第25話「龍将の誘惑」
………しばらくして、匠は意識を取り戻した。
異様に身体がだるい。
まるで、しばらく眠った後のように。
「………匠くん、起きてください」
再び、声が聞こえた。
今度ははっきりと、自分の頭上から。
気がつけば、匠は倒れていた。
頬のついた床はひんやりとしており、鉄に似た質感をしていた。
「う………ん」
ゆっくり、匠は立ち上がった。
目に入ったのは、真っ白な床と、真っ白な壁。
パネルを組み合わせたような、どことなく未来的なデザインをした、広い部屋。
そして。
「初めまして匠くん、こうして顔を会わせるというのは初めてですね」
白い机のような物を挟んで、自分の前に立ち、つい先程まで聞こえていた声で話す、一人の女性。
軍服らしき衣装に身を包んだ、白い肌に長い銀髪をした女性が、匠を見つめている。
「私は、銀河革命正義団ウィーズの竜将軍ジャクス、今地球にロボット兵機を送り込んでいる勢力の者………と言えば解りやすいでしょうか?」
「えっ!?」
笑顔を浮かべて話す女性………ジャクスを前に、匠は思わず身構えた。
今言っている事が本当だとすれば、自分は地球にあの怪ロボット………インベイドベムを送り込み、何度も破壊活動を行っている勢力の一人と対峙しているのだ。
警戒するのは当然である。
「まあ落ち着いて、私は貴方に頼みがあって呼んだのです」
「………頼み?」
そんな匠を前に、ジャクスは笑顔を浮かべたまま話を進める。
まるで、匠の反応も想定内だったと言うように。
「………私達ウィーズが地球に対して所謂侵略的行動をしているのはご存知でしょうが、私は暴力は嫌いでしてね、出来る事なら地球を無傷で手に入れたいのですよ」
立ち上がり、ジャクスはカツカツと床を靴で鳴らしながら、ゆっくりと匠の元へと歩いてくる。
そして匠の前まで来ると、固まっている匠の肩に優しく手を乗せ、その口を開いた。
「あなたを地球の代表として、私に地球をあげますと、許可を貰いたいのですよ」
「ええっ?!」
ジャクスが放ったその一言に、固まっていた匠も思わず声をあげた。
自分を地球の代表と決めた挙げ句、地球を渡すように言ってきたのだから。
………………
所変わって、東京湾。
突如上空に現れ、そして姿を消した謎の球体。
その以上事態を前に、航空ショーは一時中断となり、連合軍はその球体の捜索に当たる事となった。
「匠ー!どこ行ったんだよー!おーい!」
一方、勝一達の方も、混乱に陥っていた。
突如上空に現れた球体は、光を放った直後姿を消していた。
そして同時に、先程まで一緒に居たシャルルと匠が姿を消していたのだ。
「どうだ、居たか?」
「ダメ、どこにも居ない」
早苗や麗香も、必死に二人を探した。
しかし、見つける事は出来ない。
「もしかして、あのUFOに誘拐されたんじゃ………」
顔を青くして、麗香が言う。
たしかに、UFO………謎の球体が光を放った直後、シャルルも匠も姿を消していたのだ。
そう考えるのも妥当だ。
「そ、そんなワケあるか!きっとどっかに居るハズだ!」
同じように顔を青くしつつ、勝一は麗香の予想を否定した。
もしそうだとすれば、二人はキャトルミューティレーションされたという事になる。
勝一は、そんな事は信じたくないのだ。
「きっと驚いてどっかに行っちまったんだよ!おーい!」
再び、人混みの中に駆け出す勝一。
いくら叫ぼうと、シャルルも匠も返事をしない。
二人の名を叫ぶ声が、空しく響くだけだった。
………………
同じ頃。
東京のビル群の合間を飛ぶ、一つの影があった。
マントを靡かせ、仮面がキラリと光る。
シャルルだ。
戦闘礼装に身を包んだシャルルが、都会の空を駆ける。
「デオン、あれは………」
『データを確認しましたが間違いありません、あれはウィーズの輸送船………ネストダイバーです』
「やっぱり………」
デオンの返答に、シャルルの額に嫌な汗が伝った。
あの球体に、シャルルは見覚えがあった。
アマデウスに居た頃何度も見た、ウィーズの保有する宇宙船「ネストダイバー」だ。
あの中にインベイドベムを四体格納し、出撃させる光景を覚えている。
そして今回現れたネストダイバーは、一瞬光った内に匠を誘拐し、どこかへと消えた。
あのやり方でウィーズがアマデウスの人々………主に貴族階級の女性をどこかへと連れ去ったという事も、アマデウスに居た時に何度か耳にしている。
匠も、同じ方法で連れ去られたのだろう。
「デオン、ネストダイバーが何処へ行ったかは解る?」
『大気中の残留粒子を解析した結果、西の方面にある山岳地帯である事が解りました』
「よし!」
ウィーズに誘拐された匠が何をされているか。
一刻も早く助け出さなければならぬと、シャルルは西へ向けて、飛び立った。
………………
ジャクスの放った一言に、匠は呆然とした。
自分に地球の代表として、ジャクスに地球を渡すように問いかけたのだ。
これに驚かない訳がない。
「………あ、あの」
少しの間を置き、匠はジャクスに答える。
緊張しているのか、 口調が少々緊張気味。
地球人の視点から見ても、ジャクスは美女に分類される。
それに優しく語りかけられているからだろうか、匠の顔は少し赤くなっている。
「………嫌、です」
「ほう?」
匠の出した答えは、NOだった。
ジャクスは眉ひとつ動かさず、相変わらず不敵な笑みを浮かべている。
「………僕一人のために、他の人達の運命を決めるなんて、その………」
匠の言うように、自分一人の為に他の地球の人々の運命まで決めてしまうというのは、正しくない。
地球は、匠一人の物ではないのだ。
「………君は優しい子なんですね、赤の他人の事もここまで考えてくれている」
そんな匠を、ジャクスは嫌な顔をする所か、優しく頭を撫でた。
「………でも、本当にそう思うのですか?」
「えっ?」
全てを見越したかのように、ジャクスが呟いた。
次の瞬間、ハッとなった匠の額に、ジャクスの指がそっと乗せられる。
「!!」
瞬間、匠の頭に電撃が走ったかのような衝撃が走った。
同時に、匠の視界にも変化が始まった。
一昔前のコンピューターグラフィックスか、昔の外国のアニメでも見ているかのように、視界が歪み、色が反転してゆく。
そして意識も、まるで眠りに落ちるかのように、深く曖昧になってゆく。
「驚く事はありません、少し、あなたの本心を見せてもらおうと思いましてね………」
沈み行く意識の中、ジャクスの声が響く。
まるで洞窟か地下で話しているかのように、反響した声が。
朦朧とする意識と、混濁する視界。
その中に、一筋の光が見えた。
光は匠の視界に現れた直後、ぱああと広がる。
「………えっ?」
気がつくと匠は、見知らぬ場所に立っていた。
ここはどこだろうと見渡すと、古い民家の中に、見覚えのある建物を見つけた。
「ここって………」
匠は思い出した。
ここは見知らぬ場所ではない。
記憶の彼方に忘れようとするように仕舞い込んでいた、幼少の記憶。
昔、通っていた小学校である。
忘れたい思い出の詰まった。
「………あっ」
見れば、桜が花をつけていた。
その中を、小学校に向かって歩いてゆく人々。
入学を控えた子供達と、楽しそうに話す大人達。
一目で解った。
多くの親子連れだ。
その中に、一人紛れて歩く、子供が一人。
すぐに気づいた。
気づかぬはずがなかった。
それは、他ならぬ自分自身なのだから。
「………僕?」
小学校入学時の五三匠。
他の子供達が、両親と手を引きながら学校に向かう中、匠だけは一人うつ向き、とぼとぼと学校に向かう。
そうだ。思い出した。
これは小学校の入学式の時だ。
普段忙しい両親が、珍しく小学校の入学式に一緒に来てくれると約束した。
匠は嬉しかった。
嬉しくて、入学式の日まで夜も眠れない日々が続いた。
そして迎えた、入学式当日。
両親は、入学式には来なかった。
父も母も、急な仕事が入ったと言い訳した。
そんな事は初めてではない。
誕生日も、クリスマスも、何もない日常すらも、家族揃って過ごした日など、ほぼ無いに等しい。
ごめんと謝りすらもせず、両親は仕事に向かった。
失意と失望、怒りと悲しみの感情を「仕事だから仕方がない」と押し込み、匠は一人入学式へと向かった。
忘れていた、そして忘れようとした記憶が、まざまざと甦ってきた。
その時感じた、暗い感情も。
「驚きましたか?」
ふいに話しかけてきた声に驚き、匠は振り向いた。
そこには、ジャクスが立っていた。
変わらぬ、不敵な笑みを浮かべて。
「………あなたが、見せているのですか?」
「はい、あなたの中にある、あなたの記憶です」
おそるおそる聞いた匠に、ジャクスは当たり前の事を言うように答える。
そして。
「そして、まだあります」
再び、ジャクスの指が匠の額に乗った。
また、視界と意識が歪む。
今度はモーフィングのようにぐねぐねと歪み、別の場面が形作られてゆく。
そして。
「あったりー!」
視界に、小学校の教室が映ったかと思うと、背後からいかにも悪そうな子供の声が聞こえてきた。
その声に、匠のトラウマが刺激され、身体がビクつく。
冷や汗をながしながら振り向くと、そこに居たのは複数の少年達。
そして………。
「続いて第二球、いっきまぁ~す!」
少年の一人が丸めた雑巾を握り、野球の要領で投げつける。
それは勢いよく飛び、彼等の前にいた別の少年………雑巾がけをしていた小学生時代の匠に命中した。
「あったりィ~!」
「次は俺がいくぜ!」
何度も、何度も雑巾をぶつけられるも、何も言い返さない。
何をやっても無駄だと解っているから、何もしないのだ。
小学校に通うようになり、匠は他のクラスメートの中で、少し浮いていた。
その原因は、家庭環境が違いすぎた事。
多くのクラスメートのように、両親と親子間系が上手く築けなかった匠は、中々クラスメートと話を合わせる事ができなかった。
そして三年生になった頃。
そんな匠は、ほどなく虐めのターゲットになってしまった。
主犯となったのは、クラスの中心人物の男子達。
だからだろうか、一度先生に相談しても「本当は仲良くしたいからいじめるんだ」と、相手にして貰えなかった。
物を隠される、悪口を言われるなんて当たり前。
殴られる、蹴られるも日常茶飯事。
上履きには画ビョウを入れられ、体操服をトイレに投げ込まれた事もあった。
毎日生傷が絶えず、罵声を投げつけられる日々。
幼い匠の心は深く沈み、毎晩布団の中で涙を流す日々が続いた。
「………まだ、ありますよね?」
また、ジャクスが話しかけてきた。
そして、また額に指を乗せられ、場面が変わってゆく。
次に見えたのは、自分の家の中。
玄関から伸びる廊下は、照明を消されている為か真っ暗だ。
窓の外を見れば、屋内と変わらぬ暗闇が広がっている。
そんな廊下の一角。
明かりのついたリビングの扉の前で聞き耳を立てているのは、四年生になった匠自身。
思い出した。
そうだ、この記憶は。
「聞いたか、匠のやついじめられているらしいな」
「学校の話?それなら私も聞いたけど」
リビングの中から、話し声が聞こえてきた。
数えるほどしか記憶にない声だが、匠にはそれが、自分の両親のものだとすぐに解った。
「本当、勘弁してほしいよねぇ、こっちは仕事で忙しいっていうのに」
母親が言った。
まるで他人事のように。
「そういう面倒な事は持ち込まない子だと思ってたのに、親の事ぐらい考えてくれないかね、まったく」
父親が言った。
面倒臭そうに。
匠は呆然とした。
自分の両親は、息子が学校で虐められているにも関わらず、自分の仕事の事ばかり考えている。
心配など、する素振りも見せない。
学校も、家も、どこにも匠の味方はいない。
何もかもに絶望した匠は、言葉を無くし立ち尽くす。
「………どうです?」
ジャクスが、立ち尽くす匠の耳元で呟く。
既に匠の心には、それに反応するだけの力は、もう無い。
「………これでもまだ、彼等の為に地球を渡さないと言えますか?」
ジャクスが背後から匠を抱き締める。
ジャクスの胸が、匠の後頭部を包み込み、衣服越しに柔らかな感触が伝わってくる。
「よしよし、もう我慢しなくていいんですよ」
暖かい。
親も、学校も、世間も冷たかった。
だが、今自分を包み込む彼女の感覚は、とても暖かく、安心感がある。
まるで、母親に抱かれているかのように。
「あなたの事を追い詰める連中の為に、無理はしなくていいんですよ」
自分を抱きしめ、愛してくれたジャクス。
自分にどこまでも冷たく、愛してくれない社会。
二つを天秤にかければ、どちらに傾くかは明白だった。
あんな連中の為に地球を渡さないと言えるほど、匠はお人好しではないし、余裕のある人間でもない。
「だから………地球を私にくれませんか?」
意識が混濁し、視界が歪む。
聖母のように微笑み、ジャクスが言う。
匠の答えは、もう決まっていた………。




