第27話「星の海からはるばると」
「………人工衛星監視網、抜けます」
暗闇の中で、数人の女性の声が響く。
メイド服のような物を着た数人の人々が、備え付けられた機材を操作している。
正面の大きなモニターに映るのは、他でもない地球の夜空。
「上手く抜けられましたね」
「地球って星 の技術も、恐れるに足らずね」
そんな人々を束ねているのは、以外にも小さな少女だった。
とても彼等の代表とは思えないほど若く、そして人々を束ねるに相応しい気品を持った。
「この星………地球のどこかに、お兄様が」
彼等を乗せた“船”は、夜闇の中一瞬だけ姿を現し、そして溶けるように消えていった。
まるで、幻のように。
………この日、地球に一隻の宇宙船が、誰にも知られる事なく侵入した。
誰にも気付かれる事もなく地球にやってきた、この宇宙船の目的は何なのか。
それを知る者は、まだ居ない………。
………………
その日、シャルルは学校の帰りに、いつものように商店街のスーパーに寄り道して、晩御飯の買い物をしていた。
「ええと、お惣菜のサラダは買って、次は………」
地球での生活にも大分慣れてきたのか、買い物をする手つきも手練れたもの。
王子から主夫に、確実に進化しつつある。
「………んっ?」
生肉の入ったトレイを手に持った、その時であった。
シャルルは、妙な違和感を感じた。
謎の視線を感じるのだ。
まるで、誰かが自分を見ているかのような。
気になり、辺りを見回してみる。
だがどこを見ても、そこに居るのは買い物客か、商品に値下げの札を張る店員だけ。
視線の主、自分を見ている者など、どこにも居ない。
「………気のせいかな」
気味悪さを感じつつ、シャルルは生肉を買い物かごに入れ、逃げるようにその場を後にする。
その後に続き、遠くで遅れて人影が動いた事に、シャルルは気付かなかった。
「ありがとうございましたー」
会計を済ませ、必要な物が入った買い物袋を持ち、シャルルは、薄暗くなったアパートへの帰り道を急ぐ。
夏も終わり、日が傾くのが早くなった。
「………うーん?」
周りには誰も居ない。
人通りのない道には、ただシャルルの足音が響くのみ。
そのはずなのだが、どうもシャルルの足音に重ねるように、スタスタと別の足音が響く………ように感じる。
デオンに調べてもらおうにも、今彼は春香の部屋にいる。
何でも「セイグリッターのパワーアップに必要な物を作る事に集中したい」からとの事。
ウィーズの攻撃以外は平和な地球で、別に学校でまで護衛をしてもらわなくとも大丈夫だろうと、置いてきてしまったのだ。
「………誰か、いるんですか?」
と、暗闇の中に問いかけてみる。
だが、返事を返す者は誰も居ない。
シャルルの放った声が、響くだけだ。
「………何なんだ、もう」
スーパーに居る時から、誰かに見られている気がする。
シャルルは、自分を見ている何かから逃げるように、足を早めた。
それに続き、その誰かの足音も早くなる。
直に、シャルルは走り出した。
「………こちら偵察班、間違いありません、王子です」
アパートに向かい駆けるシャルル。
それを背後から見つめる怪しい影に、この時彼 は気づいていなかった。
………………
「ただいまぁ」
「おかえりぃ」
『お帰りなさいませ、シャルル様』
ガチャリと扉を開くと、先に帰っていた春香と家に置いてきたデオンが出迎えた。
「晩御飯、すぐに作っちゃいますね」
「うう~いつもありがとうシャルル君」
にこやかに晩御飯の準備を進めるシャルルに、深く深く感謝する春香。
『いつもいつもシャルル様に作らせてばかり、たまにはあなたも何かしたらどうです?』
「うっ」
と、痛い所を突いてくるデオン。
実際、春香は家事のほぼ全てをシャルルに任せっきり。
もしこれが男女逆だったなら、確実に春香はインターネットの女性達から罵声の限りを浴びるだろう。
「いいんですよデオン、僕たちは住まわせてもらっている身ですし、僕こういうの好きですから」
そんな立場でありながら、シャルルは嫌な顔一つせず、笑顔でそんな事を言ってみせる。
「ああ、本当にシャルル君は天使………」
家の事が楽になっただけでなく、毎日シャルルの美少年スマイルが見れるという、心にも身体にも優しい環境。
この笑顔があるから、春香は毎日仕事を頑張れるといっていい。
「………そういえば、今日ちょっと変な事があったんです」
「変な事?」
そんなシャルルが、不安げな表情を浮かべた。
春香も、そんなシャルルを心配するような顔を浮かべる。
「はい、なんというか、誰かに見られているような………」
シャルルは、スーパーで感じた怪しげな何者かに見られているかのような感覚。
そして帰り道に感じた、何者かにつけられたような感覚の事を春香に話した。
「多分、気のせいだとは思うんですけどね………ははは」
春香を心配させまいと思ったのか、笑い話にするように笑顔を見せるシャルル。
しかし、最近はストーカー犯罪は女性や児童だけの被害でなく、男性も被害になりうる。
それにシャルルのような美少年なら、その手の趣味の人間を刺激しないとも言いきれない。
十分に心配だ。
『笑い事ではありませんよシャルル様』
「デオン?」
『シャルル様、ウィーズの工作員という可能性もあります、犯罪を抜きに考えても、我々はつけられても可笑しくない立場なのです』
話に割り込んできたデオンの言う通り、ウィーズの工作員が動いているという可能性もありうる。
自分達の作戦に邪魔なシャルルを抹殺しようと、暗殺者を送り込んでいても可笑しくない。
『お恥ずかしながら、地球は平和だからと油断しておりました、明日からはシャルル様の身辺警護を再開させていただきます、例の物も完成した所ですしね』
頭を下げるような仕草を取り、デオンはシャルルに詫びる。
「そういや最近いつも言ってるけど、例の物って何なの?」
『はい、例の物というのは、セイグリッターの強化パーツです』
「強化パーツ?」
料理をしながらのシャルルからの問いに、いつものように紳士的に答えるデオン。
こんな調子で、いつものように浅倉家の晩は過ぎてゆく。
………その、筈だった。
………………
「レイヴン1からの映像、解析中」
暗闇に浮かんだモニターに映るのは、あろう事かシャルルの映像。
スーパーに居た所、謎の視線を感じ、戸惑っている姿が映されていた。
「続いてレイヴン2からの映像、解析します」
続いて、アパートに続く帰り道で、再び何者かの気配を感じて辺りを見回すシャルル。
どちらも、隠し撮りでもされたかのような視点で録られている。
シャルルが感じた謎の視線の正体は、彼女達だ。
シャルルの写った二つの映像を解析する彼女達。
そしてそれを見守る、少女。
「………解析、完了しました」
二つの映像が映されたモニターに、次々と数値や解析結果が表示された。
「映像の人物は、99.98%の確率で、シャルル・ルイス・アマデウス王子と同一人物です」
「………ああっ!」
その瞬間、少女の表情が変わった。
モニターにかけより、画面越しのシャルルに頬をつける。
「お兄様………生きていてくれた………」
その瞳には、うっすらと涙が浮かんでいる。
その様子を、メイド服の彼女達は、ただ静かに見守っている。
そのなかには、少女のように涙を浮かべている者もいた。
「………緊急事態!」
その静寂を、彼女達の中の一人が引き裂いた。
空気が読めないのではない。
言った通り、緊急事態が発生したのだ。
「月面裏より、熱源接近!インベイドベムと思われます!」
その報告に、一斉にその場に居た彼女達の表情が強張る。
恐怖を感じるような顔の中、ただ一人少女だけは、怒りを感じたかのような表情を浮かべていた。
………………
「な、何だ!?」
突如、外で起こった轟音に、一斉に窓の外を見るシャルル達。
彼等の見つめる先。
そこでは、爆発の煙と炎が上がる街並みがあった。
これだけなら、車か何かが爆発事故を起こしたと見るだろう。
だが。
………ゆらり。
燃え上がる街の炎に照らされて、ぬっと一つの巨体が立ち上がった。
ビルに挿した不気味なシルエットも、炎に照らされた異形の姿も、見覚えがある。
『ギュゴオオオン!!』
振り上げられる、長くしなる鞭のような腕。
以前ガイストパンドラーと共にセイグリッターを襲った、タオゼントフースだ。
「インベイドベム?!」
「夕飯時に………このっ!」
あれを放っておく訳にはいかない。
シャルルは、直ぐ様駆け出した。
「春香さん!夕飯の準備遅くなります!」
春香にそう言い残し、アパートの扉を乱暴に開けて、デオンを引き連れて走ってゆく。
「来い!セイグリッター!」
暗くなった空に、シャルルの声が響いた。
瞬間シャルルは光に包まれ、タオゼントフースの居る方角向けて飛んでゆく。
「………シャルル君」
その場に残された春香は、ただその様を見ているだけ。
いくら超人的な力を持つとはいえ、シャルルはまだ14歳の子供。
その子供が危険な戦場に立っているのに、大人の自分は見ているしかできない。
春香には、それが酷く情けなく思えた。
「………無力だなあ、私」
自嘲し、呟いた。
その時。
ばたん!
「え、な何?!」
シャルルが出ていった扉が、勢いよく開かれた。
そこからドタドタと足音を立てて入ってきたのは、銃のような物を持った数人の女性。
目には電子的なゴーグルのような物をかけ、シャルルを監視していた彼女達のようなメイド服のような服を纏っている。
「制圧完了!クリア!」
「いや、あの、人ん家で何やってんですか!?」
「動くな!」
「ひいいっ?!」
彼女達の中の一人。
長髪の女性が、春香に向けて銃を突きつけた。
震え上がる春香を前に、彼女は春香に顔を近付け、耳打ちする。
「貴様がシャルル様とどんな関係か、場合によっては貴様を殺す」
「シャルル………?」
彼女の口から出たシャルルの名前に、春香は驚いた表情を浮かべた。
シャルルの関係者は、地球上では自分とデオンしか居ないはず。
なら、彼女達は何者なのか?
………………
『………ギュググ?』
タオゼントフースが夜空を見上げる。
そこに光る、一筋の流星のような光。
それは走るようにタオゼントフースの前まで飛来し、地上に降り立った。
光が晴れ、現れたのはセイグリッター。
降り立ったセイグリッターは、タオゼントフースを睨み、立ち上がる。
「これ以上街を破壊させるか!」
アスファルトの大地を蹴り、セイグリッターが突撃する。
まずはタオゼントフースの進行を止めなければならない。
『ギュゴオオオン!!』
対するタオゼントフースは、二つの腕を、射出式アンカーのようにセイグリッターに向けて飛ばす。
「はあっ!」
一本目は、腕で弾いた。
タオゼントフースまで後数十m。
シャルルはこのまま接近して、拳を叩き込んでやろうと考えた。
だが。
「しまった!?」
もう一本の腕が、セイグリッターの片足を捕らえた。
セイグリッターはバランスを崩し、タオゼントフースが引っ張ると同時に空中に弾き出された。
「うわああ!!」
タオゼントフースはそれをカウボーイの投げ輪のように振り回すと、自分の後ろ向けて投げつけ、セイグリッターを地表に叩きつけた。
ズオ!
地表が抉れ、シャルルの背中に痛みが走る。
「く、くそっ………!」
『シャルル様!』
怯むシャルルとセイグリッターを前に、タオゼントフースは背中の砲身を向け、今まさにビームを放とうと構えている。
砲身の光が増す。
今から回避しようにも間に合わない。
身構えるシャルル。
タオゼントフースのビーム砲が放たれようとした、その時。
ズワォ!
上空から降り注いだ一筋の光が、タオゼントフースのビーム砲を貫いた。
内部のエネルギーが暴発し、ビーム砲が吹き飛ぶ。
『ギュガアア!?』
悶えるタオゼントフース。
唖然とするシャルル。
連合軍の援軍とも考えたが、到着するのが早すぎる。
『シャルル様!上空から何か来ます!』
「えっ!?」
舌も乾かぬうちに、上空からタオゼントフースとセイグリッターの間に割り込むように、「何か」が突っ込んできた。
何かは手に持った槍のような物を振るい、着地と同時にタオゼントフースのセイグリッターを捕らえている腕目掛けて突き刺した。
『ギュガアア?!』
タオゼントフースの腕が千切れた。
何かが叩き斬ったのだ。
悶えるタオゼントフースを前に、何かは手にした槍のような物………長刀を血を払うように振るった。
「あれは………!」
モニター越しに、シャルルはセイグリッターを守るように立つ何かを前に、目を見開いた。
そこに居る「何か」は、シャルルにとって見知った存在だった。
そして、本来なら「もう存在しないはず」の存在。
白銀に輝く、太古の騎士の鎧を彷彿させるボディ。
各部に施された、ピンクの縁取り。
頭部に長いトサカが伸び、赤いセンサーのような発光体が埋め込まれている。
腕には装飾のついたナギナタが握られ、背中には翼のようなバーニア・ユニット。
『間違いありません、あれは………』
「アマデウスの主力兵機………ウェンディム!」
そこにあったのは、すでに滅びた故郷・惑星アマデウスが主力としていた、国防用の量産型ロボット兵機。
光輝士の運用データを元に開発された「ウェンディム」だ。
『ギュガアア!!』
持てる武装のほとんどを無力化されヤケを起こしたのか、タオゼントフースはウェンディム向けて突進する。
だが、その瞬間ウェンディムの騎士面を彷彿させる頭部が展開。
頭部に隠された六角形のビーム砲「バスターレイ」が展開。
緑色のビームが、タオゼントフース向けて放たれる。
『ギュッ………!』
バスターレイはタオゼントフースの胴体を貫き、断末魔をあげる間もなく、タオゼントフースは大爆発を起こした。
『………シャルル様』
「ああ、解ってる………」
タオゼントフースの腕を外し、ゆっくりと立ち上がるセイグリッター。
立ち上がったセイグリッターの方を振り向くウェンディム。
向かい合う、二体の巨体。
シャルルは、そのウェンディムの事を知っていた。
背中にバーニア・ユニットを背負った、指揮官用のカスタム機体。
そして、各部に施されたピンクの装飾。
シャルルの知る限りでその機体を操るのは、一人しか居ない。
『………お兄様』
先に、ウェンディムの方から動きがあった。
セイグリッターに向けて、通信をしてきたのだ。
その声に、シャルルは聞き覚えがあった。
忘れるはずもない、それは二度と聞く事はないと思っていた家族の声。
「………ソフィア」
モニターに映る、一人の少女。
機動兵機たるウェンディムのコックピットには似つかわしくない、舞踏会で着るようなドレスに、その華奢で小さな身体を包んでいる。
長いハニーブロンドの金髪をツインテールにした、サファイアのような青い瞳を持つ、人形のように可憐で愛らしい顔立ち。
どことなくシャルルに似た、一人の少女。
「………お久しぶりです、お兄様」
再会の喜びから流れる涙を頬に伝わせながら、アマデウスの姫「ソフィア・ルイス・アマデウス」は、にっこりと微笑んだ。




