第24話 まだふたりといっしょにいたいから
せれすとえりす、ふたりの先輩天使とともに天界社上部の階層へとやってきたまひるとみなも。
部屋に通されてまず目に飛び込んできたのは、ヒナタと向かい合って座らされ、うつむいているさやの姿だった。
「おや、到着したみたいだね」
「あ……まひるちゃんに、みなもちゃんも」
刑事ドラマで見る警察の取調室に似た光景のなか、さやはまひるたちを見て瞳に光を取り戻す。
ヒナタになにかされたのだろうか。
疑ってはいけないと思いつつも、不信感の募る視線でヒナタを見ずにはいられなかった。
「あぁ、天使にも友情はあるんだったか。ま、安心してくれ。私は拷問吏じゃあない。ふたりで話そうと思ったら、少々怖がられてしまっただけさ」
さやがまだ不安を抱いているのは明確だ。
犯人だという疑惑の矛先が向けられて落ち着いていられるような強い心を、さやは持っていない。
まひるとみなもが隣へ行って、彼女の背中をさすってやる。
荒かった呼吸が多少はおさまって、話もしやすくなってくれたはずだ。
たとえそれが否定でも、自白だとしても。
「事情は全員わかってるはずだろう。あとは任せる、私がいると怖がってしまうからね」
ヒナタが部屋から出ていって、さやの正面にはもう一脚イスを出してせれすとえりすが座る。
特にえりすは、ヒナタよりも威圧感がある。
さやが縮こまったのを見て、せれすがえりすの頬にキスをして、照れさせることでその表情をやわらかくしていた。
「ちょっ、せれすちゃん、僕にも心の準備が」
「ごめんね、社長さんもえりすちゃんも顔怖くて。でもえりすちゃんについてはこの通りかわいいやつだから大丈夫だよ」
それを見せられたさやはというと、天使同士の関係性が好きということには抗えず、せれすとは目をあわせられている。
少なくともさやにいまの方法は効果抜群だった。
せれすが続けて、単刀直入に問う。
やったのか、やってないのか。
まずそこだけでも聞かせてほしいと、微笑みかけた。
「……あの。まひるちゃんとみなもちゃんに、聞きたいことがあって」
さやの要望に、せれすはまひるのほうに視線を向けてくる。
まひるは頷くしかなく、すると気を使ってくれたのかイスを譲ってくれた。
「聞きたいことって?」
「えっと、その。ふたりとも、私のこと、どう思ってくれてるのかなって」
恥ずかしそうに頬をかきながら視線を落とすさや。
「私は……まだ、ふたりといっしょにいたいから」
どういう意味か、まひるにはよくわからない。
きっとみなもにもすべてはわからないだろう。
でも、ふたりの心は同じであるのはわかる。
友達と、さやと、これからもいっしょに過ごしたい。
いままでのような変わらない日々でも、もっと楽しくて刺激的な日々だっていい。
「私たちもそう思ってるから。安心して」
「そうだよっ、わたしたちだって、さやちゃんのこと大好きなんだから!」
その言葉を聞くや否や、さやは笑いながら涙ぐんだ。
ありがとうと呟き、震える声をどうにか落ち着かせて、続きを話す。
「らびぃ先輩のことも、みなもちゃんのことも……やったのは、その。私、です」
さやの口からは、あっさりと自白の言葉が述べられる。
まひるもみなもも、どころかせれすまでもが目を丸くして、沈黙が生まれる。
「ずっと、隠してたことがあって。でも、いつどこで誰が見ているかなんてわかんなくって、言えなくて。だから、言います」
いつも感情の読めなかったさやだが、このときは彼女らしくないほど決意にあふれて見えた。
それもそうだろう。だって、生活も訓練も、初めての変身でさえいっしょだったまひるとみなもにさえ隠し続けてきたことを打ち明けるのだ。
決意なしでできることでないのは明白だ。
「私……エーロドージア、なの。この力は、純粋でも清廉でもない」
さやは自分のことを語ってくれる。
誰も知らなかった、彼女自身のことを。
天使として生まれる前、まだ赤ん坊になろうとしていた胎児のころの出来事だ。
打ち倒されたエーロドージアの力の断片が、天界社へと潜り込んだ。
目的は、天使を生まれる前から欲望に穢れたものにすることだ。
断片の行動は誰にも気づかれることなく行われ、やがて成長し、エーロドージアの力は天使の力のなかに消えていった。
黒羽さやは、そうしていまの彼女になったのだという。
だがそれだけでは、らびぃやみなもを引きずり込もうとする動機がない。
こじつけようとすればいくらでも現れるが、本人の口から聞かなければ意味がないのだ。
深く頷き、さやが続きを話してくれる。
「エーロドージア側だって、私に入り込んだ奴のことを知らないはずはなかった。だから、すぐに気づかれたし、それを利用された」
天世ヒナタにこのことが知れれば、すぐに天界社から追放され、憧れているはずの天使隊によって討伐されるという最悪の結末を迎えてしまう。
さやにはその脅迫が、エーロドージアに直接手を下されるよりも恐ろしく思えたのだ。
だから、みなもを選んだ。
まひるに好意を抱いている彼女へ向けるさやの欲望は『まひるともっと仲良くなってほしい』だったのだ。
自分の内側に潜む性欲の権化としての側面と、外側からやってくる死の恐怖。
それらに耐えかね、実行へと移ってしまった。
「そんなことがあったなんて……」
みなもはそのことの記憶を持っていなかった。
それは、みなもが助かったとしても彼女が追放の道を辿らぬようさやが講じた最後の安全装置だった。
おかげで、みなもはエンジェル・ディープとしていまもここにいるのだろう。
しかし、失敗したことによってさやの裏切りも疑われた。
このことを打ち明けて天使隊の協力を得たら、影から誰かを穢れさせようと暗躍することは不可能になる。
常に監視を行えるよう、結界に対して細工を行った事件があった。
それが、はじめて3人が変身に至ったときのこと。
クシュシュと蜘蛛のゲレツナーにより、天界社の防護壁が奪われかけたあの事件である。
追い込まれたさやは、言われるがままにらびぃを狙うしかなかった。
「さやちゃんの言い分はそれで全部かな?」
せれすの言葉を、さやは肯定する。
「そっか。まひるちゃんとみなもちゃんはどう?」
あとは、まひるたちがさやを信じるかどうかだという。
ほんとうは友達がいままでの騒乱を起こしてきた犯人だなんて信じたくはなかった。
でも。そう決めつけて、彼女が意を決して打ち明けてくれたことをすべて否定するなんて、まひるにはできない。
きっと、みなもにもできないことだ。
「さやのことを信じる」
告げられた彼女の表情が明るくなって、ほっと安心したようになる。
彼女が自分達を好いていてくれていることも、いっしょに過ごしたいと感じてくれているのも、まぎれもなく本当だ。
さやが裏切りきれずに、どうにか助かるようにと祈りをこめて策を施していたのなら。
まひるとみなもだって、彼女のことをすべて否定してはいけないはずだ。
「……む。感動的なところに申し訳ないけど、敵が接近中みたい。せれすちゃん、僕たちでやっちゃおうか?」
取調室にも警報が響いて、タワー上部から見える外の景色には飛来する巨大生物が混じっている。
きっとあれは、さやを狙って現れたのだ。
「……ねぇ、さやちゃん。あいつらを返り討ちにする気はある?」
みなもが差し伸べた手。
反撃の意思を示すそれに、さやの手がかさなって、まひるもまたそこに加わった。
三人のかさなりあう想いは、それぞれの衣服をかえていく。
できあがるのは天使の装束だ。
それだけで、戦いたいという意思はせれすにもえりすにもしっかりと伝わってくれたようだ。
「行ってらっしゃい、仲良しさんたち」
えりすによって開け放たれた窓からは強い風が吹いてくる。
それでも飛んでいく。
手を繋げば、みっつの大好きが駆け巡って、恐怖なんてものはなくしてくれるのだから。
「照らす翼のサニーブライト! エンジェル・ブライトッ!」
「深き翼のディープブルー。エンジェル・ディープ!」
「……蕩かす翼のファニーファンタジー、エンジェル・ファニー」
「──行こう。私たちなら、飛べるから!」
飛び立った三人娘の前には、怪物があらわれる。
さやへと向けて敵意をむけてくる、巨大な鳥である。
いや、ただの鳥ではない。翼と脚はたしかに猛禽のそれだが、胸を布で隠しており、少女の胴をそなえている。
いわゆるハーピーというものだろうか。
しかし首から上はとうてい人間とは思えない形状をしている。
機械パーツで覆われていて、頭のかわりに機関銃が備わっているようだ。
ブライトたちに気がついたハーピー。
頭部の銃器から何発もの弾丸を打ち出してくる。
ただの弾丸ではなく、鶏卵に火薬が仕込まれたという形状の代物だ。
突然赤熱したかと思うと爆発し、飛行を妨げられてしまう。
しかもそれらが絶え間なく撒き散らされて、近づくに近づけない。
地上では人々の避難に奔走する先輩たちが見え、隣ではディープもファニーもどうにかこの卵爆弾の雨を切り抜けられないかと試行錯誤しているらしい。
どの手も決定打には至っていないが、光明は近くにありそうだ。
ディープが水流を使って大量の卵爆弾をまとめて押し返してみるが、押し返されていった爆弾がまた別の爆弾にふれ、きりがない。
さらに水流だけでは防ぎきれているとはいえず、取りこぼしたものがすぐ隣で爆発しかけたところをファニーが間一髪で救出していた。
どうすればあいつを攻撃できるのか。
ブライトでは大振り過ぎて、自分を守りきるのがせいいっぱいである。
活路を見失いかけたとき、ブライトの手に、ふたりの手がふれた。
今度はかさねあうのとは違い、三人で輪をつくるのだ。
みなもの心とさやの心が流れ込んで、境がなくなっていく。
展開されるエネルギーがバリアの役目をはたし、卵たちを遮ってくれる。
「みんな、これを使って!」
地上で救助にあたっていたトゥインクルから、光の輪が届けられた。
みんなの想いが集約し、ヘヴンズフォーチュンを起動させたのだ。
「いくよ、シャークハート☆トルネード!」
ディープが起こした竜巻が、すべての爆発物たちとふたりの天使をのせてハーピーへと迫っていく。
いくら爆弾を増やしたところで、風と水の中に取り込まれ、噛み砕かれては意味がない。
ブライトとファニーが接近するのを止められないことを悟り、ハーピーは逃げ去ろうとする。
しかし竜巻の中では風への抵抗にせいいっぱいだ。
風に乗ったとしても、天使のほうが速い。
「逃がさない! シャイニーハート☆エクスプロードッ!」
大斧と槍が振るわれて、頭部の銃器の装甲をやぶって刃が侵入する。
爆破のエネルギーはそこから送られて、内部の構造が蹂躙される。
いくつもの金属のパーツを散らしながら崩壊していくほかになく、その通りに砕けて、ハーピーは武器を失った。
「フォーリングハート☆セパレーション」
止めの鎌が、抵抗もなく通り抜ける。
一度の斬撃で何度も裂かれたようにばらばらになっていく敵は、落ちながら消失し、地面へと届くことはなかった。
「やったね、みんな!」
「あぁ、みんなが揃ってたから勝てたんだ」
空中でハイタッチをかわし、歓声をあげる三人の天使。
竜巻が晴れて虹がかかる青空に、その姿はまぶしく映っていた。
◇
せれすとえりすからの報告を受け、彼女らのもとへ戻ってきたヒナタ。
新米天使たちの戦いを眺め、ため息をついている。
しかしそこに感動はない。
皆がさやを信用しようとしている現状を、半ば嘆いてでもいるのだろうか。
「ふたりとも、しばらくこっちにいてくれるか。警戒は怠らないようにしなければならないんだ」
ヒナタはきっと、自分が疑っているくらいでちょうどいいと思っているのだろう。
それが未来に光明をもたらすか、それとも暗雲をもたらすかはまだ誰にもわからないことだ。




