第六話 『魔法』①
長くなりそうだったので
続きもそんなに間を置かないようにします。
「あなたは魔法を信じるかしら」
巻菜の言葉は、文月の予想の遥か上をいくものであった。
(まほ……う? あの、魔法か?)
「そう。その魔法よ」
巻菜が文月の心を読んだかのように肯定する。
「信じるって…… どういう意味ですか?」
「そのままの意味よ。魔法が実在すると言ったら、あなたは信じられるかしら?」
「魔法が実在ってそんなファンタジーじゃあるまいし……」
にわかには信じられない話だった。しかし、文月はここ二日の間、少なくとも自分では説明のできない事象に何度か遭遇してしまっている。極めつけはつい先ほどの横断歩道での出来事。強く否定しきることはできなかった。
「今はそれでいいわ」
またもや文月の内心を見透かしたように話を進める巻菜であったが、そのことに気がつく余裕は文月にはもうない。
(まさか…… ありえない。だけどもしそうなら、説明がつく、のか?)
「そうね。混乱するのも、簡単には信じられないのも無理はないわ」
巻菜は少し残念そうな顔をした。
(勝手に家に現れた本だって、学校での白昼夢だって、それについさっきの瞬間移動? それだって、普通のこととは思えない。この女の子のことだって……)
文月は隣にいる少女を見つめる。家に突然現れたのは本だけではなかった。
(本ならまだ何かの間違いかもしれない。俺が間違って(・・・・)持って帰っただけのことで済む。学校で見た白昼夢だってただ俺が寝ぼけただけかもしれない。だけど)
見知らぬ少女、それも白髪碧眼の美少女なんて浮世離れした存在がいきなり自室に現れるなんてことがあるのだろうか。
轢かれた、と思った次の瞬間には別の場所にいました。そんな都合のいい、訳のわからないことがあるのだろうか。
それらを魔法――呼び方は今は何でもよかったが――なにか不思議な力や存在なくして説明することが出来るのだろうか。
文月の心は大きく傾いた。
「……」
「落ち着いたようね」
「……はい」
「もう一度訊いていいかしら。考える時間が欲しいなら言ってちょうだい。いくらでも待つわ」
「……」
文月は無言で答えた。それを見た巻菜は静かに目を閉じ一つ頷くと、
「あなたは、魔法の存在を信じられるかしら」
最初の質問を繰り返した。
魔法の存在。科学で説明のつかない何か。常識や一般的な認識を超える力。
文月にとってそれらはすべてフィクション、創作物の中にのみ存在するものだった。退屈な日常で、現実を忘れて夢を見させてくれるものたち。
それらが実際に存在するかもしれない。いまだ巻菜の言葉を信じ切ることが出来ていない文月ではあったが、非常に心惹かれるものを感じていた。
(万が一、もし万が一そんなものがあるなら、俺は)
見てみたい。純粋にそう思った。巻菜の話は文月の世界を大きく変えてくれるかもしれない。そんな期待が胸に広がる。
「信じないって言ったら?」
「今日のことは忘れて帰ってもらうだけね。ここにも、もう来ることはないでしょう」
「……もし、信じるなら?」
「きっとあなたの知らない世界が見えてくるでしょうね」
「なら」
スッと巻菜が手で文月の言葉をよぎった。
「簡単に答えてはだめよ。ここから先の話はあなたの世界を大きく変えてしまうわ。それは良くも悪くも、ね」
「?」
「今の日常を手放すことになるかもしれない。もしかしたらに度と取り戻すことはできないかもしれないわ。あなたにそれができるかしら」
巻菜の言葉はただのこけおどしではない何かを文月に感じさせた。
巻菜はそれきり何も言わず、ただ文月の目を見つめるだけだった。
文月も無言で巻菜の言葉について考える。
今の生活をすべて手放す。それはとてもリスクの高い賭けだ。賭けた先で何が待っているかも今の文月では予想すらできない。広がった世界の先が文月にとって都合がいいとは限らない。
不安が文月の心に立ち込める。誰かの顔が一瞬頭をよぎった気がした。
不意にクイっと学生服の引かれる。二人が話し始めてから静かにしていた白い少女が文月を見つめていた。
「だいじょうぶ」
途端に不安が和らいだ気がした。
文月の心は決まった。
(それでも)
「それでも…… 俺は見てみたい、です」
「もう戻れないかもしれないわよ」
「そうだとしても、です」
巻菜は一瞬、なぜか残念そうな顔をした気がしたが、次の瞬間にはもうそのそぶりは見せなかった。
「そう。なら話しましょう。あなたの知らない世界について」
そう言って不敵に語り始めた巻菜は、まさに魔女のようであった。




