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穢れなき天使の愛し方  作者: 皇緋那
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第25話 ここに輝きは失せ、ただ一輪の華を残す

 明星よぞらは見てしまった。


 こむぎとは旧知の仲である天使、せれすとえりすがしばらくこの天界社に滞在する。

 そう聞いたとき、隣に座っていたらびぃがとっても嫌な顔をしていたのを。



 せれす、えりすというふたりの先輩天使の来訪。

 それは天使隊の全メンバーをあつめ、なにかしらの連絡をするという場でめるくから発表された。

 知っていたのはめるくと後輩三人娘くらいだったらしく、こむぎも聞いたとたんに表情を明るくしている。


 逆にまったく楽しみにしていないのが、彼女の後ろに隠れがちならびぃであったのだ。


「あれ、らびぃちゃんはふたりのこと知ってるの?」


「は、はい、まぁ、会ったことがあって……」


 まきなの問いかけに遠い目をしたらびぃ。

 そこへ舞い込むのは、らびぃにとってはよくない知らせであろう。

 すでにせれすとえりすは到着しており、今から招くということだった。


「やっほー! こむぎお姉ちゃんもらびぃちゃんもひさしぶりだね!」


「会えて嬉しいわ、せれす。ほら、らびぃちゃんも挨拶」


「……ど、どうも」


 真っ先に飛び出してきたのはまぶしい金髪の少女だ。

 無邪気で人懐っこい笑みでこむぎに駆け寄って、握手をかわしていた。


 こむぎの背中でらびぃが固まっているのに気がつくと、彼女にも握手をもとめ、ひかえめに伸びた手を遠慮なくぶんぶん振って引かれていたが。

 ああいう、無邪気に振り回してくるのがらびぃは苦手なのだろうか。


 そのあとから入ってくるのは、まきなよりも濃い紅の髪をもった長身の女性である。

 見目の年齢でいえばめるくたちとあまり変わらないが、ハイライトのない瞳には威圧感がある。


 金髪の彼女がせれすなら、こっちがえりすだろうか。

 じっと観察するように見ていると、ふと目があい、鋭い視線によぞらはつい緊張してしまう。

 しかし睨まれているかと思ってもそうではないらしく、不器用に笑おうとしてくれた。

 黙っていると、ちょっと怖い表情になってしまうだけみたいだ。


「お二人とも、自己紹介をお願いできますか」


「いいよ! ボク、逢花せれす。こっちのえりすちゃんともどもよろしくね!」


「せれすちゃんの言う通り、僕が瀬名えりす。仲良くしてくれると嬉しい」


 ふたりの新しい仲間が加わることになった。

 これで、近頃は活発になりつつあるエーロドージアへの対処ももっとうまく立ち回れるだろう。


 めるくからの連絡は以上のようで、あとは解散になる。

 するとふたりは真っ先にらびぃのもとへやってきて、また彼女をこむぎの背中に避難させることとなった。


 あの感じは本で見たことがある。

 実家に帰ったとき、やたらと構ってくる親戚の人だ。

 天使にもそういう本の中の人々と重なるところがあるのだな、と感心して、よぞらはその様を見守っていた。


「らびぃちゃんもちょっと見ないうちに大きくなっちゃってー、いまいくつだっけ?」


「え、えっと」


「ボクの目測だとえりすちゃんより大きいかな。どう、えりすちゃん?」


「せれすちゃんもそう思う? 僕もEくらいかなって」


「し、身長の話じゃないのね」


 確認のためか、なぜかえりすの胸を触り始めるせれす。

 触られる側も顔を赤くしているが、どこか嬉しそうに受け入れている。


 こむぎはというと、その流れに乗じてらびぃに手を伸ばして拒否されていた。

 らびぃの視線がよぞらに向いてくる。

 助けなさいよ、と言わんばかりであった。


 よぞらは助けてあげたかったけれど、肩に手をおかれ、振り返るとそこにめるくがいた。

 傍らにはさやの姿もあるが、他のみんなは帰っていくだけのようだった。


「よぞらさんに、さやさん。おふたりにはヒナタ社長からの伝言がありまして。見せたい資料映像があるので、シアタールームへ行くようにと」


 資料映像とはなんのことだろう。

 そして、なぜ後輩たち全員ではなくて、さやだけなのか。

 よくわからないが、とにかくそのシアタールームに行けばいいようだ。


「わかりました。さやちゃん、一緒に行こうか」


「……はい」


 まひるとみなもの背中を目で追っていて、どこかさみしそうなさや。

 そういえば、いつにも増して三人の距離が近かった気がする。

 だったら、よぞらはこれでもお姉さんなのだから、しっかりしなければ。


 さやと手をつないで、目的地へ向かう。

 ぎゅっと力がこめられるのが伝わってきて、たしかに頼られている感じがして、胸が高鳴った。


 ◇


 シアタールームに到着すると、すでに再生の用意されている。

 その名前だけあって、小さな映画館のようになっているなか、さやと並んで座った。


 しかしはじまるのは映画ではなく資料映像だ。

 ドラマチックに仕立てられているわけでなく、記録として残っているだけ。

 映し出された光景は見慣れないものだったが、どうやら天界社の周辺に広がる街の一角であることは予想できた。


『もう逃がさないよ、人類の敵』


 ヒナタの声だ。

 彼女の戦闘が記録されているのか。

 スクリーンには一振りの日本刀を構えているヒナタと、見知らぬ少女の姿があらわれる。

 真っ黒な髪、白く長い睫毛、金色の瞳をもった、よぞらたちと同年代かもう少し上とみえる。


 その少女はヒナタと敵対しているらしく、どこかで聞いた覚えのある声質で、しかし妖艶な声色でこう答える。


『……ここで倒されるのも悪くはないけど。どうせならあなたの片腕くらい道連れにしたいかも』


 そういって、動き出した少女とヒナタは刃を交える。

 少女の持つ鎌と日本刀がぶつかりあって火花を散らし、高速の戦闘が展開されていく。

 さらにヒナタが競り勝ち斬撃が決められるかという瞬間、敵は竜の翼を広げ、大きく羽ばたいて後ろへ退いた。

 ヒナタがそれを追うが向こうも速いもので、反撃の一閃がヒナタの肩に傷を刻む。


 その容姿と声、背に備わる竜の翼、武器は鎌。


 どれをとっても、ヒナタと交戦するこの少女はさやによく似ている。

 異なっている部分といえば、外見の年齢と、さやにしては平坦すぎる胸であろうか。


 戦闘はまだまだ続けられるようだったが再生は中断され、シアタールームの扉が開かれた。

 そして、新たな来訪者が姿をみせる。

 先の映像でも携えていた日本刀を持って、ヒナタがやって来たのである。


「あの少女は紛れもなく人々の健全な成長を害する敵であり、私の宿敵でもあった。先代から続く、因縁の相手だ」


 天界社は代々天世の人間が継いでいる、というのは知っている。

 初代にはじまり、ヒナタで4代だ。

 つまり、あの少女は3代目のころから強敵として君臨していたということか。


「何を隠そう、彼女こそがはじまりのエーロドージア。欲望を知って変質した隕石が生んだ、性欲の怪物。私達はフェイトと呼んでいた少女だ」


 フェイト──運命の名を冠した原初の敵。

 その彼女がさやと酷似しているとは、いったい何が起きているのだろう。

 答えは簡単だ、とヒナタが続ける。


「黒羽さや。君にはフェイトの因子が侵入したことは確認済みだ。いわば転生した彼女そのものとも言えるだろう。ここ数件の争乱はそんな君を泳がせていた私の失態だ。

 ゆえに、君を排除する」


 俯いているさやの表情は見えない。

 いや、さやからすれば、ヒナタに冷たい事実を突きつけられたいまの表情が見られなくてよかったのかもしれない。


「もう逃がさないよ、人類の敵」


 映像で聞いたものと同じ台詞を使うヒナタ。

 彼女が言っていることが正しいかは、よぞらにわかるものではない。

 けど、さやがよぞらの服の裾をぎゅっと掴んでいるのを見て、心は決まる。


「待ってください。さやちゃんが全部悪いなんて、そんなこと」


「……いいの。ヒナタさんは間違ってないから」


 さやは大きなため息をつき、涙声をごまかした。

 その身体がすこしだけ震えているのがわかる。


「ヒナタ、あなたがここまで人の心がない女だとは思わなかった」


「人の心じゃ、天使の長なんてやってられないさ」


「そうかもね。でも、肝心なところでつめがあまい」


 よぞらの裾を離した彼女。

 何をするかと思えば、よぞらの頬に手を伸ばしてくる。

 戸惑うまま、抵抗の暇もなく、さやの顔が近づいて、距離がゼロになる。

 唇どうしで重なって、それだけでなくさやの感情が流れ込んでくる。


「なッ、やめろ! 私のよぞらを離せ……!」


 やっとふさいでくるさやの唇から解放されたときには、ヒナタは刀を構えて臨戦態勢に入っており、刃に劣らないほど鋭い気迫を放っている。

 そんなことは気にしないとばかりに、さやは再びよぞらに接触してくる。


 こんどは全身で、抱きつくように。


「だめ、離さない。いまから私のものにするから」


 さやが翼を解き放ち、よぞらごと包み込んでくる。


 しなやかであたたかい翼の皮膜に、自分がとけていくような感覚だった。

 まるで、すべてがさやという黒色に染め上げられていく夢をみているようだった。


「我が理は少女。儚きふたつの花が友情を越えるとき、我が心は人類愛となる。

 叫べ、想い人が名を。刻み込め、其の恋を永遠に忘れぬように。

 私は運命(フェイト)──いいえ、運命の毒婦(ファム・ファタール)

 ここに輝きは失せ、ただ一輪の華を残す──」


 さやの身体がほどけ、よぞらのなかへと溶け込んでいく。

 ヒナタの眼前に、抗えぬ闇として立つのだ。

 もはや、それは煌めきの天使ではなく、ただ一面に黒が広がるだけの暗夜である。


「……そんな、まさか、よぞらが」


 呆然とするヒナタ。たたずみ、深く息を吐くよぞら。


 警報が鳴り響き、全館に異常が通達されても、その空間には沈黙が漂うだけであった。

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