第24話「匠の日々」
「調子こいてんじゃねえよボケが!」
野球部で鍛えた逞しい足が、小さく細い身体を蹴りあげる。
彼にはそれを受け止めるだけの力は無く、そのまま廊下の壁に身体が叩きつけられる。
「男のクセにナヨナヨしやがって!ムカつくんだよ!このダボッ!」
倒れた身体に、別の野球部員が蹴りを入れる。
彼はよけようともせず、されるがままの状態になっていた。
「んじゃあ、罰としてこれは貰ってくぜ~?」
ぐったりして動かなくなった彼の前で、野球部員が財布を抜き取った。
抵抗する素振りすら見せない彼の前で、野球部員は財布の中から数枚の紙幣を抜き取った。
彼の持てる全財産の9割が、野球部員の手に渡った。
「チッ!たったこんだけかよ、しょっぺ」
「ほんと気が利かねぇなお前は」
野球部員は最後に、彼に向かって中身のほとんどが無くなった財布を投げつけ、悠々とその場を去って行った。
誰も居なくなった廊下の一角。
倒れたままの彼は、痛む身体に鞭を打ちながら、ゆっくりと立ち上がる。
「………明日からどう生活しよう」
中身のほとんどを持っていかれた財布を前に、彼はただ、その一言を呟いただけだった。
「………はぁ」
深くため息を吐き、痛む身体を引きずって、彼は去ってゆく。
その背後。
彼を窓の外から見つめる人影に、気付かぬまま。
………………
彼………五三匠は、優しく、そして真面目な人物であった。
親や学校から示された言い付けやルールをちゃんと守り、
勉強も真面目にこなし、成績もいい。
おまけに友人にも恵まれている。
少し調子に乗った言い方をすれば、運動神経が悪い事を覗けば模範的な人物である。
だが、我々の時代がそうであったように、このような真面目な人間という物が生きにくいのは、この2070年の未来でも変わらない。
ましてや、ここは子供から大人に変わる中間の、最も精神的に不安定な中学生の通う時和中学。
真っ先に、匠はいじめのターゲットにされた。
主犯となったのは、主に野球部やサッカー部のような、学園の中心となっている者達。
学園カーストの上位に位置する、一種の優越感を持つ彼らのいじめは、苛烈を極めた。
地獄のような日々が続いた。
上履きに針を入れられる事もあったし、トイレの最中に水をかけられる事もあった。
しかし、匠は反撃はしなかった。
やった所で無駄だと解っていたから。
親に訴える事もしなかった。
親に心配をかけたくなかったから。
友人達に助けを求める事もしなかった。
彼らにも、心配をかけたくなかったから。
そんな匠に出来る事と言えば、ただ耐える事。
うずくまって、嵐が過ぎるのを待つだけ。
じっとしていれば、いずれ連中は飽きて去ってゆく。
そうして、匠は日常を守っているのだ。
辛い日々だが、友人達の事を考えれば耐えられるから。
「………匠、どうしたんだよ、匠?」
「………えっ?」
そんな友人の一人、勝一に声をかけられて、匠はハッと意識を取り戻す。
同じく友達の早苗や麗香、そしてシャルルも、心配そうに自分を見つめていた。
「またボーっとしてたのか?最近多いぞ?」
「ごめんごめん………で、何の話だっけ」
また上の空になってしまったと、自分の中で反省する匠。
勝一の言う通り、最近そんな事が多い。
「ああ、今週の日曜日に、連合軍の航空ショーを見に行くって話だよ」
勝一が話をしていたのは、今週の休みの日に公開される、連合軍の戦闘機部隊の航空ショーを見に行こうという話。
元々は地域住民との交流を目的として始まった物で、他にも戦車が展示されたり、海軍カレーや限定グッズの屋台等も出る、一種のお祭りのような物だ。
場所は東京湾のタカマガハラ基地。
少しばかり遠出になるが、中学生の集まりからすれば、電車を数本乗り継ぐだけのちょっとした旅行だ。
「しかもあのデルタクローズを操ってるヤタガラス隊も出てくるって話だぜ?これは見るしかねーだろ!」
まるで子供のように、興奮ぎみに話す勝一。
この所ニュースでよく見かけるデルタクローズの姿に、勝一は最近夢中になっている。
そして実際にそのデルタクローズと共に戦い、ヤタガラス隊とも話を交わした事があるシャルルは、どこか含んだ笑みを浮かべている。
「ほんと勝一ってそういうの好きよねー」
「いくつになっても巨大ロボってのはカッコいい物なの!」
呆れ気味の早苗に、そう胸を張って開き直る勝一。
勝一も男の子。デルタクローズのような合体ロボは、やはり見ていて“そそる”所があるのだ。
「………所でさ、匠」
先ほどまではしゃいでいた勝一が、急に口調を変えた。
「この間、ガラの悪い奴に絡まれてただろ?あれか何かされたとか、無いか?」
真剣な態度で聞いてきたのは、シャルルが時和中学に転校してきた時に、自分に絡んできた不良の事。
運悪く見られてしまった、いじめの一幕。
「………大丈夫、何もないよ」
「本当に?」
「うん、ホントホント」
そんな事かと言うような笑みを作り、勝一の問いに答える匠。
匠の言う通り、あの不良「とは」もう何もない。
あれ以降、彼等が絡んでくる事は無くなった。
………それだけで、いじめ自体はまだ続いている。
「ホントか?ならいいけど………」
納得してないような表情だが、なんとか誤魔化せたようだ。
「じゃあ、明日の9時にバス停に集合な」
そう言って勝一が話を閉めた。
気づかれないように、匠は財布を開いて中身を見る。
今朝、野球部員に中身のほとんどを取られた中には、千円札が二枚。
「………よかった」
なんとかバス代は払えそうだと、皆に気づかれないよう安堵する匠。
これで、親や友人達にバス代をねだるような事にはならずに済む。
そして、そんな匠をシャルルだけが、心配そうに見つめていた。
勝一達は誤魔化せても、シャルルはそうはいかなかった。
………………
「クソッ………クソがッ………!」
宇宙要塞ディアボロの指令室にて、焦燥感にかられたヴォルガンが、ぶつぶつ呟きながら歩いていた。
「このままじゃ俺の立場が無ぇ………クソがッ………!」
ヴォルガンが苛立っている理由。
それは、彼が言った通り、このままでは自分の立場が無いという事。
無理もない。
自らが差し向けたインベイドベムは、次々とセイグリッターの前に敗れていった。
妥当セイグリッターの為に差し向けたガイストパンドラーも、一戦目はセイグリッターを圧倒したが、撃破には至らず。
おまけに二戦目は、半壊に追い込まれるという事実上の敗北状態。
憂さ晴らしも兼ねて、ブレードを独房に叩き込んだが、それでどうこうなる訳ではなく。
「このままじゃ、ジャクスの奴に地球進行の指揮権を奪われちまうって事も………クソッ!」
更に言うと、自らの研究で生み出し、惑星アマデウス進行時にも多大な戦果を挙げたインベイドベム発動装置を使ったジャクスの「実験」は、二度も成功を納めている。
ヴォルガンとしては認めたくないのだが、ジャクスが自分よりも優秀な人材である事は、薄々感じている。
このまま戦果を挙げられないようでは、本当に地球進行の指揮権をジャクスに移されるという事もありえる話。
惑星アマデウス進行も、半分ジャクスに手伝ってもらったような物。
そんな事になれば、ウィーズに自分の居場所は無くなるだろう。
もしそうなれば、ウィーズを束ねる「総統」は、死という最も重い罰をもって自分を裁くだろう。
過去に、自分以外の将軍クラスが、無能と判断されて公開処刑されていったように。
当のジャクスは、「総統」からの特命を受けて地球に向かった。
これが何を意味するかは誰でも解る。
ヴォルガンには、文字通り跡がなかった。
「失礼します、ヴォルガン様」
そんなヴォルガンの背後から響く、彼を呼ぶ声。
ヴォルガンの部下の、ウィーズの兵士の一人だ。
「………何だ?」
いつものように豪快に返すほどの気力は、今のヴォルガンには無い。
それ所か、ついに総統からの「宣告」が来たのかと、震え上がっていた。
「技術部から連絡が来ています」
「技術部から?」
「はい、例の物が完成した、と」
総統からの「宣告」ではなかったと、ヴォルガンまずは胸を撫で下ろす。
そして、完成した「例の物」に、ほくそ笑んだ。
今度こそ、ジャクスの鼻を明かせる、と。
それだけ「例の物」は、強大な力を秘めているのだ。
このままでは後がないが、「例の物」が完成したなら話は別だ。
「それともう一つ………」
続いてウィーズ兵士は、ヴォルガンに報告する。
まだ何かあるのか、とヴォルガンもウィーズ兵士の方を向いた。
そしてウィーズ兵士は、間を置いてからその口を開く。
彼がヴォルガンに伝えようとしている事、それは………。
「………総統閣下から、ヴォルガン様に対して“特命”が届いております」
………………
航空ショー当日。
タカマガハラに面する東京湾の一角には、航空ショーを見ようと、多くの人々が押し掛けていた。
その中に、シャルル達4班組の姿があった。
「早めに来て良かったー、中々にいい席取れたぜ」
地面に腰掛け、笑う勝一とシャルル達。
彼等が今居るのは、少し高台になっている場所。
空を舞う戦闘機達がよく見える、特等席だ。
勝一が集合時間をショーの三時間前の9時に取り決めたのも、この特等席を取る為だ。
ショーを行う戦闘機が出てくるのを、今か今かと待ちわびるシャルル達。
だが、その中に一人、浮かない顔をしている者が居た。
匠だ。
「………どうしよう」
匠には、もうお金がない。
野球部員達にカツアゲされ、今日のバス代を払い、所持金が底を尽きてしまった。
今回はバス代は払えたが、もう月が変わるまでは何もできない。
勝一達と遊ぶ約束があれば、断らなくてはならない。
それが、何よりの苦痛であった。
灰色の学校生活において、勝一達と居る時だけが、普段の惨めな立ち位置も忘れられる時間だ。
それを断らなくてはならなくなる。
何も、カツアゲされたのは前回が初めてではない。
その度に、勝一達と遊ぶ約束を断ってきた。
今月お金を使いすぎたという嘘をついて。
「………最低だな、僕」
仕方ないとはいえ、かけがえのない友人達に嘘をついている。
そんな自分を自嘲し、匠は勝一達に聞こえないように呟いた。
「お!始まった!」
そうこうしている間に、航空ショーが始まった。
タカマガハラ基地のカタパルトが開き、次々と出撃してゆく戦闘機の群れ。
「わぁー!」
「すげぇっ!」
勝一達、そしてその場にいる大勢の人々の視線を釘付けにし、戦闘機達は大空を舞台に舞い踊る。
サーカスのようなアクロバット飛行。
ダンスのようなフォーメーション飛行。
機体下部からスモークを散布し、大空にハートを描く。
その一つ一つが、その場に居た多くの人々を魅了し、湧かせる。
ただ一人、憂鬱な気分の匠を除いて。
………匠くん。
「えっ?」
突然、声が聞こえた。
自分の名を呼ぶ、聞きなれない女の声だった。
「………早苗さん、さっき何か言った?」
「ん?何も言ってないわよ?」
「麗香さんは?」
「私も、何も………」
その場にいた女性陣が言ったのかと思ったが、早苗も麗香も違うと言う。
なら、さっきの声は何なのか。
………まあまあ落ち着いて、私の声は君にしか聞こえませんので。
再び、声が聞こえた。
周りを見回せば、自分以外に声に反応している者はいない。
どうやら、声の主の言っている事は本当のようだ。
………少し、君に用がありましてね、私の所に来てもらいのですよ。
女の声が言った、その直後の事。
「おい、ありゃ何だ?」
勝一が、航空ショーが行われている空を指差した。
勝一に続き、早苗や麗香、匠とシャルルも空を見上げた。
その場にいた人々も、次々に空を見上げる。
そこにあったのは、空のど真ん中に現れた球体状の物体。
全体にラインの通った、メカニカルな姿をしている。
「なんだ、アレは?!」
「新型の飛行機か?」
「あんなのが居るなんて聞いてないぞ?」
「きっとサプライズだよ、新型の」
空に突如現れた球体を前に、人々は口々に、それが何なのかを話し出す。
「ま、まずい!」
ただシャルルだけは、その球体を前に顔を青くした。
シャルルは、あれが何なのかを知っていた。
瞬間、球体がうっすらと光を纏った。
そして。
ズワアッ!
球体の周りより、フラッシュのように目映い光が広がった。
「うわっ!」
「わあっ!」
広がる光を前に、人々は目を覆った。
視界を、光が包んでゆく。
そして………。




