第26話 私の色で塗りたくっちゃいたいくらい
シアタールームへ急行する天使が誰もいなかったのには理由がある。
ちょうど時を同じくして、天界社には襲撃者が訪れていたからだ。
「久しぶりの出番だぜ、暴れようじゃねえか」
「うん、みんな、痛い目にあわせてあげる」
ネトリータとバラバローズの出現、同時に二体のゲレツナーが街で大暴れをはじめ、総動員での対応を余儀なくされているのだ。
クリアとヒート、ブライトとディープがそれぞれ一体のゲレツナーと市民の避難を担当し、エーロドージアを止める役にはせれすとえりすが名乗り出る。
見慣れぬ天使たちに目を細めるエーロドージアたちを前に、ふたりは声をかけあった。
「いくよ、せれすちゃん」
「おっけー! えりすちゃん!」
互いにエネルギーを通わせながらの変身だ。
ふだんの衣装が分解され、新たに戦闘服が作られてゆく。
せれすはまぶしいくらいの金色だ。
背には近未来的でなめらかな機構の翼が形成され、腰にえりすの色である深い赤のアクセサリーを装着する。
手にしたのは身の丈に似合わぬハンマーであり、重すぎるのか引きずるほどだ。
えりすは血ほどに深い赤を身に纏う。
銀色と茜色に鈍く輝く金属の羽根を広げ、せれすとおそろいであり彼女の金色をもったアクセサリーを着ける。
右手には鋭利な爪の備わった手甲が装着されて、振るえば空気が裂けていくようだった。
「豊かなる翼のハーベストシーズン、エンジェル・ハーベストっ!」
「染み着く翼のバッドアップル、エンジェル・アップル!」
巨大なハンマーを振りかざす、せれすが変身するハーベスト。
鋭利な爪で切り裂く、えりすが変身するアップル。
ふたりが息をあわせて動き出し、ネトリータとバラバローズも応戦する。
飛び交う掛け声と、軽々動き回るハーベストとアップル。
それぞれで勝手に動くエーロドージアには連携がとれず、徐々に追い詰められていく。
アップルを狙った弾丸はハーベストの武器がなぎ払い、そのハーベストの隙を突こうと近付けばアップルが止める。
ハンマーの一撃で地面が揺れて生まれたよろめきを逃さず、爪が襲いかかってくる。
苦し紛れの乱射はバラバローズの身体に当たって彼女に涙をもたらし、逆上しての茨の展開はネトリータにも被害を与えてしまう。
意思の疎通がとれず、邪魔をするなと同時にわめくエーロドージアたち。
このまま決められるとみた天使たちは、武器に力を集中させ、そして解放する。
「いくよ! アップル!」
「おっけー、ハーベスト」
変身のときとは逆にせれすから声をかけ、ハンマーの上にアップルが飛び乗った。
思いっきり振り抜かれた瞬間、エネルギー波で彼女のことを覆い、空気を裂いていく弾丸のように扱うのだ。
「ツインハート☆シューティングスターッ!」
流星のごとく突貫してゆくアップル。
茨を向かわせても、弾丸を放っても、ひとえに切り捨てられるのみ。
焦ったふたりは、ほかの天使と交戦していたゲレツナーに指令をあたえ、その身をもって自分達をかばわせた。
二体分の肉壁をもってしても破壊力は抑えきれず、それらすべてを浄化しつつもネトリータとバラバローズを吹き飛ばしてダメージを与え、やっとアップルが着地した。
「っち、もう十分、逃げるっきゃないだろ!」
「いたいめにあった……しくしく……」
ゲレツナーは退治して、これで一件落着。
かと思いきや、そうともいかないのがこの日の襲撃だった。
「意外にすぐやられてしまったみたいですね、お二人とも」
そこへ降り立ったのは、変わり果てた姿の天使──よぞらだったのだ。
ひとりだけモノクロの世界に生きているように、金だった髪は白く、純白だった翼は墨より深く黒に染まっていた。
清廉でなくなって維持できなくなった戦闘服は闇で再構成され、肩の出る衣装となった。
そのなかでも瞳が赤く透き通っていることだけは変わらず、確かによぞらの身体である証拠となっている。
「よぞらちゃん、その姿は」
「まきな先輩。あなたは強いので、さっさと片付けさせてもらいますね」
黒いよぞらが指を鳴らすだけで、ヒートの頭上に暗雲が立ち込め、迅雷が彼女を襲う。
よぞらに攻撃されるなんて予測していなかった彼女はそのままもろに受けてしまい、膝をつくことになる。
天使たちのあいだには緊張が走る。
目の前にいるのは、ジャンク・スコープと同じ穢れに染まった天使である。
敵でありながら、よぞら当人であることは間違いないのだ。
しかし、らびぃのときのような分離は使えない。
ヘヴンズフォーチュンはよぞらが持つ光の輪であり、彼女が光を喪えば天命は味方とならないのである。
「さやちゃんは……さやちゃんはどうしたの!?」
さやはよぞらと一緒にシアタールームへ向かったはずだった。
しかし、ここには姿を現していない。
ブライトの叫びに向かって、黒いよぞらは笑いかけた。
「私はここにいるよ……よぞらさんのなかに。よぞらさんのカラダはとっても居心地がいいから、このまま世界のぜんぶ、私の色で塗りたくっちゃいたいくらい」
その言葉に内包された意味を正しく受け取れた天使は、この場にはいなかった。
全員、ただこのまま彼女を放っておけばまずいということだけは受け取って、それだけだ。
止めなければならないとなれば、交戦することになってくる。
ハーベストとアップルが飛翔し全速力でよぞらのほうへ攻撃を仕掛ける。
ハンマーでの一撃と、爪での一裂き。
それぞれがよぞらの身体を傷つけるには至らず、あたりに衝撃だけが走る。
先程ヒートに膝をつかせるまでの電撃を放った暗雲が、ハーベストもアップルも止めてしまったのだ。
さらに暗雲は盾として使われただけでなく、ふたりに向かって桃色の光線を放つ。
押し返されたハーベストとアップルは態勢を立て直そうとするが、立ち止まった瞬間に集積されたエネルギーが暴発し、ふたり同時に墜落していく。
「せれすちゃん、大丈夫……?」
「えりすちゃんってば、ボクより自分を心配すればいいのに」
どうにか立ち上がるハーベストとアップルだが、この状態であの相手と戦えるとはとうてい思えなかった。
ブライトとディープはさやのこともあり下手に戦えず、残るクリアでさえ、呆然として動けない。
そんな状況をくすりと笑って、よぞらは暗雲を器用に使いネトリータとバラバローズを拾い上げる。
エーロドージアの味方をすると宣言するも同然の行為に衝撃を受ける天使たちのことになど構わず、背を向け、黒き翼を羽ばたかせる。
襲撃は凌いでも、勝利とはとうてい言えなかった。
◇
大きな損害を受けた天使たち。
天界社へ戻ったからといって、一安心ともいかなかった。
むしろ、不安に追い打ちをかけてくるような状況だったのだ。
「私のよぞらが……私の……」
病室に寝かされ、そうぶつぶつと呟き、親指の爪を噛みながら涙しているのはヒナタである。
まきなやせれすの傷と同じように強力なエネルギーをぶつけられたらしい。
さらに彼女には、なによりも娘であるよぞらに裏切られたという事実がこたえている。
長といっても、このときばかりは頼りにならない。
天使たちがいままで余裕をもってゲレツナー退治にあたることができていたのは、ヒナタという最後の砦があったからでもある。
しかし、今はそれが使えない。
天使隊がエーロドージアに対する最後の戦力となっている。
「せっかくハーベスト初お披露目なのに、いきなりかませにされちゃうなんてね」
「せれすちゃん……笑えない、ね」
「ほんと。えりすちゃんのすべすべ素肌を傷つけるなんて!」
いつも通りに冗談めかしているせれすは、えりすの隣のベッドで療養することになっている。
ふたりはどうにか立ち上がるだけの気力は残っていたようだが、あの光線による作用か不安定な状況にある。
怪我のこともあり、無理をして出撃するのは厳禁になるだろう。
「非常事態になってきたね、めるくちゃん」
管制室からこむぎとらびぃが姿を現す。
ふたりからの提案は、らびぃの出撃を許可するというものだ。
あの黒いよぞらに対処するためには、それは最低限必要だろう、と。
めるくも提案を呑むしかない。
首を縦に振っためるくに対して、さっそくだけど、とこむぎが続けた。
「エーロドージア反応が急速に接近中。もうすぐ警報が鳴るよ」
彼女の言う通り、けたたましい音が響き渡る。
反応はどうやらクシュシュのものであるらしく、めるくはすぐに出撃の用意をしようとする。
そんなめるくの裾を掴むものがあった。
病室から抜け出してきたのか、包帯まみれのまきなだった。
「あたしも連れてってよ……クシュシュの奴に用事があるんだ……!」
「駄目に決まっているでしょう、その傷じゃ戦えません」
めるくの言う通り、彼女の身体はとても戦闘に耐えられるほどの余力を残していない。
瞳には確かな炎が宿っているのを知っていても、彼女に無理はさせられない。
行方知れずになった仲間のこと、そして遠くへ行ってしまいそうであるよぞらのことを思うと、まきなには戦ってほしくなかった。
「あー、連れてってあげたらどうかな。クシュシュのエネルギー波形は怪しいくらい安定、ゲレツナー生成や攻撃が目的とはみえないけど」
いざとなったら一瞬で駆けつけるから、というこむぎ。
相手の意向が見えない以上、怪我人を連れていくのはリスクが大きすぎる。
却下すべきことは理解していた。
「……いいでしょう。ただ、危険であればすぐに退避を」
「わかってる。あたしだって、死ぬつもりはないよ」
めるくの考えていることと、話していることは一致していなかった。
自らの意識の外にどうしようもない不安があって、まきなについていてほしいと思っていたのか。
そうすると、自分のことが腑に落ちる。
ああなったよぞらを前にしてなにもできなかったのはめるく自身だったのだ。
「ほら、暗い顔はそこまで。行こう、めるく」
こうやってめるくが立ち止まっているとき、いつも背中を押してくれるのはまきなだ。
歩き出した先になにが待っているのかわからなくったって、隣にはまきながいてくれる。
ワープの装置が起動し、ふたりを現場まで連れていく。
その直前、めるくからまきなの手にふれようとしたことは、めるく自身にしかわからないことだった。




