第32話「仮面を脱ぐ日」
その日も、春香は仕事であった。
上司が変わる前よりは遥かにいい、良すぎるとも言える待遇であるが、慣れてくると疲れてもくる。
その日一日の仕事を終えた春香は、夕日に染まる街を背に、帰路に急いでいた。
帰れば、シャルルが晩御飯を用意して待っていると。
今日も、そんな何時ものような一日になると。
『臨時ニュースを申し上げます』
駅を目指して歩いていると、街頭ビジョンから流れる臨時のニュースが、春香を引き留めた。
『今日未明、○○市にて怪ロボットが出現、そのパイロットと思われる人物より、「人質を返して欲しければ、富士の地へ来い」という、セイグリッターに対する挑戦と思われる声明が………』
大勢の人が不安げに街頭ビジョンを見上げる中、セイグリッターの名前を聞いた春香も、街頭ビジョンを見上げる。
そこには、一人の少女を………響を担いたブレードが、改修が施されたガイストパンドラーと共に大空に消えてゆく様子が映っていた。
「………シャルル君の学校の制服だ」
春香は、こんな時にシャルルがどんな行動を取る人物か解っていた。
そして、これがウィーズ側の仕掛けた罠であるという事も、簡単に察しがついた。
………………
十里木高原。
富士山の麓に広がるその場所は、ゴルフ場やキャンプ場を備える、自然豊かな広大に広がる高原。
だが夏休みシーズンもとうに過ぎた為か、人が見当たらず、しんと静まり返っている。
太陽も既に沈み、リンリンという鈴虫やコオロギの歌声が、静寂の中に沈んでいた。
そんな十里木高原の真ん中に、一体の巨体が佇んでいた。
決闘を待つ佐々木小次郎がごとく、宿敵セイグリッターが現れるのを静かに待つ、ブレードとガイストパンドラーだ。
ブレードは何も話さない。
ただ黙って、時折雲の流れる空を見上げながら、セイグリッターが現れるのを待っている。
ヴォルガンに言われた通り、人質を取り、決闘を持ちかけた。
ここまでは上手くいった。
改修により、ガイストパンドラーの性能は以前以上の物になっている。
何も、気にかかる事などないはずだ。
だが
「………何故だ」
ブレードの心中に、何か不快な物が引っ掛かっていた。
不安とは違う。
それは。
「………何だ、この感情は」
高速具に繋がれ、気を失ったまま、付近の丘にて磔にされている響を前に、ブレードはぽつりと呟く。
セイグリッターを誘き出す為には一番有効な策だった。
ヴォルガン曰く、英雄気取りの貴族はこういう手に弱く、人質を取れば必ず現れるという。
これで、セイグリッターを倒す事が出来る。
それなのに、繋がれた響を前にすると、ブレードの心がチクリと痛む。
響とは、以前地球に来た時に少しの間を過ごしただけの関係だ。
ほとんど、赤の他人と言ってもいい。
それなのに、響を見ていると、その時の事が甦ってくる。
生ゴミを食べるのを止めた事、自分を家に招待してくれた事、お風呂に入れてくれた事、自分の為に料理を作ると言った事………。
「………妙だ、これはどういう感情なんだ」
これから、セイグリッターと戦わなければならないというのに、自分を引っ張る不快な感情に、ブレードはどうすればいいか解らない。
そしてブレードは、この感情が「罪悪感」であるという事を、知らない。
自分が、響を犠牲にしたくないと思っている事も。
そんなブレードを気遣うかのように、空を舞う雲は、ガイストパンドラーを照らす月を覆い、その姿を遮る。
辺りが、ほんの少しだけ暗くなった。
───ガシャン。
暗闇の中に、機械音が響く。
響への感情で悶々としていたブレードが、ハッと顔を挙げる。
「………来たか」
ガシャン、ガシャンと機械音が響く。
高原の大地を踏みしめて、暗闇の中からそれは姿を現す。
『………約束通り来てやったぞ』
セイグリッターより、シャルルの声が響いた。
響を人質に取るという卑劣なやり方に起こっているのか、その声は怒気を孕んでいるようにも聞こえた。
………………
『ご覧下さい!セイグリッターです!セイグリッターが現れました!』
街頭ビジョンに、携帯のインターネット映像に、テレビのニュースに、十里木高原にて対峙するセイグリッターとガイストパンドラーの姿が映し出されている。
あれだけ派手なやり方、でブレードが“宣伝”したのだ。
マスコミがこの一線をカメラに納めようとやってくるのは、必然とも言える。
「………頑張れ、セイグリッター!」
自宅のテレビの前で拳を握りながら、画面の向こうにいるセイグリッターに応援を飛ばす勝一。
勝一だけではない。
匠も、早苗も、事件を後から聞いた由子も。
「………いいか、何かあったら俺達が割って入る」
「はい、隊長」
「了解!」
緊急時に備えて高原の付近を旋回飛行している、スカイデルタとシャドーデルタに乗っている刃と珠江。
同じく緊急時に備え、付近の森林にドリルデルタと共に身を隠している弥太郎も。
あらゆる人々が、この光景を見守っていた。
セイグリッターが勝利し、人質にされた響を助けてくれると信じて。
………それが、ウィーズの仕掛けた卑劣な罠である事も知らずに。
………………
「う………うーん………?」
気を失っていた響が、目を覚ました。
目を覚まして最初に感じたのは、肌寒い夜の空気と、暗い空。
そして、眼前で対峙するセイグリッターとガイストパンドラー。
何故、自分はここにいるのか?
寝起きの脳で、自分に何が起きたのかを整理する。
「………あっ!」
全てを思い出すと同時に、一気に目が覚めた。
そうだ、自分はあの時町でブレードに会い、スタンガンのような物を当てられた。
そして、ここにいる。
『逃げずによく来たな、セイグリッター』
ガイストパンドラーから、ブレードの声が響く。
ブレードあの機体に乗っているのだろうと、響は思った。
そして、自分がセイグリッターを誘き出す為の餌にされたという事も。
『約束通り、人質を返してもらおうか』
『待て、条件がある』
予想はしていたが、素直に返してはくれないようだ。
『俺と戦え、そして………』
何を仕掛けてくるつもりか?身構えるシャルル。
そんなシャルルを前に、ブレードが下した条件。
それは………。
『………貴様の素顔を晒してもらう』
『なッ………?!』
仮面を取り、自分の素顔を晒せ。
それが、ブレードの言う、人質を返せという条件の一つ。
『………断るというのなら、この女の命はない』
ブレードは、ガイストパンドラーの左腕に内蔵した小型ミサイルを、繋がれた響に向ける。
怯える表情を見せる響。
それを前にして、ブレードの心が再び痛む。
頼む、素顔を晒してくれ。
響を殺さないでくれ。
人質を取る立場でありながら、ブレードはそう願っていた。
………素顔を晒す。
報道陣や連合軍の部隊に囲まれたこの場所で、仮面を取り、素顔を見せる。
それがシャルルにとって、何を意味するか。
仮面を取れば、自分が春香の家にホームステイしている少年であるという事は、すぐに知れ渡るだろう。
そうなれば、もう今まで通りの日々は終わる。
元のホームレス生活ならまだしも、もっと酷い事になるだろう。
ウィーズが、地球人に素顔を晒した自分を放っておくはずがない。
ウィーズに追われる生活を送る事になるだろう。
………だが。
『シャルル様………』
デオンに対して少し微笑んだ後、シャルルはセイグリッターの外に出た。
セイグリッターの額より光が放たれ、肩の上に降り立ち、シャルルの姿となる。
ブレードが、報道陣が、連合軍が、テレビでこの戦いを見ている多くの人々が、シャルルの姿に注目していた。
シャルルは、自分の顔を覆う仮面に手をかける。
そして。
「………さよなら、春香さん、みんな」
仮面を、外した。
役目を終えた金色の仮面が地に落ち、シャルルの素顔を露にする。
月を覆っていた雲が晴れ、シャルルの素顔を月光が照らす。
その瞬間、シャルルに関わっていた全ての人物が、驚愕した。
「ええっ?!」
「しゃ、シャルル君!!」
勝一達クラスメート。
「嘘………ッ!」
繋がれている響。
「子供?!」
「あれがセイグリッター………」
「………の、パイロット」
周囲を巡回している刃達ヤタガラス小隊。
「………ああっ」
そして、街頭ビジョンのニュースを聞き、電車でシャルルの居る十里木を目指していて、携帯でニュース越しにシャルルを見守っていた春香も。
日本中、いや世界中が、それを見つめていた。
今この瞬間、シャルルはその姿を、自分がセイグリッターのパイロットであるという事実を、世界中に晒した。
「………自身の事よりも、他人の命を選ぶ、か」
響に目をやり、再びセイグリッターを睨むブレード。
そして。
「………バカが!」
素顔を晒す事を選んだ………響を殺さない選択をしたシャルルに、無意識の内に感謝しつつ、ガイストパンドラーを突撃させる。
「………行くよ!デオン!」
『………はい!』
対するセイグリッターも、ガイストパンドラーに向けて駆ける。
肩に乗っていたシャルルは、再び光となってセイグリッターの額に吸い込まれ、セイグリッターの緑色の瞳が点灯する。
「うおおおおっ!」
「はああああっ!」
大地を揺らし、拳を振り上げて迫る二体の巨大ロボット。
互いの攻撃範囲に互いが飛び込み、両者の振り上げた拳が叩き込まれた。
「だあっ!」
「はあっ!」
ガキィン!
金属のぶつかる音と共に、両者の拳が互いのボディを穿つ。
火花が散り、衝撃はセイグリッターとガイストパンドラーを弾き飛ばした。
「お、のれぇぇぇ!バルチャーミサイルッ!」
激昂し、咆哮するブレード。
それに答えるがごとく、ガイストパンドラーの右足に備え付けられたハッチが展開。
猛禽の爪のような形状の誘導型ミサイル「バルチャーミサイル」が何発も、一斉に射出され、セイグリッターに向けて飛来する。
「オレイユビィーームッ!」
瞬間、セイグリッターより放たれるオレイユビーム。
迫ってきたバルチャーミサイルを次々に撃ち落とし、全て破壊する。
だが。
「だああああっ!!」
広がった爆煙を切り裂き、今度はブラッディランサーを構えたガイストパンドラーが姿を現す。
バルチャーミサイルは目眩ましに過ぎなかったのだ。
強化されたのか、ブラッディランサーの刃は大型化し、以前よりも強い光を放っている。
これに対し、シャルルは。
「レーヴァテインッ!ブレイズアアーップ!」
展開したレーヴァテインの刃を構え、ブラッディランサーに対して叩きつける。
バチィィッ!
高エネルギーを込めた、二本の光の刃が衝突する。
電流が流れるかのような音が響き、ぶつかり合った二つのビームの刃より閃光が広がる。
それは、真夜中の十里木の高原を、まるで夜明けのように目映く染めた。
「ぐううう………がっ!」
「うああっ!」
唐突に、ガイストパンドラーが翼を広げ、バーニアを吹かせる。
セイグリッターは、ガイストパンドラーのパワーの前にたちまち押されてゆく。
「………だりゃあッ!!」
「あっ!」
ブラッディランサーが、レーヴァテインを弾き飛ばした。
セイグリッター本体からのエネルギー供給が断たれたレーヴァテインのビーム刃が閉じ、大剣状態に戻り、地面に突き刺さる。
二振りの高出力ビーム・サーベルによるつばぜり合いを制したのは、ガイストパンドラーだった。
「そ、こ、だぁぁぁーーー!!」
強化されたブラッディランサーの刃が、剣を失ったセイグリッターに向けて叩き込まれる。
「くううっ!」
咄嗟に後ろに飛んだセイグリッターだったが、ブラッディランサーの刃は、セイグリッターのボディを切り裂いた。
ギャンッ!
甲高い鉄の音と共に、セイグリッターのボディが切り裂かれる。
真っ二つにこそならなかったものの、セイグリッターのボディにはパックリと傷が開き、バチバチとスパークが起きている。
「ぐ………ううっ………」
よろめくセイグリッターと、それを見下ろすように立つガイストパンドラー。
身を持って、シャルルは理解した。
ガイストパンドラーは、間違いなく強くなっている。
それも、確実にセイグリッターを倒せるほどに。




