖で繋がれたその小さな身体は、眠らないようにとサンドバッグのように吊るされ、立たされていた。
二度の失敗を重ねたブレードに待っていたのは、拷問の日々だった。
憂さ晴らしを兼ねて、ヴォルガンはブレードに暴力を振るった。
身体中の傷も、寒い独房に閉じ込められているのも、その為だ。
キシキシと鎖が軋む。
その度に、身体中の至る所に痛みが走る。
だが、ブレードは声一つあげない。
彼には、痛みに対して痛いと言う感情がない。
そんな物は、過酷な訓練の中で既に失われて久しい。
キィ
ふと、独房の扉が開く。
虚ろな目でそれを見つめるブレードが見たのは、扉の向こうに立つヴォルガンと、彼の配下であろうウィーズの兵士二人。
また拷問に来たのだろうとブレードが見つめる中、ヴォルガンは鬱陶しそうに口を開いた。
「下ろせ」
ヴォルガンの一言と共に、兵士達が吊るされているブレードの方に回る。
ブレードを繋ぐ鎖のロックを外し、ブレードを解放した。
何のつもりだ?と僅かに混乱するも、解放されたブレードは、ヴォルガンに跪く。
絶対服従の対象であるヴォルガンに対する態度も、訓練の中で叩き込まれているのだ。
「お前に最後のチャンスをやる」
ブレードを見下ろしながら、裁判官のようにヴォルガンが話す。
ブレードは、それをただ聞くだけだ。
「セイグリッターを倒せ、どんな手を使おうとだ、ガイストパンドラーを壊しても構わねえ」
自機を破壊してでも………つまる所特攻してでもセイグリッターを倒せ。
ヴォルガンが言っているのは、そういう事だった。
普通なら、誰もが嫌だと言うだろう。
自分が死んででも仕事を完遂せよと言われて、首を縦に振る者などいない。
だが、ブレードの場合は違った。
ブレードが生きている意味は、眼前にいるヴォルガンへの、しいてはウィーズという組織その物への忠誠のみ。
それ以外の「余計な事」を考えぬよう、物心のついた時から教え込まれてきたから。
「………はい、必ずやセイグリッターを撃破してみせましょう」
だから、彼は首を縦に振る。
それがいかに理不尽な命令であろうと。
死んでこいと言われていようと。
それ以外の選択肢を、教えられていないから。
………………
その日は、少しばかり天気の悪い日だった。
厚い雲が、空を塞ぐように浮かんでいた。
天気予報では、後から晴れると言っていた。
「あのロボット、誰が乗ってるんだろうな」
昼休み。
教室の机で弁当を広げ、曇天の空を見上げながら、ふと勝一が呟いた。
「ロボット?」
「ほら、あの青いロボットだよ!セイグリッターってやつ!」
同じく弁当を広げている早苗や匠、そして響に、力説するように話す勝一。
いつもそう。話のネタを出すのは勝一だ。
ミーハーのようにも見えるが、それが彼のいい所でもある。
セイグリッターが話題に上がり、後ろでお弁当を食べていたシャルルも、思わず反応する。
「テレビじゃ突然現れたヒーローみたいに言われてるけど、実はあれも連合軍の秘密兵機なんじゃないか?ネットじゃそう言われてるし」
ここ最近こそ少しは落ち着いたが、テレビやニュースサイトでは、未だにセイグリッターが話題にならない日はない。
連合軍も知らぬ、謎の怪ロボットに立ち向かう謎の巨大ロボット。
興味を引かれない訳がない。
現に勝一も、こうやって話の種にあげている。
「あのねぇ勝一、ネットの情報は当てにならないって、授業で習ったでしょ?」
「わーってるよ、でも、もしもって事もあるだろ?」
テンションの上がりがちな勝一に対して、窘めるように言う早苗。
勝一も、ネット上の情報が絶対とは思っていない。
それでも、想像力を書き立てられる。
この二人のやり取りも、何度も見た物だ。
勝一が調子に乗り、早苗が窘める。
お決まりの夫婦漫才だが、それを指摘すると何故か早苗が顔を真っ赤にして否定する。
それが、お決まりのパターン。
「シャルル、お前はどう思う?」
「えっ?」
ふと、シャルルに話が振られた。
いきなりの事に、少し驚く。
「セイグリッターのパイロットについてだよ!シャルルは誰だと思う?」
まさか自分に話が振られるとは思ってもみなかった為、少々戸惑ってしまうシャルル。
だが、「僕がセイグリッターのパイロットです」とは言うわけにはいかないので、自然に、こう返した。
「どこかの国の、物好きなお金持ちさん、とか?」
嘘は言っていない。
地球の外の、どこかの国の、物好きな、元王族の、お金持ちさん。
現在の生活水準はどちらかと言うと庶民寄りだが。
「ほーう、ここでまさかの新説登場かぁ!」
「お金持ちのヒーロー………なんだかアメリカの映画みたいね」
シャルルの意見に、そう来たかと笑う勝一達。
誰も、そのパイロットが眼前に居るとは、夢にも思うまい。
………シャルルが地球に来てから、半年近い時間が流れた。
その間シャルルは、春香の家にホームステイして時和中学に通う留学生、シャルル・アマーリアとしての毎日を過ごした。
今こうしているように、学校で友人達と生活を送り、時に遊び、時に共に勉強するごく普通の男子中学生として。
学校が終われば、仕事で疲れて帰ってくる春香の為に、美味しい晩御飯を作り、家事を済ませて待っている。
そしてその裏で、ウィーズの送り込むインベイドベムと戦いを繰り広げている。
それが、シャルルが地球で過ごす中で、当たり前の事になっていた。
今こうしてセイグリッターの話題で盛り上がっているのも、今の地球が平和であるという証。
それだけ、人々の心に余裕があるという事。
談笑に花を咲かせる友人達を前に、シャルルは故郷を思い出す。
アマデウスにも、友人は居た。
勝一達のように、毎日楽しく過ごしていた。
だが、それも全てもはや過去の話。
全ては、戦乱の炎の向こうに消えた。
「 (………守ろう、今度こそ) 」
思い出す度に、シャルルは思う。
この平和を。
目の前にあるこの平和を、今度こそ守ろうと。
………………
ここ最近、暗くなるのが早い。
この一年間がいよいよ後半戦に突入したという事だろう。
天気予報通り、少しばかり雲の晴れた空から、真っ赤な夕日がその姿を覗かせていた。
「さよならー」
「また明日ねー」
「ばいばーい」
キーン、コーン、カーン、コーン。
半世紀近くから変わらないチャイムが鳴り響く。
一日の授業を終えた生徒達が、時和中学の正門からぞろぞろと出てくる。
下校の時間だ。
中には部活の為に残る生徒もいるが、シャルル達4班メンバーは、そのまま下校する方だ。
「久我先生、さようなら」
「はい、気を付けてね」
校門で生徒を見送る由子に手を振り、シャルル達は学校を後にする。
これも、地球に来てこの学校に通うようになってから、ずっと繰り返してきた。
「なあ、今度の休みに映画見に行かないか?」
「映画?」
「ほら、この間からやってるぶっ飛べ姫路ってやつ」
流行りの物事について、他愛ない話をしながら帰る。
いつも、そうしているように。
いつも、そうしてきたように。
今日も、いつものように友人達と話をしながら帰り、買い物をして、一日を終える。
シャルルは、そう思っていた。
「………あらっ?」
街中を歩いている最中、響が何かを見つけ、足を止めた。
「ん?どうした?響」
足を止めた響に対し、どうしたのかと問う勝一。
響の見つめる先にあるもの、それは。
「………ブレード君?」
人混みの中から、こちらに向けて歩いてくる小さな人影。
セットされていないのか、寝癖のように所々が跳ねた灰色の髪。
太陽の光も浴びていないのか、吸血鬼のように白い肌。
ぴくりとも動かぬ、張り付けたような表情のない顔には、渇いた血のように赤黒い瞳が光る。
その身体を覆うのは、ウェットスーツを思わせる、一部に装甲のついた強化服。
そしてそれの上から羽織った、ボロボロの布。
「ブレード君!」
まさかの再会。
弾き出されるかのように、駆け出す響。
それに気付いたのか、ブレードも顔をあげた。
「ブレード君だよね?覚えてる?私よ、響」
「………覚えてるけど」
あの時、いきなり目の前から消えてしまったブレード。
その、心の片隅でずっと心配していた彼が、再び目の前に現れた。
「響、どうしたんだよ?」
「その子、知り合いなの?」
響の突然の行動に戸惑いつつも、一体何事かと駆け寄る勝一達。
響も、改めて考えてみれば突拍子のない行動に出てしまったと、少し恥ずかしそう。
「あ、うん、知り合いというかなんというか………」
勝一達は、ブレードとは初対面。
その為響は、ブレードの事を勝一達に教えようとした。
だが、その時。
「………えっ?」
突如、銃声のようなタタタンという音が響いたかと思うと、響の背中から電流が走るような感覚が襲った。
同時に、意識が遠退く。
その中で響が最後に見たのは、驚き、唖然とする勝一達。
自分達に集中する、街中の人々の視線。
そして、スタンガンのような物を構えて立っているブレードだった。
倒れる響を、抱えるように受け止めるブレード。
何が起こったのか解らず、呆然とする勝一達。
「て………てめぇ響に何しやがった!?」
少しの混乱を置いてから、響が何をされたのか理解した勝一は、ブレードに対して掴みかかった。
外観だけではブレードは勝一よりずっと小さく、小学生のようにも見える。
が、友人の一人を傷つけられた勝一にとって、そんな物は関係ない。
「ふん」
「おわっ?!」
ブレードは響を抱えたまま、それを避けてみせた。
そして、そのまま空高く飛び上がる。
ビルの壁を蹴り、人々が見つめる中、ビルの屋上まで飛び上がった。
明らかに人間の身体能力ではない。
「………セイグリッターのパイロットに告ぐ!」
響を抱えたまま足元の人々を見下ろし、懐から取り出した拡声器──通信機のようなコンパクトな物──を使い、ブレードはその声を響かせる。
セイグリッターの名を出され、シャルルが額から汗を流す。
間違いない、こいつ………ブレードはウィーズの人間だ、と。
「この女………烈華響は人質だ、返して欲しければ、富士の地で待つ!」
ブレードがそう叫んだ、直後であった。
彼の立つ上空が歪んだかと思うと、浮き出るようにその巨体が現れた。
「お、おい!アレは何だ!?」
深紅の機体。
それは、かつて二度に渡りセイグリッターと死闘を演じた、ウィーズのインベイドベム・ガイストパンドラー。
しかし、セイグリッターとの戦いで失われた左腕と右足を、鋭利な形状のパーツのついた銀色の新型の手足で補っている。
同じくダメージを受けた胸部のグラビティストーム発生機関を、三つの六角状のパーツから形作ったパーツで代用している。
その、まるで失った身体のパーツを、別の機体の物で補っているかのような姿。
アンバランスで、歪、そして痛々しい。
「怪ロボットだ!」
「逃げろぉっ!」
白昼に現れたその異形を前に、人々は恐れ、混乱し、逃げて行く。
眼前で友人を拐われ、唖然としている勝一達。
そして、今この場でどうする事もできぬシャルルを除いて。
「セイグリッターに告ぐ!人質を返して欲しければ富士の地に来い!」
ガイストパンドラーの手のひらの上から、人質となった響を抱えたまま宣告するブレード。
逃げ惑う人々を足下に、そのバーニアの塊である翼を大きく広げ、吹かし、羽ばたかせる。
途端にガイストパンドラーは、上空向けて、あっと言う間に上昇する。
『………シャルル様』
「ああ、わかってる」
空を睨み、呟くシャルルとデオン。
その瞳には、ガイストパンドラーの飛び去った跡が、大空に残るだけだった。




