第15話「銀の髪の少年」
「ブレード?」
お湯で少し濡れ、火照って今だ湯気のあがる子供………曰く「ブレード」の頭をバスタオルで拭ていた麗香は、意外そうに彼が名乗った名前を確認するように繰り返した。
「ああ、オレはブレード」
「えっと、私は響、烈華響、よろしくね」
当たり前の事を言うように、彼は自分の名前を繰り返す。
キラキラネームというヤツだろうか?それとも外国人か?と響が考えていると、ブレードの頭が拭き終わっていた。
響と比べて髪が短いので、彼女の思ったより早かった。
見れば、全自動洗濯機にかけていたウェットスーツのような服も、お風呂に入っている間に乾燥の過程が終わっていた。
「しばらく待っててね、今何か作るから」
乾燥し終わった服を着たブレードをリビングで待たせ、響はキッチンに向かう。
キッチンとリビングは繋がっており、キッチンからリビングの様子が見える。
普段は動画収録で使うキッチンだが、誰かのために料理を作るために使うというのは、恐らく初めてだ。
「やっぱり、警察に連絡した方がいいのかな………」
そんな事を考えながら、響はトーストでも焼こうかと、食パンを取り出している。
その間ブレードは、何をする訳でもなくリビングのソファーにちょこんと座っていた。
その目は、中庭に繋がる窓の方を向いている。
今なおザアザアと雨の降りしきる空を、相変わらずの無表情でじっと見つめている。
………瞬間、空に何かが光った。
まるで、流れ星のように。
「………ッ!」
ブレードの目が見開いた。
そして。
ガタガタッ!
突如、キッチンにいた響の耳に、物が倒れるような音が響いた。
ブレードが居る方向からだ。
「な、何!?」
何があったのか。
目を離していた響は、咄嗟にブレードのいるリビングの方を振り向いた。
そこには、もう誰も居なかった。
待っているように言ったブレードは、その姿を忽然と消していた。
「………ブレード君?」
開きっぱなしのドアからは、雨の止み始めた曇天の空が広がり、風がカーテンを揺らしている。
その場に残されたのは、呆然と立ち尽くす響。
そして彼女が皿に乗せた、これからトーストになるハズだった一枚の食パンだった。
………………
るりやの家具売り場コーナー。
家具売り場といっても、ちょっとしたホームセンターのような規模がある。
一本のネジから物置小屋まで、ここには何でも揃っている。
しかも、それが比較的安値で手に入るのだから素晴らしい。
「このお布団とかどうかな?」
そんな家具売り場コーナーで、シャルルと春香はどの布団がいいか吟味していた。
「うーん、少し大きくありませんか?」
「そうかなぁ」
目をつけたお布団の前で、これはどうかと考える二人。
夏物と冬物がセットになっているお得仕様であるが、問題は大きさだ。
流石に、春香の部屋に収まらないという程ではない。
が、一人用として作られたそのお布団は、大きさ的に春香の部屋を圧迫しかねない。
「もっと小さいのは………おや?」
キョロキョロとシャルルが店内を見回していると、ある物が目に入った。
「春香さーん!」
「ん?」
寝具売り場コーナーでお布団を見回していた春香だが、遠くでシャルルが呼んでいる声が聞こえ、その方向を向く。
目を離した隙に、シャルルが居たのはアウトドアコーナー。
14歳のシャルルだからいいものの、もし子供だったなら迷子になっていただろうと考えながら、春香はシャルルが呼ぶ方向へと歩いてゆく。
「春香さん、この布団はどうです?安いし丁度いいサイズですよ!」
そう、キャッキャと子犬のようにはしゃぐシャルルが指差す先。
そこには。
「………あー」
やっぱりか、案の定かと言うように、呆れ気味の表情になる春香。
彼女が見つめ、シャルルが指差す先にある物。
それは、ミノムシの簑を思わせる、顔の部分に穴の開いた、人一人分が入るぐらいの大きな袋。
そう。寝袋である。
たしかに寝具に分類されるであろうが、日常的に布団として使う物ではない。
「………シャルル君」
「はい、何でしょう?」
「確かにこれは寝る時に使う物だけど、お布団じゃないのよ」
何をいってるか解らない。と言うように、頭に?マークを浮かべてきょとんとしているシャルル。
そんなシャルルを前に、春香は改めて「シャルル君は王子様なんだなぁ」と思い、少し笑った。
性別こそ逆だが、まるで世間知らずのお嬢様に街を案内している、漫画かアニメのワンシーンような気分にもなった。
「………これじゃあ眠れないんですね?」
「眠れない訳じゃないけど………少なくともこの先長い間使っていくような物でもないかなぁ」
残念そうなシャルルを可愛いと思いつつ、春香はシャルルと共にその場を離れる。
見れば、春香の携帯の時計と、シャルルの持つ腕時計が、昼の12時を指していた。
「お布団選びは一時中断して、お昼にしよっか」
「はい!」
お金はたっぷりある。
二人は昼食を済ませるべく、デパート内のレストラン街へ向かう。
春香にとってはかなり久しぶりの、シャルルにとっては生まれてはじめてのレストランだ。
………………
雨が降り始めてから、数時間が過ぎた。
朝の天気予報で知らされていた通り、それは昼を過ぎてもザアザアと町を濡らす。
ブレードは、それまでのようにボロ布を身に纏い、ビルの上にいた。
足元を見下ろすと、町中を傘を射した人混みがひしめいている。
「………報告、こちらブレード」
懐に隠していた通信端末を取り出し、ブレードは自らが忠誠を誓う主に向けて報告を行う。
『定時報告が遅れたじゃねえか、何かトラブルでもあったのか』
「地球人の女に捕まり、入浴させられていました」
『何だそりゃ?こっちの事はバレて無ぇんだろうな?』
「はい、何の問題もありません」
通信機の向こうの主は、定時報告が遅れた事に対してか、少々苛立ったような口調でブレードの報告に答える。
対するブレードは、感情の起伏すら表さず、ただ淡々とあった事を報告する。
雨に濡れようとも、的確に、正確に。
『んな事は当たり前だ、いいか、お前の使命はセイグリッターを倒す事だ、それだけがお前の存在理由だ、覚えとけ』
それを最後に、主………獣将軍ヴォルガンは、ブレードとの通信を切った。
通信が切れた事を確認すると、ブレードは端末を再び懐に仕舞った。
空を見上げると、そこにあるのは今なお雨雲に覆われ、雨を降らせる灰色の空。
そして。
「………来た」
雨雲を切り裂き、地表に向けて迫る「何か」。
大気圏突入による熱を纏ったそれは、雨の為に冷たい大気により蒸気を纏いながら、まるで流星のように地表に向けて飛来する。
「お、おい!何だアレは?!」
傘を射して歩いていた人々の一人がそれに気付き、空を見上げ指差す。
それに吊られて、残りの人々も空を見上げた。
大衆の見つめる中、それは真っ直ぐ、地表に向けて飛び、
そして。
………………
るりやの一角にある、あるレストランにて。
ハンバーグを、ナイフで食べやすいサイズに切り、フォークで刺す。
それを口に運び、ぱくんと一口。
噛み締める度に美味しさが広がり、シャルルの表情がニッコリとした笑顔になる。
「美味しい、美味しいです!春香さん!」
まるで子犬のようにキャッキャと喜ぶシャルル。
それを前に、ニンマリと笑顔になる春香。
「ふふ、それは良かった」
るりやのレストランのハンバーグは決して安い物ではなかった。
だが、シャルルの笑顔が見れたのであれば、春香にとってその程度は平気に思えた。
続けてシャルルが、ハンバーグの二切れ目を口に運ぼうとした。
その時である。
ズワォ!
突如、るりやを爆音と共に揺れが襲う。
まるで巨大なこん棒を叩きつけられたかのように、テーブルやその上のは飛び上がり、食器や料理が床に叩きつけられる。
「わっ?!」
「きゃあ!!」
当然、お客も無事ではない。
倒れる者。
弾き飛ばされる者。
「ひわあっ!?」
当然、春香も振り落とされるように席から床に叩きつけられそうになる。
「危ない!」
だがその直前、シャルルが飛び出した。
春香と床の間に割って入り、倒れる春香を受け止めた。
「………大丈夫ですか?」
「あっ………」
春香より小さな身体で、春香を守ったシャルル。
嬉しくもあり、本来大人である自分が守る側なのにと申し訳なさを感じつつ、シャルルに支えられながら立ち上がる春香。
「怪物だ!」
その時、レストランに居た客の一人が、レストランの窓を指差して叫んだ。
「逃げろ!」
「助けて!殺される!」
窓の外に、巨大な影が立ち上がる。
その姿に、次々と悲鳴が上がり、人々は蜘蛛の子を散らすように逃げてゆく。
丁度交差点になっているその場所に現れたのは、忘れもしないあの怪ロボット。
春香の眼前で、シャルルとセイグリッターが初めて戦ったインベイドベム・アーマイゼだ。
『グオオ!』
咆哮と共に、アーマイゼが進撃を開始した。
大地を揺るがし街を破壊するその姿を、レストランから見つめる春香とシャルル。
『シャルル様!』
「ああ!奴を止めるぞ!」
シャルルが服の下に隠していたデオンが言う。
このまま、アーマイゼに好きにさせるわけにはいかぬと。
春香達以外の客は既におらず、先ほどの衝撃で監視カメラは壊れている。
今がチャンスだ。
『戦闘礼装!展開!』
瞬間、デオンから光が広がる。
光の中で、シャルルの着ていた服が分子レベルにまで分解され、デオンの中へと吸い込まれる。
一糸纏わぬ姿になったシャルルの身体に、今度はデオンの中に圧縮格納してあった戦闘礼装………戦う為の戦闘服が展開する。
シャツに包まれていた上半身には、肩章のついた青いきらびやかな服が。
半ズボンを履いていた下半身には、白く長いズボンが、それぞれ展開する。
手の周りに白い手袋。
足には黒いブーツ。
背中に白いマントが靡く。
そして仮面が、その顔を覆う。
最後に、デオンが光に包まれる。
デオンはペンダントの姿から、柄に赤い宝石の輝く一振りの剣の姿・デオンカリバーへと変化。
それをシャルルが持ち、構える。
変身が完了した。
「たあっ!」
窓を突き破り、シャルルが飛翔する。
進撃するアーマイゼの足元に狙いを定め、デオンカリバーを構える。
「星光一閃!エトワールトネェーール!!」
振るったデオンカリバーより放たれる、光の斬撃。
それはアーマイゼの脚部目掛けて飛翔し、直撃する。
『グオ?!』
バランスを崩したアーマイゼがよろけ、倒れ込む。
その衝撃で、アスファルトの大地が抉れ、盛り上がる。
アーマイゼの進撃は止まった。
なら、チャンスは今しかない。
「来い!セイグリッター!」
天高く剣をかざし、叫ぶ。
するとどうだろう。剣から光が走り、天に向けて広がった。
空に広がる、王族の紋章の描かれた魔方陣。
そこから、青き光輝士・セイグリッターが、召喚されたモンスターのように現れ、降りてくる。
デオンの内部に、圧縮されて格納されていた物を、元に戻しているのだ。
「たあっ!」
地面に降り立ったセイグリッター向けて、シャルルが飛び上がる。
瞬間、その身体は光に包まれ、セイグリッターの額に吸い込まれてゆく。
吸い込まれたシャルルは、セイグリッター内部にある戦闘用のコックピットに降り立つ。
「ブレードセット!」
眼前の機械に剣を差し込む。
すると、たちまちコックピットの機材が起動し、シャルルの身体をスキャンする。
『同調完了です、シャルル様』
デオンがスキャン終了を知らせると同時に、球体状の壁に、セイグリッター外部の光景が映し出された。
セイグリッターを通した視界が、シャルルの目に映っている。
シャルルが腕を動かせば、セイグリッターも腕を動かす。
シャルルが足を踏み出せば、セイグリッターも足を踏み出す。
今ここに、少年と巨大ロボ(セイグリッター)は一つとなり、ここに降り立った。
『グ、グオオ!』
立ち上がったアーマイゼが、爪を構えて突撃する。
しかし、シャルルは恐れない。
「ショルダーカッター!」
セイグリッターの肩が展開し、ショルダーカッターが飛び出した。
「一度戦った相手だ!すでに攻略法は見つけてある!」
シャルルの言うとおりだ。
彼は、毎日時間を見つけては鍛練に励み、己を鍛えている。
言わば日々アップデートを重ねているシャルルにとって、以前戦った相手など問題はない。
セイグリッターが、アーマイゼ向けてショルダーカッターを投擲する。
ブーメランのように回転しながら飛ぶショルダーカッターは、こちらに向かってきていたアーマイゼに命中し、胴から真っ二つに切り裂く。
『グオ………オ?』
アーマイゼは断末魔をあげる暇もなく、上半身と下半身が分離した。
そして上半身が、ずるりと落ちる。
セイグリッターがショルダーカッターを再び格納すると同時に、アーマイゼはズワォ!と大爆発を起こす。
破片が町中に散らばるが、避難が完了している為に問題はない。
「どうだっ!」
アーマイゼを瞬殺し、得意気に笑うシャルル。
だが、この時シャルルは気付いていなかった。
これが、敵の仕掛けた罠という事に。




