第16話「敗北」
最初に気付いたのは、デオンだった。
『シャルル様!』
「デオン?」
『上空より接近する機影あり!』
シャルルが、セイグリッターが空を見上げる。
そこには、未だ雨の降る空を切り裂きこちらに迫る、一つの赤い閃光。
「………鳥?」
シャルルが、その飛来する「何か」に対して最初に抱いた感想はそれだった。
機械的な姿をした、二本の首を持った深紅の鳥のような機体。
それが、大気と雲を切り裂いて真っ直ぐこちらへと飛んできたのだ。
地球には、あんな形の飛行機はない。
センサーに写る識別は、インベイドベムと同じUNKNOWNを表す赤。
今までの事から考えても、あれがウィーズの送り込んだであろうインベイドベムの新型である事は、シャルルにも解った。
「………目標、確認」
飛来する深紅の鳥の中で、ブレードは呟く。
有人操縦型のインベイドベムのそれを発展させたコックピットは、360度の景色を丸いコックピット全体に映し、見たこともない文字や数値を次々に表示している。
作戦は成功した。
立案者のヴォルガンの考えた通り、囮にしたアーマイゼの前にセイグリッターは現れた。
まずは第一段階のセイグリッターを誘き出す作戦は成功した。
「………作戦を、第二段階に移す」
ならば、次は作戦を次の段階に進ませるだけ。
ブレードがレバーを前に倒すと、深紅の鳥は地上で自身を見上げているセイグリッター目掛け、翼型のバーニアを吹かせて突撃する。
そして。
「………チェンジ!」
ブレードの一言により、深紅の鳥の全身に命令が走り、飛行メカとしてのシステムが書き換えられ………否「変型」する。
二つある鳥の頭が左右に開き、足の爪が展開して腕になる。
長い尾のようなパーツが展開し、ボディを支える脚となる。
翼は背中へと移り、折り畳まれる。
同時に、背中にあったプレートが胸に回る。
最後に、鳥の頭があった場所から、鬼か悪魔を思わせる、角の生えた一つ目の頭部が展開。
ほんの一秒数える間もなく、深紅の鳥はロボットの姿へと、変型をやってのけた。
バーニアの塊である翼からジェットを噴射し、体制を整えながらそのロボットはセイグリッターの前に降り立つ。
青と白を基調としたセイグリッターと相対するような、渇いた血のように 紅い、攻撃的な刺々しいボディ。
妖しく輝く一つ目が、こちらを睨み付けるかのように赤々と光っている。
その姿はまるで、自らがセイグリッターと敵対する存在である事を物語っているようにも見えた。
「………コードネーム、ブレード………作戦、セイグリッターの撃滅」
数えきれぬほどの情報を瞬時に処理し、ブレードは淡々の自らの任務を読み上げる。
そして、操縦棹………左右に備え付けられた、丸い水晶のような情報処理装置に、そっと手を乗せる。
装置がブレードの脳波を受け取り、赤く発光する。
そして。
「………「ガイストパンドラー」、任務開始!」
折り畳んでいた翼が開き、埋め込まれた無数のバーニアが一斉に火を吹く。
50m前後の巨体を浮かせ、ロボット………「ガイストパンドラー」がセイグリッターに向け、銃弾のように突撃した!
「来たッ!」
回避しようにも間に合わない。
防御の体制をとったセイグリッターに、ガイストパンドラーは容赦なく体当たりを浴びせる。
「ぐああっ!!」
ズガァ!と金属同士がぶつかり、砕ける轟音と共に、ガイストパンドラーはセイグリッターを突き飛ばし、地面に叩きつける。
アスファルトとコンクリートの地面が砕け、クレーターのように盛り上がった。
『上腕部にダメージ!』
「セイグリッターを吹き飛ばすなんて………!」
それまで戦ってきたインベイドベムとは、格も性能もけた違い。
先程の一撃で、シャルルはその事を身をもって知った。
グググ、と苦しそうに起き上がろうとするセイグリッターに、空中でUターンしたガイストパンドラーが再び迫る。
「もらった!」
立ち上がろうとしているセイグリッターに、再び体当たりを仕掛けようとするガイストパンドラー。
ブレードの目とガイストパンドラーのセンサーが、がら空きになったセイグリッターの背中に狙いを定める。
「二度もやられるかぁっ!」
だが二度も同じ攻撃を受けるシャルルではない。
ガイストパンドラーがこちらに突っ込んでくる寸前、肩からショルダーカッターを射出。
手に握ったまま、その刀身でガイストパンドラーの体当たりに向けて切りかかった。
「ぐっ!」
「がっ!」
互いの攻撃がぶつかり合い、両者はそれぞれの反対方向へと弾き飛ばされる。
地表を後ずさったセイグリッターは、よろけつつも再びショルダーカッターを構える。
空に突き飛ばされたガイストパンドラーは、空中で姿勢を建て直した。
地上からガイストパンドラーを睨むセイグリッター。
空中からセイグリッターを睨むガイストパンドラー。
「………ぐっ」
見れば、ショルダーカッターは根本からぽっきりと折れていた。
衝突の衝撃が、通常のインベイドベムなら切り裂けるほどのショルダーカッターの刀身を破壊したのだ。
武器としては使えなくなったそれを、セイグリッターは元の肩パーツの中へと収納する。
「目標を、排除する」
自らに与えられた任務を復唱するブレード。
その瞳に映るのは、モニター越しに見えるターゲット、セイグリッターのみ。
ヴォルガンからは「甘やかされて育った軟弱なクソ貴族など問題ではない」と聞かされていた。
が、二度目の攻撃を防がれた挙げ句吹き飛ばされた事から、ブレードは認識を改めなければならないと考えた。
セイグリッター、及びそれを動かしている貴族は、思っているよりタフだと。
「………ブラッディランサー」
ブレードが武装名を呟いた瞬間、ガイストパンドラーのモニターに「使用承認」を意味する文字が走る。
相手がそれなりの強さを持つなら、こちらもそれ相応の対応をしなければならない。
ガイストパンドラーの両肩。
鳥の嘴を思わせる箇所より、バトンか懐中電灯のような二本の短い棒が射出され、ガイストパンドラーの両手に握られる。
ガイストパンドラーはそれを繋げ、一つの棒にする。
するとどうだろう。
両端より、赤く輝く、菱形の細長い刃が形成された。
これぞ、ガイストパンドラーの近接戦用の武装「ブラッディランサー」だ。
「武器を取り出したか………なら!」
ガイストパンドラーが武器を取り出した。
ならば、こちらもそれに対抗しなければならない。
「レーヴァテインッ!」
シャルルの声と共に、背部にマウントされたレーヴァテインが展開。
その持ち手を、セイグリッターの腕が掴み、狙いを定めるように、その切っ先をガイストパンドラー向けて構える。
ライトグリーンの刀身こそ展開していないが、この状態でもレーヴァテインは強力な近接武器として機能する。
「………排除する!」
ブラッディランサーを振るい、迫るガイストパンドラー。
「やああっ!」
レーヴァテインを構え、肉薄するセイグリッター。
地上と上空から迫った二つの刃が、轟音を立ててぶつかり合う。
まるで時代劇の殺陣がごとく、互いを斬りつけんとする剣と槍が交差する。
「レーヴァテイン・ブレイズアップ!」
そして一瞬の隙をつき、レーヴァテインの刀身がライトグリーンの光の刃を展開する。
それは真っ直ぐ、セイグリッターの目下にいるガイストパンドラー向けて振り下ろされる。
ガイストパンドラーには、もう回避している時間はない。
「これでトドメだぁっ!」
今までも、この一撃で多くのインベイドベムを葬ってきた。
だがら、シャルルも信じていた。
この一撃で、ガイストパンドラーを倒せると。
………だが。
「………えっ?」
その直後起きた事態に、シャルルは呆然とした。
それまで、何度もインベイドベムを切り裂いてきたレーヴァテインの一撃。
きっと、ガイストパンドラーも倒せると信じていた、その一撃。
「う………受け止めた?!」
それを、ガイストパンドラーはブラッディランサーの刃で受け止めていたのだ。
機体のパワーを上げる事もなく、当然のように。
「………ふんっ!」
ガイストパンドラーが力を入れると、セイグリッターはレーヴァテインごと、吹き飛ばされてしまった。
「わあっ!」
再び、地面に叩きつけられるセイグリッター。
レーヴァテインも光の刃の展開が閉じ、セイグリッターの手を離れて地表にザクリと突き刺さる。
「ぐ………っ!」
レーヴァテインを弾かれた反動は凄まじく、セイグリッターは勿論、シャルルも身体中が痛み立ち上がれない。
セイグリッターの各部にバチバチと光る火花。
ギギギと痙攣するように震える四肢。
そして、ブラッディランサーを構え、それを上空から見下ろすガイストパンドラー。
冷たいモノアイが、ボロボロのセイグリッターをじっと睨んでいる。
「………終わりだ」
ブレードはこれを逃さない。
ブラッディランサーを振るい、セイグリッターにトドメを刺さんと迫る。
だがその瞬間、両者の間を火線が走る。
上空から降り注いだ弾丸の雨が、ガイストパンドラーの行く手を阻む。
「………地球人の機動兵機か」
苛立つような口調でブレードがぼやき、ガイストパンドラーが上空を見上げる。
そこにあったのは、こちらに迫る三機のマシン。
スカイデルタ、シャドーデルタ、ドリルデルタ。
刃、弥太郎、珠江の操る、地球連合軍のデルタ兵機部隊だ。
セイグリッターを援護しに駆けつけたのだろう。
「セイグリッターを援護する!行くぞ二人共!」
「了解!」
「了解!」
シャドーデルタにマウントされていたドリルデルタが地上に降り立ち、上部のミサイルランチャーを放つ。
スカイデルタの下部から放たれるマシンランチャーや、シャドーデルタの翼より放たれるウイングカッターも、ガイストパンドラーに向けて放たれる。
三機のデルタ兵機による集中砲火。
インベイドベム・シュピンネに通じた武装群も、ガイストパンドラーには通じない。
「………邪魔をするな!」
通じはしないが、ブレードを苛立たせるには十分だった。
ガイストパンドラーがデルタ兵機の方向を向く。
すると、ガイストパンドラーの胸のプレートのスリット部分が赤く光る。
「グラヴィティストーム!」
そして放たれる、「グラヴィティストーム」という、文字通りの重力の嵐。
それは空中のスカイデルタとシャドーデルタ、そして地上のドリルデルタを周囲の建造物ごと巻き込み、吹き飛ばす。
「うわあ?!」
「こ、コントロールがぁっ!」
三機のデルタ兵機は、なすすべもなく全て明後日の方向へと吹き飛ばされる。
ドリルデルタはビルに突き刺さり、シャドーデルタは道路に突っ込み、スカイデルタは高速道路に叩きつけられる。
なす術もなく、三機のデルタ兵機はあっという間に行動不能に追い込まれた。
セイグリッターはおろか、デルタ兵機ですら太刀打ちできない。
ダメージすらなく佇むガイストパンドラーが、再びブラッディランサーの切っ先をセイグリッターに向ける。
「今度こそ………」
今度こそ、トドメだ。
ブレードがセイグリッターにトドメを刺さんとした、その時である。
「ぐっ………!?」
突如、ブレードの脳に走る、焼かれるような痛み。
目は見開き、鼻からは鼻血が垂れ、モニターに次々と表示される、「危険」を意味する赤い文字。
「………活動限界に到達、これ以上の戦闘は不可能と判断」
トドメを刺さんとしていたガイストパンドラーが、構えていたブラッディランサーを格納し、セイグリッターに背を向ける。
「ガイストパンドラー、撤退する」
翼を広げ、ガイストパンドラーが空高く舞い上がる。
雨は止んでいた。
雲の切れ間より光が差し込む中、ガイストパンドラーは雲を切り裂き、その向こう側へと消えていった。
その場に残されたのは、激闘の余波で破壊された街。
そして力尽きたかのように倒れ佇む、セイグリッターと三機のデルタ兵機。
「逃げた………いや、逃げてくれたと言うべきか」
翼とエンジンを破壊され、飛行する手段を失ったスカイデルタのコックピットの中で、刃が悔しそうに呟く。
雲の裂け目より降り注ぐ光は、皮肉にも勝利を………ガイストパンドラーの勝利を称えるかのようにも見えた。
………………
ガイストパンドラーの活動時間には、限界があった。
それは、その操縦システムに由来する物である。
操縦式のインベイドベムは、通常の場合、地球のメカのように操縦棹を使った操縦システムを搭載している。
だがガイストパンドラーに採用された操縦システムは、更に進化した物だった。
それは、操縦者の脳波を操縦に反映するという物。
言ってしまえば、思考するだけで操縦が可能になるという物だ。
所がそのシステムには、操縦者の脳に大きな負担を与えてしまうという欠点があった。
長時間操縦を続けると、操縦者の脳が破壊されてしまうのだ。
故に、戦闘データ保護の観点から、ガイストパンドラーには操縦限界時間が近づくと警告メッセージが表示されるようになっていた。
だからブレードも、貴重なガイストパンドラーの運用データを守るために、撤退を選択した。
だが。
「………どの面下げて帰って来やがった、あぁ?」
先程ブレードを殴り飛ばし、今踏みつけているヴォルガンからは、ブレードは「敵に背を向けて帰って来た臆病者」にしか見えていない。
「テメェの使命は何だ?セイグリッターを倒す事だ、違うか?」
ヴォルガンから見れば、あのままセイグリッターは倒せていたにも関わらず、撤退を選択したブレードの行動は、許しがたい物だった。
ジャクスを見返すチャンスであったにも関わらず、逆に自分の顔に泥を塗った、と。
「………申し訳ありませんヴォルガン様」
「ごめんで済んだら軍隊はいらないんだよ!このボケッ!!」
ブレードを蹴飛ばす鈍い音が、その場に響く。
反撃をせず蹴られるだけのブレードと、憂さ晴らしをするように容赦なくブレードを蹴飛ばすヴォルガン。
「………見ていられないわね」
背後から見ていたジャクスも、そう言い残してその場を後にする。
ジャクスからすれば、ああいうのは見るに耐えない光景なのだ。
………ブレードが解放されたのは、それから二時間ほど。
その間ヴォルガンの暴力を受け続けたその身体は、痣だらけだったという。
………………
「………あっ」
シャルルが目を開くと、そこにあったのはいつも見る天井。
朝目覚めた時はいつも見ている物だが、いつもと違うのは、ここがベッドの上で、自分が布団に包まれている事。
「シャルル君!」
『お目覚めになりましたか!』
隣から声が聞こえる。
首を動かすと、そこには心配そうに自分を見つめる春香と、バディモードのデオンの姿。
時計は、午後の6時を指している。
「………そうか」
徐々に、シャルルは思い出した。
あの時、ガイストパンドラーに一方的に叩きのめされた事。
その後、撤退するガイストパンドラーを前に意識を失った事。
身体は、まだ痛む。
もしガイストパンドラーが退いていなければ、どうなっていた事だろう。
「………僕、負けたんだ」
悔しげに、シャルルは呟いた。




