第19話「英雄狂想曲・第三」
時刻は夕方5時。
夕焼けが町を染める中、東京の街の中に作られた人工的な森もまた、夕日を浴びて赤く染まっている。
城夏自然公園。
都会のキャンプ場として有名で、今日のような休日にはカップルや家族連れで賑わう場所だ。
そんな、城夏自然公園にてキャンプやバーベキューを楽しむ人々に混じり、三人の中学生がカメラを前に何やら料理の準備をしている。
「はい、というわけで、今日は「飯盒でケーキ焼いてみた」というわけで、やっていきたいと思いまーす」
三脚に設置されたビデオカメラの前で、にこやかに手を振りながら笑う響。
「そして今日は、素敵なゲストの人達に来てもらってまーす、どうぞ!」
「どうも~!」
「こ、こんにちわー………」
まるでテレビ番組か何かのように、ビデオカメラの枠内に入ってくる勝一と早苗。
何時ものように明るい勝一に対して、早苗は緊張しているのか、どこか固い。
この日響は、普段動画サイト・ユアチューブでやっているお菓子作り動画の特別編として、ゲストに勝一と早苗を呼び、ここ城夏自然公園でお菓子作りをする事にしたのだ。
内容は、さっきも言った通り、飯盒を使ってケーキを焼くという物。
それに使う小麦粉や卵以外にも、マシュマロ等のアウトドア特有のお菓子も準備してある。
「今日はこの三人で、お菓子を作っていきたいと思いまーす!」
最後に、カメラに向かって皆で手を降る。
それが終わると、このシーンの撮影は終わりだ。
「はーい、もういいよ二人とも」
響がそう言うと、早苗はドッと疲れたように崩れる。
よほど緊張していたのだろう。
「早苗~、あんまし肩に力入れんなよ?」
「だってこれネットに投稿するんでしょ?そりゃ緊張するって!」
勝一は軽く言うが、早苗の言う通り、これはユアチューブを通じて全世界に配信される物でもある。
響の動画配信自体が趣味でやっているという事もあり、動画につく広告も無く、そんなに見ている人はいない。
三人も、個人情報が漏れないように気をつかっている。
しかし、それでもネットで知らない人に見られるとなると、やはり緊張する物だ。
「はーい、じゃあ次はお菓子作りの所を………」
次のシーンを撮影しようと、響がビデオカメラのついた三脚を持って歩いてくる。
さて、次のシーンの撮影だと二人が立ち上がろうとした。
その時。
「………きゃっ!?」
突如の事であった。
三脚を持って歩いていた響に向けて、何かが飛来した。
それは手裏剣のように三脚を切断すると、そのまま地面に突き刺さる。
響は、突然の事に驚き、その場に尻餅をついてしまう。
「響!?」
心配し、駆け寄る早苗と勝一。
早苗が響を起こしている最中、ふと、勝一が地面に何かに目をやった。
そこにあったのは。
「………釘?」
釘だった。
大工が使うような、ホームセンターに置いてあるような太い釘が、ダーツの矢のように地面に突き刺さっていたのだ。
「ンッン~~、ジャア~~~スティ~~~ス………」
そこに響く、自身に満ち溢れた、知らぬ男の声。
「レッツゴ~レッツゴ~ジャスティスメェェ~ン♪ゴ~ファイッゴ~ファイッジャスティスメェェ~ン♪」
不気味に響く歌声を前に、震え上がる三人。
不安そうな響と早苗を庇いながら、勝一は未だ姿を表さない声の主に向かって吠えた。
「誰だ!姿を現せ!!」
その瞬間である。
「げふっ!?」
突如、勝一のすぐ隣から衝撃が走り、勝一はそのまま吹き飛ばされ、近くにある木に激突した。
「勝一!」
「勝一くん!」
勝一の身を案ずる早苗と響の眼前にて、木に叩きつけられた勝一が、よろめきながら立ち上がろうとしている。
即死でこそないものの、かなりのダメージを受けているように見える。
「悪ある所正義あり………不正ある所成敗あり………正義の使者、ザ・ジャスティスマン見参ッ!」
勝一を殴り飛ばした存在………ザ・ジャスティスマンが、得意気にその名を名乗る。
いつも、悪党にそうしているように。
「な、何なんですか貴方!いきなり襲ってきて!」
抗議の声を飛ばす早苗だが、ジャスティスマンは意に介す事もないように、胸を張り笑っている。
それ所か。
「襲ってきた?何を言う、私は貴様等“悪”を成敗しに来ただけだ」
こんな事を言い放った。
勝一は勿論の事、早苗も響も、特に悪い事をした訳ではない。
少なくとも、目の前にいるジャスティスマンのようなヒーローに目をつけられるような事はやっていない。
「………どうやら、“悪”の自覚がないようだな」
状況が飲み込めず、あたふたする女子二人。
それに呆れた様子のジャスティスマンは、仕方ないなというような顔で、一つため息をついた。
「お前達、動画を撮ろうとしていただろう?」
「………はい?」
まさか、ここでお菓子作りの動画を撮っていた事が悪だと言うのだろうか。
流石にそんなハズはと思う早苗と響。
「許せないよなァ、動画で金稼ごうって魂胆で、人生を、社会をナメるんじゃないぞガキが」
しかし、ジャスティスマンからすればそれは十分に“悪”。
彼にとって不愉快な物、許せないもの。
それは即ち、成敗されるべき“悪”なのだ。
「その世間をナメきった腐った性根を、私は許さない!」
メキメキと音を立て、その場にあった木を引き抜くジャスティスマン。
根本から引き抜いた大きな木を、まるでバトンのように持つ。
ジャスティスマンが、それで何をしようとしているのかは、すぐに解る。
だが、その場でガタガタと震える早苗と響は、恐怖のあまり腰が抜けて動けない。
「さあ食らえ!正義の一撃を!!とうっ!!」
ジャスティスマンが木を振るい、槍投げのように早苗と響に向けて投げつけんとする。
人間を潰すには十分なそれは、その場から動けない少女二人に向けて容赦なく襲いかかる。
「さ、早苗ッ!」
なんとか立ち上がった勝一が駆け出すも、もはや間に合わない。
早苗と麗香も、これまで“成敗”された人達のように、惨たらしくえげつない最後を迎えるのか。
ただ、動画を撮っていただけのに。
ぶん、と音を立てて迫る木。
その時だ。
「星光一閃!エトワールトネェーール!!」
それを、正面から光の一撃が叩き斬る。
真っ二つになった木は、早苗と響に当たることなく、その両隣にズドンと突き刺さった。
「あ………貴方は!」
自分の前に凛と立つその姿を、早苗は知っている。
あの時、学校がヘルヴェロスに襲われた時、守ってくれた。
そう、戦闘礼装に身を包み、デオンカリバーを構えたシャルルだ。
シャルルが、ジャスティスマンから自分達を庇うように、凛とその場に立っていた。
「二人を連れて逃げて!早く!」
「は、はい!」
シャルルに言われ、立ち上がった早苗と響は、勝一と共に走り去ってゆく。
その場には、睨み合うシャルルとザ・ジャスティスマンが残された。
「………ヒーローのつもりか?貴様」
拳を握るジャスティスマンと、剣を構えるシャルル。
セイグリッターが使えないためか、苦戦を予想し表情を強張らせるシャルル。
対するジャスティスマン、これまで“悪”を一方的に叩き潰して来たという経験からか、余裕の表情を浮かべている。
「このザ・ジャスティスマンを………なめるなよ!」
大地を蹴り、シャルルに殴りかかるジャスティスマン。
戦いのゴングが鳴った。
「来るか!」
対するシャルル、デオンカリバーを振るい、その拳を受け止める。
何度もぶつかり合う、剣と拳。
ジャスティスマンの手は生身に手袋をしているだけなのに、何故か鉄と鉄がぶつかり合うようなガキンガキンという音が響く。
これも、インベイドベム化による物か。
「このおっ!」
ジャスティスマンの一撃を避け、空に舞い上がるシャルル。
そしてデオンカリバーにエネルギーを貯め、ジャスティスマンに向けて振るう。
「流星斬波!シャインスライサーッ!!」
一振りと共に撒き散らされる、いくつもの光の刃「シャインスライサー」。
まるで誘導ミサイルがごとく、それは地上のジャスティスマン向けて飛来し、爆発を起こす。
大地を抉るほどの爆発。
普通なら、これでジャスティスマンも倒されたと思うだろう。
だが。
「とうっ!!」
粉塵の中より、拳を構えて飛び出して来るジャスティスマン。
その身体には、傷一つついていない。
「ジャスティースッ!パァンチィッ!!」
「ぐうっ!!」
再び、ジャスティスマンの強烈な拳の一撃。
デオンカリバーで受け止めるシャルルだが、戦闘礼装で身体能力を強化しているハズなのに、腕がジンジンと痛む。
上空を舞台に移し、日も沈んだ夜の空で、再びシャルルの刃とジャスティスマンの拳がぶつかり合う。
ガキンガキンという音と共に、夜空に火花が散った。
「最近のヒーローという奴はすぐに武器に頼り出すからダメだ!お前もヒーローを気取るなら、拳一つで戦ったらどうだ!」
余裕からか、剣で戦うシャルルにこんな事を言ってみせるジャスティスマン。
「大体その衣装も気に入らん、男のくせにラプピュアか貴様は!せめてベルトを使えベルトを!」
「何を訳の解らない事を!」
全力を込めたデオンカリバーの一撃も、ジャスティスマンにダメージを与える事は出来ない。
このジャスティスマン、それまで生身で戦ってきた機械兵とは何もかもが桁違いだ。
人間大のインベイドベムだからか、シャルルの繰り出す全ての攻撃技が通じない。
「大体、貴方がヒーローを語るなんて!」
「どういう事だ!」
ジャスティスマンの手刀と、シャルルのデオンカリバーがガリガリと音を立ててつばぜり合う。
パワーでも勝る為か、押され気味のシャルル。
「あなたは正義のヒーローなんかじゃない!殺しを楽しんでいるだけのバケモノだ!!」
「なッ………!」
ジャスティスマンに叩きつけられた、シャルルの一言。
苦戦する中飛び出た一言だったが、それは間違いなく正論だった。
実際、ジャスティスマンは自分のやっている事を「成敗」と称しているが、気に入らない人間を楽しんで殺しているに過ぎない。
不倫騒動のあった芸能人も、政治家の息子も、実際に悪行に走ったという証拠すら無く、メディアが勝手に騒いでるだけだった。
無実の可能性もあったのだ。
だがジャスティスマンはそれを確かめる事もせず、容赦なく“悪”と断言し、殺した。
そんな物が、ヒーローであるハズがない。
そんな者に、ヒーローを語る資格などある訳がない。
「言ったな………言ったなァ!!ガキが!!」
だが、それはジャスティスマンの逆鱗に触れた。
顔に怒りの血管を浮かべたジャスティスマンが、強烈な回し蹴りを繰り出す。
「ぐあっ!?」
デオンカリバーで受け止めようとするシャルル。
が、ジャスティスマンの蹴りはデオンカリバーを握るシャルルの握力に勝り、デオンカリバーを弾き飛ばした。
「デオン!!」
『シャルル様ァーッ!!』
ジャスティスマンに蹴り飛ばされ、明後日の方向へと飛んでゆくデオンカリバー。
そして生じた隙を、ジャスティスマンは見逃さなかった。
「ンジャスティーース!キィィーーック!!」
守る物の無くなったシャルル目掛けて叩き込まれる、容赦ない一撃。
避ける間もなく打ち込まれたそれは、シャルルの小さな身体を、まるでサッカーボールのように蹴飛ばす。
その場から弾き飛ばされたシャルルは、高層ビル三つに穴を開けて進む。
そして四つ目に頭から突っ込み、ようやく停止した。
「うわっ!?」
「きゃあ!!」
ビル内のオフィスに、突然穴を開けて突っ込んで来たシャルルに、驚く人々。
いつもなら一礼はするシャルルだが、今はその余裕もない。
「うぐ………げほっ!げほっ!」
腹に蹴りを入れられた為か、咳き込むシャルル。
戦闘礼装に守られているにも関わらず、全身に痛みが走り、自由に動けない。
「はははは!死ねぇガキが!!」
そんなシャルル向けて迫る、拳を構えたジャスティスマン。
シャルルは動けない。
このまま、トドメを刺されるのか。
このまま、四つ目のビルごとシャルルは文字通り破壊されてしまう。
かに思われた、その時だ。
「………がふっ!?」
シャルルに、最後の時は訪れなかった。
シャルルの突っ込んだビルに迫ったジャスティスマンは、その場で静止した。
見れば、ジャスティスマンの口から血が吹き出ていた。
身体にダメージは見られないにも関わらず、顔は青ざめ、空中で静止したままガタガタと震えている。
「ぐ………うお………!?」
しばらくふらついた後、バランスを崩したかのように、ジャスティスマンはそのまま地表向けて落下していった。
その場には、唖然とするオフィスの人々。
そして、身体の痛みを耐えてなんとか立ち上がるシャルルが残された。
………………
ザ・ジャスティスマン。
宇栄栗栖は、末期のガンだった。
勤め先の健康診断も行かず、家族も居なかった為、異状に気付く者もいなかった。
そこに不摂生な生活と、ジャスティスマンの力を手にいれた事が拍車をかけた。
自身を超人だと思い込み、身体を過信したのだ。
担当医は最善を尽くした。
しかし、何もかもが手遅れだった。
そして、ジャクスに埋め込まれた装置が消滅すると同時に、宇栄栗栖はその生命活動を停止した。
宿主の死と同時に、消滅するように出来ていたのだ。
宇栄栗栖は死んだ。
ザ・ジャスティスマンも、死んだのだ。
………………
それから、しばらくの時間が流れた。
「………あっ」
その日、シャルルを連れて買い物に来ていた春香は、町中で見覚えのある顔に会った。
「………どうも」
榑井だ。
黒いスーツを着て、手に何かを持っている。
事の巻末を聞いていた春香は、榑井が宇栄の葬式に出ていたという事が一目で解った。
「………それって」
榑井が手にしていた物。
よく見ると、それは服である事が解った。
胸部分に輝くJマーク。
間違いない、これはジャスティスマンのコスチュームだ。
「………捨てに行く途中なんです」
そう答えた宇栄は、まるで憑き物が落ちたかのように落ち着いており、そして何処か寂しげだった。
「………ザ・ジャスティスマンなんて、最初から居なかったんです、あいつは、ただの宇栄栗栖のまま死んでいった、僕はそう思いたい」
そう言い残し、榑井は人混みの中へと消えていった。
春香もシャルルも、それを追おうとは思わなかった。
これ以上は、彼等の踏み込む領域ではなかったから。
その日を境に、犯人の居なくなった連続殺人事件はピタリと止んだ。
事件そのものも、いつしか人々の記憶の彼方へと消えていった………。




