第17話「英雄狂想曲・第一」
「い、嫌………こないで」
逃げ続けていた一人の女だったが、ついに追い詰められた。
四方のどこを見渡しても、道はない。
建物と建物が重なりあう中で出来た行き止まりに、まんまと誘い込まれていた。
「………ひっ!」
ザクリ、と足音が聞こえた。
振り向くと、そこに居たのは彼女を追い回していたいかにもガラの悪そうな男達。
「逃げんなよォお嬢さん、俺達はチョーット遊びたいだけなんだからよぉ?」
ニタニタ笑いながら、男達はジリジリと女に迫る。
彼等のいう「遊びたい」が何を意味するかは、彼女にも解っていた。
だから逃げた。
そして、この通り追い詰められてしまった。
「いいだろ?お嬢さんよォ!」
リーダー各と思われる先頭の男が、女に掴みかかろうとした。
その時である。
「ぎゃああああ!!」
突如響く男の悲鳴。
何事か?と男達が振り向く。
そこには、背後に居た男達のメンバーの一人………「だったもの」が、まるでスプラッター映画のワンシーンのように叩き潰され、散らばっていた。
「ンッン~~、ジャア~~~スティ~~~ス………」
そこに響く、自身に満ち溢れた、知らぬ男の声。
「レッツゴ~レッツゴ~ジャスティスメェェ~ン♪ゴ~ファイッゴ~ファイッジャスティスメェェ~ン♪」
そしてこの、おちょくるような歌声。
声の聞こえる先を、頭上を見上げた瞬間、今度は男達の顔が真っ青に染まってゆく。
まるで、死神にでも出くわしたかのように。
………………
謎の赤いロボット………ガイストパンドラーとの戦いから、数日が過ぎた。
テレビでは連日、セイグリッターの敗北と、同じく敗れたデルタ兵機への批判についてのニュースが流れている。
デルタ兵機については、元より「過剰な軍備増強だ」という批判もあり、まさに待ってましたと言うように各テレビ局が一斉に叩き始めた。
そして、セイグリッターの方も、今は出撃できない状態にあった。
「ねぇデオン、セイグリッターの修理はまだかかる?」
『相当なダメージを受けましたからね、まだ時間が必要です』
朝食を取りながら、バディモードのデオンとそんな話を交わすシャルル。
知っての通り、普段セイグリッターはナノレベルにまで圧縮・縮小されてデオンの内部に格納してある。
その為、機体の修理や改修はデオンの内部で行われる。
今回のガイストパンドラー戦で受けたダメージは大きく、数日経った今もまだ修理は完了していない。
『しばらくはセイグリッター抜きで戦う覚悟は、しておいた方がいいでしょう』
「そうか………」
もし今インベイドベムが現れても、セイグリッターは使えない。
仕方のない事だと思いながら、シャルルは焼いた食パンを口に運び、かじる。
ほんのり、バターの味がした。
「………じゃあ、仕事行ってくるね」
「はい、お気をつけて」
先に朝食を終えた春香が、そう言い残して仕事に出掛けてゆく。
今日、シャルルは休みだが、春香は会社がある。
戦いがあったのは丸山社から離れた場所であり、電車等の交通手段もいつもの通りに通っている。
春香自身には、ガイストパンドラー戦から元気のないシャルルに寄り添いたいという思いもあったが、社会人としての立場がそれを許さない。
「じゃ、行ってくるね」
名残惜しそうにそう言い残し、部屋から出てゆく。
ガチャン、とドアが閉じた後には、朝食を終えたシャルルとデオンが残された。
「………さっ、早く掃除と洗い物を済ませて、朝の鍛練だ」
シャルルも、ガイストパンドラーに負けたとはいえ、いつまでも塞ぎ混んでもいられない。
先程までパンの乗っていたであろう二枚の皿を持ち、キッチンへと向かう。
『………続いてのニュースです、先週行方不明になっていた大学生四人が、昨日未明○○市の路地裏で、遺体となって発見されました、警察では連続猟奇殺人事件と同一犯の犯行と見て………』
付けられたままのテレビからは、ニュースが流れ続けていた。
………………
先週から行方不明になっていた四人の男子大学生が、遺体となって発見された。
遺体の損傷は激しく、現場に残されていた免許証が無ければ彼等なのかは勿論………“人間の死体なのか”すら解らなかったという。
まるでスプラッター映画のバッド・エンドのような凄惨な事件。
警察では、ここ最近続出している連続猟奇殺人事件として、犯人の逮捕に全力を尽くしている。
今までなら直ぐ様広がり、数日はマスコミと世間を賑わせていたであろうこのニュース。
だが、セイグリッターとインベイドベムが現れてから、人々は非日常に慣れてきていた。
被害者四人にとっては無念だろうが、このニュースが話題に上がるのは、持ってもあと三日ぐらいだろう。
「………うわー、えっぐ」
昼休み。丸山社の休憩所にて。
シャルルの作ってくれたサンドイッチ弁当を食べながら、会社のテレビから流れるニュースを見ていた春香も、それを他人事のように聞き流していた。
全国ネットだからだろうか、ミンチのようにされたらしい大学生“だったもの”の姿は流れない。
その為、春香は安心してシャルルの作ったサンドイッチを食べる事ができる。
春香だけではない。
休憩所にいる社員の誰もが、流れるニュースに関心すら寄せず、各々の休憩を過ごしている。
昼食を取る者。携帯を弄る者。仲のいい同僚と雑談する者。
だがその中に、ただ一人違う者がいる事に、春香は気付いた。
「………あれ?たしかあの人って」
少し髪の伸びた、ごくごく普通そうな若い男性社員。
誰とも話をする事もなく、まるでテレビの映像を気まずい物でも見るように、目を逸らして昼食を取っている。
春香は、その人物に見覚えがあった。
今の上司になる前。シュピンネ戦の際に逮捕された上司だった時、教育するように言われた新人社員。
以降の仕事の忙しさと、教育の終了と同時に別の部署に配属になった事ですっかり忘れていたが、彼は後輩の「榑井大輔」だ。
彼は憂鬱そうな顔で、昼食であろうコンビニ弁当を食べている。
時々テレビの方を見ては、はあとため息をつきながら。
「どうかしたの?榑井君」
何かがあったのか、と、春香は聞いてみる事にした。
サンドイッチを手に、榑井の隣に座る。
赤の他人とはいえ、一時は自分の元で働いていた後輩だ。
春香にも、情が沸いたのだろう。
「あ………はい」
話しかけられ、きょろきょろと周りを見回す榑井。
そして、招くように手を動かす。
あまり大きな声で話せない、というジェスチャーだ。
春香もそれに答え、耳を近づける。
「………ほんと、聞いてくれるだけでいいんです、だから、誰にも言わないでくださいね」
ヒソヒソと小さな声で、春香に話しかける。
誰にも言わないでという事は、よほど話しにくい事なのだろう。
「………半月ほど前の事です」
榑井は、まるで禁忌に触れるかのように、おそるおそる話し出した。
………………
事の発端は、遡る事半月ほど前。
件の連続猟奇殺人事件の第一犯が行われてから、少し経った頃の話。
その日、榑井は休日前。
仕事を終え、少しだけ体力に余裕のあった榑井は、なんとなく近所の公園を散歩してみる事にした。
時刻は既に深夜。
生暖かい夜風が、火照った榑井の頬を少しだけ冷ましていた。
そろそろ帰ろうかと思ったその時。
助けてくれ!という男の声が響いた。
声のする方向を向いてみると、そこには地面に倒れ込んだ年配の男と、それを見てニヤニヤと笑っているガラの悪そうな若者達。
榑井は、それが「オヤジ狩り」と呼ばれる、一種の暴力行為である事は、すぐに解った。
止めなければ。
一瞬だけそう思ったが、直ぐに踏みとどまった。
当たり前だが、今の公園には自分と年配の男と若者達以外誰もいない。
そして、自分一人が止めに入った所で、あの年配の男と一緒にリンチされるのがオチだ。
いくら善意が痛もうと、やはりここで一歩踏み出す事に対しては、戸惑ってしまうのが人間だ。
「け、警察に………!」
少し離れてから警察に通報しようと、榑井はリンチされる男性を背に立ち去ろうとした。
その時である。
「ンッン~~、ジャア~~~スティ~~~ス………」
声が聞こえた。
まるで、聞こえるようにわざと大声で言った悪口のような、知らぬ男の声が。
「誰だ!?」
若者の一人が、怒鳴りながら辺りを見回す。
自分が犯罪行為をしているという自覚はあるのか、第三者に見つかるのはまずいと思っているようだ。
「レッツゴ~レッツゴ~ジャスティスメェェ~ン♪ゴ~ファイッゴ~ファイッジャスティスメェェ~ン♪」
だが、その第三者は姿を見せようとしない。
それ所か、神経を逆撫でするような下手な歌まで歌い出した。
「ナメんじゃねえぞコラ!!姿を現せ!!」
それは見事に煽りとして成功したらしく、若者の一人が怒りを込めて怒鳴り散らす。
すると。
「めぎゃ!?」
突如、若者の一人が奇妙な声をあげた。
若者。
リンチされようとしていた男。
後ろから見ていた榑井。
その場にいる人々の視線が、その若者の居る場所へと集まる。
当の奇妙な声をあげた若者の首が、右に曲がっていた。
首を傾けたり捻っていたわけではなく、文字通り右を向いて折れ曲がっていた。
暗がりでよく見えなかったが、若者の足元にボタボタと赤黒い液体が滴り落ちた。
あれが何なのかも、今若者がどんな状態にあるかは、遠目に見ていた榑井にも十分解った。
「悪ある所正義あり………不正ある所成敗あり………」
次に、若者の首をへし折った犯人の姿が目に入った時、榑井は度肝を抜かれた。
まずは、その風貌である。
平均的な日本人成人男性より頭一つ大きく、逆三角形型のボディビルダーのような体格。
それをレオタードかタイツのようなぴっちりした派手なコスチュームで覆い、赤いマントを背中から羽織っている。
僅かに返り血を浴びた顔は、少し縦長の日本人系の顔。
目の周りを覆面で覆い、爽やかな笑みを浮かべている。
「正義の使者、ザ・ジャスティスマン見参ッ!」
首の折れた若者の亡骸を放り投げながら、その男………「ザ・ジャスティスマン」は高らかに名乗った。
既に息絶え、頭と身体が分離しかかった遺体が転がり、僅かに血が飛び散る。
「う………うわあああああ!!」
「逃げろおおお!!」
間を置いて、恐怖で顔が真っ青になった若者達が走り出した。
目の前のジャスティスマンが自分達の仲間の首をへし折ったのだ、無理もない。
「逃がすか悪党共!とうっ!」
だがジャスティスマンは飛び上がり、若者達に意図も簡単に追い付く。
そこからは、もう「虐殺」としか形容できなかった。
若者達は、腕を引き抜かれ、足を砕かれ、腹から真っ二つに叩き折られた。
全身から血を吹き出しながら、泣いて助けを求める者もいた。
だが、ジャスティスマンはそれを聞き入れず、若者の舌を引き抜き、千切った。
「ひ、ひぃぃぃ!!」
先程まで若者にリンチされていた年配の男が、その凄惨な光景に耐えきれず、泣き叫びながら逃げ出してゆく。
ジャスティスマンはそれを追わなかった。
おそらく、若者を惨殺できればよかったのだろう。
「あ………ああ………」
榑井はというと、腰を抜かしてその場にへたり込んでいた。
元よりあまり気の強い性格でない榑井は、この虐殺ショーに耐えられなかったのだ。
「成敗、完了!わーっはっはっは!」
そう、わざとらしく笑い声をあげるジャスティスマンと、その足元に転がる若者達“だったもの”の残骸。
「………んん?」
そして、榑井にとって最悪の自体が起きてしまった。
ジャスティスマンが、その場で腰を抜かしている榑井の姿を見つけたのだ。
「ひっ!」
震え上がる榑井を前に、ジャスティスマンはゆっくりと、榑井の方に歩いてきた。
「あ………あ………」
自分もあの若者達のように叩き潰すつもりなのだろう。
そう思った榑井は、迫り来るジャスティスマンから逃れようとする。
だが、恐怖のあまり手も足も動かない。
蛇に睨まれたカエルの状態だ。
そうこうしている間に、ジャスティスマンはとうとう榑井の前にやってきた。
そして。
「………もしかして、君は大輔君か?」




