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「お嬢様」
「な、なによ水碧」
「そろそろ素直になられては如何ですか? ストレートでないとあの方には伝わりませんよ」
黄瀬の勤め先を出て、杏央と水碧は待たせていた車に乗り込んだ。
杏央には婚約者などはいない。ある時幼なじみと話し込んでいる時に黄瀬に見られてしまい勝手に婚約者だと思われてしまっただけなのだ。
「かまって欲しくて行ってるのは、あの方以外皆分かってますし」
「う……。」
「あちらの坊ちゃんも、お嬢様を応援して協力して下さってますし」
「そうね。それとなく、黄瀬の予定やら好きな物やら聞き出しては教えてくれるわ」
水碧は目の前の主を見ながら心の中で溜息をついた。幼い頃の初恋を拗らせて、アピール方法すら分からない。彼に構って欲しいが為に黄瀬に突撃してしまう不器用さん。それが水碧の『杏央お嬢様』だ。
「黄瀬さまだって大人です。いつ誰かと結婚しても可笑しくないのですよ」
「そうね……。黄瀬、かっこいいしモテるわよね」
それはどうだろうか。中の上だろう。お嬢様に付いてからずっと顔を合わせているが水碧にはどこがいいのか分からない。そもそも、杏央と黄瀬では17も歳が離れている。小さい頃からの仲で、黄瀬からしたらまだまだ可愛い『おちびのお嬢さん』だ。傍で見ているからこそ分かる。それは張本人である杏央が1番感じていることだろう。
『ポコン』
杏央のスマートフォンが通知を知らせる。
「水碧、どうしよう?! 黄瀬がめちゃくちゃ美人と会ってるわ!」
泣きそうな顔で水碧を見てくる。実は黄瀬の勤め先に何人か杏央を応援してる記者たちがいるのだ。そして、時々こうして黄瀬情報を流してくる。1度、杏央の突撃訪問の事もありお菓子を差し入れようとしたが断られてしまった。
「お嬢さんの応援がしたいだけだから!」
水碧は彼らを少し怪しいなと思っている。そう言う彼らの口角が少し上がっていたからである。あれは、少しおもちゃにでもしているんだろう。賭けをしていなければいいが。
1度、筆頭執事の青柳様に相談したのだが……。
「お二人とも鈍感ですからね。そういう方々がいる方がいいスパイスになっていいと思います。あまりにも度が過ぎていたら私から忠告しますからそのままで」
そう言う青柳様のモノクルが光っていて、少し背筋がゾクゾクしたのは内緒である。
「……どうせ、取材の相手とかではないのですか? ここ、駅前の喫茶店じゃないですか。あそこの記者たちがよく使う場所ですよ」
「え、あ……。そ、そうね。そう、ならいいわ……」
誤解かもしれないものね……と哀しそうな顔で液晶画面を見つめている主を見て、水碧は黄瀬を少し恨んだ。
水碧は知っているのだ。杏央が新聞社から出ていく時、黄瀬がいつも彼女を愛おしそうに見つめていることを。
そして、自分たちが車に乗って見えなくなるまで新聞社の窓からタバコを咥えながら見つめていることを。
おそらくそうなのだが、それは本人たちが伝え合わねば意味が無い。水碧はこれからもそれをしばらく秘密にしようと決意した。




