第20話「東京グランドピラー」
東京湾に浮かぶ、地球連合軍日本支部基地タカマガハラ。
今日もこの場所では、多くの人々が地球の平和の為に働いている。
インベイドベムの出現以降、ここでの仕事はかなり増えた。
倒されたインベイドベムの残骸の解析。
襲撃に備える為の装備の開発。
そして、ここ第8ドックにて整備を受けている3機のマシン。
スカイデルタ、シャドウデルタ、ドリルデルタのデルタ兵機も、その一環として配備された物だ。
「………可変、開始」
一人の女が、三機のデルタ兵機を見下ろすブリッジにて、指令を下す。
「了解、可変開始します」
それに従い、研究員と思われる白衣のスタッフ達が、眼前のキーボードに情報を打ち込んでゆく。
打ち込まれたデータは、コンピュータを介して三機のデルタに伝わり、内蔵されたシステムを起動させる。
スカイデルタの機種が折り畳まれ、頭と両腕が飛び出す。
シャドウデルタの羽が展開し、X状の形状になる。
ドリルデルタが立ち上がり、巨体を支える強靭な足へと変わる。
「可変システム、正常に稼働中」
「ここまでは行けたか………」
休む間も無くデータを取るスタッフ達を前に、腕を組んだままため息をを吐く白衣の女。
ウェーブのかかった長い黒髪をした、スラッとした長身のスタイルのいい女。
紫色の口紅が、大人の女性を演出している、一目で「出来る女」と解る彼女。
名は「神楽月子」。年齢は35。
多くの博士号を持つ科学者で、なんとこの三機のデルタ兵機を設計した張本人。
今回、デルタ兵機に内蔵されたシステムの為に、ここタカマガハラに来ている。
だが、思うように進まない。
「………博士」
そんな神楽を前に、心配そうな二人。
シャドウデルタの珠江と、ドリルデルタの弥太郎だ。
「やっぱり、合体システムは」
「ええ、可変までは大丈夫だけど、合体となるとデータが必要ね」
頭を抱え、申し訳なさそうに珠江と弥太郎に報告する神楽。
そう、デルタ兵機はただの高性能戦車・戦闘機ではない。
そもそも三機は、一体の巨大兵機を構成するパーツに過ぎない。
三機が合体する事で、デルタ兵機はその兵機としての本来の力を発揮するのだ。
しかし、合体システムのプログラムが組まれる前に、インベイドベムが現れてしまった。
その為に、デルタ兵機は戦闘機、戦車として使えるだけのプログラムを組んだ状態で、ロールアウトする事になった。
つまる所、今のデルタ兵機は不完全なのだ。
「シュミレーションで組んだシステムじゃダメなんですか?」
「ダメって訳じゃないけど、出来て60%って所ね」
弥太郎の言う通り、シュミレーションで組んだデータでも、システムは完全にはならない。
戦場に出す以上、妥協は許されないのだ。
「………そういえば」
そんな話をする中、神楽はある事に気付いた。
「今日は隊長さん、居ないの?」
珠江や弥太郎を纏めるヤタガラスのリーダー、刃が居ないのだ。
いつもなら、ここにいる二人と一緒に、デルタ兵機のテストに立ち会っているのに。
「ああ、隊長なら休暇だそうです」
神楽の質問に答えたのは、珠江。
「休暇?」
「ええ、たしか………」
事前に、刃から休暇を取ると聞かされていた珠江は、神楽の質問に対して、可能な限りの所まで丁寧に答えた。
………………
東京グランドピラー。
東京は港区、セレブの街に建造された、超高層ビル。
内部にレストランやショッピングセンターを組み込んだ、多目的施設。
かつての東京タワーやスカイツリーのような、都市部を象徴するシンボルとして建造された。
それ故か、海を見下ろしながらドンと立つその姿は、何処か神々しさも感じさせる。
「………ねぇ、シャルル君」
「なんです?春香さん」
「ちょっと、頬っぺた引っ張ってくれない?」
「こうですか?」
くにっ
「………痛い、夢じゃない!」
そんな東京グランドピラーにて、そんなベタベタなやり取りをするシャルルと春香。
シャルルはスーツ、春香はドレスに身を包んでいる。
頬を引っ張られた春香は、嬉しさの笑みを浮かべつつも涙を流している。
『………このやり取りに意味があるとは思えません、まったくもって非効率です』
「その場のノリという奴よ!」
ペンダント状態のデオンに呆れられながらも、いつもよりも強めに返す春香。
シャルル共々、お洒落な風貌に身を包み、気が大きくなっているのだろうか。
「ああ………私は今東京グランドピラーに居る………夢じゃない、ホントの事さ………」
昔聞いたアニソンの替え歌を口ずさみながら、東京グランドピラーのセレブな空気を身体全体で感じる春香。
いつもの春香からは想像できないイキイキとした姿に、シャルルは微笑み、デオンは呆れる。
………事の始まりは一週間前に遡る。
その日シャルルは、学校の帰りに夕食を買いに、商店街に来ていた。
今日の夕食はすき焼きにしようと肉屋で買い物をした時、一枚の券を貰った。
商店街でやっている福引、その参加券。
ようは、福引券である。
ついでだからと、シャルルはその福引きを回してみる事にした。
その時は、五等のインスタント食品の詰め合わせを狙っていた。
そして福引きを回した。
その結果は、コロンとガラガラから飛び出した金色の玉。
シャルルは、見事一等賞を引き当てた。
その一等賞というのが、ここ東京グランドピラーにて開催される、海外映画「ライジングジョー」の先行試写会。
業界の重鎮やセレブにしか渡されなかった試写会の招待券を手にいれた春香は、舞い上がった。
多くの人々が憧れるセレブの空間に、自分も行けるのかと。
そして、貯金を叩いてセレブの空間に似合うようなコーデをして、今に至るという訳だ。
「ほんとシャルル君には感謝しかないよ………ほんとーにいい子だ、ほんとーに………」
「あ、ありがとうございます………」
嬉しさのあまりか半泣き状態になり、シャルルをよしよしと撫でる春香。
シャルルも、若干ながら引き気味だ。
『それでは、お二人が映画に集中している間、私は作業を進めておきますね』
淡々と言うデオン。
この所、というかガイストパンドラー戦以来、デオンは何やら「作業」と称して何かを作っている。
何を作っているかは「完成した時に教える」と言い、教えてはくれない。
「ずっと何か作ってるみたいだけど、何作ってるの?」
『完成してからのお楽しみ、という奴ですよ』
いつものように、はぐらかすデオン。
そんな会話をしている三人は、背後から近付いてくる人影に気付かなかった。
そして。
ドンッ
「あっ!」
「あっ!」
ぶつかった。
体当たり、とまではいかないが、背後から歩いてきた一人の女性が、春香の肩に衝突した。
「ご、ごめんなさい!大丈夫ですか?」
「す、すいません、こっちこそ、ボーッと歩いてて………」
すかさず、春香はその女性に向けて頭を下げる。
ぶつかってきた女性も、自らの不注意を春香に詫びた。
春香は内心、当たり屋のような人物でなくてよかったと胸を撫で下ろきた。
「………あっ」
そんな中、シャルルはその女性の姿を見て、気付いた。
ジャージ姿の普段とは違い、きらびやかなドレスに身を包んでるとはいえ、その姿はシャルルには見覚えがあった。
「………あら」
その女性も、シャルルに見覚えがあった。
普段学校で見る時とは違う、正装に身を包んでいるが、その気高さと美しさは変わらない。
「久家先生!」
時和中学にてシャルルの担任を担当している女性教師・久家由子。
以外な場所での再会に、お互い驚いている。
「え、えと………シャルル君のホームステイ先の、浅倉春香です、いつもお世話になっております」
「こ、こちらこそ」
少々ぎこちないが、シャルルの保護者として挨拶を交わす春香。
由子も社交辞令として、礼儀正しく頭を下げる。
「久家先生も、映画の試写会ですか?」
「ううん、ちょっと、ね………」
シャルルの問いに、はぐらかすように答える由子。
その表情は、隠そうとしているが、どこか憂いのような物を感じさせる。
「………じゃ、じゃあ、また学校で会いましょう、それじゃ」
手短に挨拶を交わし、由子はその場からそそくさと立ち去ってゆく。
その姿は急いでいるようにも、逃げるようにも見えた。
「………なんか怪しい」
去ってゆくその後ろ姿を前に、春香はまるでドラマの探偵か刑事のように呟いた。
由子の態度も行動も、何かを隠しているように見える。
刑事の勘ならぬ、女の勘というやつだ。
「ダメですよ、春香さん」
そんな春香に対し、シャルルはそう制止するように言う。
「人の知られたくない事を探るのは、失礼ですよ」
「そ、そうだね………ごめん」
シャルルの言う通り、特に悪い事をした訳でもないのに、他人の知られたくない事に首を突っ込むのは失礼な行いだ。
悪い事をしているなら話は別だが、それでも彼等のやる事ではない。
「じゃ、僕達は試写会に行きましょうか、もうすぐ始まっちゃいますよ」
「そうだね」
シャルルに諭され、春香は共に映画館のある階層を目指す。
由子が何を背負ってここに居るのかも気になるが、まずは自分の手にいれた、このセレブの空間を楽しむ権利を楽しむのが先だ。
………………
まさかこの場所で教え子とその保護者に出会うとは。
シャルルが面白がって自分のプライベートを言い触らす人間ではない事は、担任である由子が一番よく解っている。
それでも、驚くし緊張もする。
「たしか………」
事前に知らされていた待ち合い場所を思い出しながら、由子は東京グランドピラーの中を歩く。
数分歩き、由子は目的の場所にたどり着いた。
そこは。
東京グランドピラーのエントランス。
そこに佇む、古い神話の世界を再現したという、巨大な石像。
剣を振るう天使に、それと激突する悪魔。
それを束ねるかのように立つ、荘厳な髭の生えた神の像。
世界的に有名なクリエイターが、3Dプリンタと自身の腕で造り出したという、現代の芸術品。
そして。
「………よう」
由子を出迎えたのは、改まった格好をした、一人の男性。
少し顔にかかる程度の長さをした、ダークグリーンの髪。
宝玉のような金色の美しい瞳。
そして、軍属らしく鍛え上げられた身体。
他でもない。刃だ。
スカイデルタを操る、連合軍のエース・草薙刃。
由子を待っていたのは、彼だった。
「………おひさ」
互いに挨拶を交わす由子と刃。
挨拶自体は親しい間柄で交わすような簡素な物だが、どこかぎこちなく、居心地が悪そうに見える。
まるで、互いに気まずい雰囲気のようだ。
「………レストラン、行こうか」
「わざわざ、予約してくれたの?」
「こういう話をするには、こういう所って決まってるだろう」
「ドラマの見すぎだよ」
刃が予約したという、東京グランドピラー内のレストランに向けて、歩む二人。
二人の足取りは重く、表情は苦しい。
普通なら、男女でレストランというとデートを思い浮かべるだろう。
だが、彼等の場合は、そんな楽しい物ではないように見える。
当然だ。
今から二人は、別れ話に向かうのだから。
………………
「別れ話ぃ?」
刃が休暇を取った理由を聞いた神楽は、そんなすっとんきょうな声をあげた。
「なんでも、中学の頃からつき合ってる彼女さんが居るらしいですよ」
弥太郎の話の通り、刃には中学生の頃から付き合っている彼女が居る。
刃がアメリカ空軍に居る間も、文通等を通して遠距離交際を続けていた。
所が、今日になって刃は彼女に別れ話を切り出す事にしたらしい。
その為、休みを取って東京グランドピラー内のレストランに予約を入れたのだ。
別れ話を切り出す為に。
「でも、変よねぇ」
そんな話の中で、神楽はある事が引っ掛かった。
それは。
「結婚の話ならまだしも、別れ話でレストラン予約なんてある?」
神楽の言う通りだ。
プロポーズならまだしも、別れ話の為にレストランに予約を入れるなど、聞いた事もない。
場違いとも言える。
「隊長って、どこか変わってるんですよ、任務中はかっこいいんスけどね」
そう言って、弥太郎は笑ってみせる。
吊られて、神楽も少しの笑みを浮かべる。
刃の居ないヤタガラスの一日は、こうして過ぎていく。
主の居ないスカイデルタも、どこか寂しそうに見えた。




