幼馴染みとはエロ漫画の布石
だが、変わらないでいられたのは俺達の関係だけだったようで。
「なぁなぁ。八尋って千崎さんと幼馴染なんだろ? 今度みんなで遊びに行くんだけどさ、その時に千崎さん来てくれるように声掛けてくんない? 千崎さんがいるのといないのとじゃ、女子の集まりが違くってさ」
「琉歌に直接頼めよ」
「八尋君、千崎さんにあたしたちのこと紹介してくれなーい? 仲良くなりたいんだけど」
「だから、琉歌に直接頼めって」
俺と琉歌を取り囲う環境は子供の頃とは大きく変わってしまっていて。
とりわけ、俺は大学でも一際注目を集める琉歌の友人として、顔と、名前と、不名誉なあだ名が広まってしまっている。お陰で、琉歌にアポイントを取るための窓口のような役割を頼まれることが多くなった。
多くなったというか、俺に話しかけてくる内訳の八割近くが琉歌への伝言ゲームだ。もちろん、一度だって琉歌本人に伝えたことはないが。
俺が誘われてもいない遊びに琉歌を呼んでくれ? 土台無理な話だ。琉歌に関係する話以外で俺とまともに話したこともない女子に、誰が喜んで親友を紹介すると言うのか。
俺は自他ともに認める頭が腐ったドエロの八尋だが、幼馴染の親友を誰彼構わず売りつけるような真似はしない。性格まで腐ったら人間、おしまいだ。
……と言うか、そう言った類の提案をされてる時点で、つまりは俺はそれをやりかねない男として周囲に認識されているということなのだろうか。それはなんというか、些か振る舞いを正さなければならないかもしれない。
「っていうか、幼馴染?」
「違うのか? みんなそう言ってたけど」
「あたしの友達の友達の知り合いの友達の知り合いが千崎さんと同じ授業取ってるらしいんだけど、千崎さん本人があんたとは幼馴染なんだ、って紹介してたらしいよ」
なんだそのあやふやな情報源は。それはもう他人だろ。
しかし、幼馴染か。
確かに小学生に上がってすぐに仲良くなったことを考えれば俺たちは幼馴染だと言える。しかし、四年生を最後に別れたっきり出会うことは疎か、連絡の一つすら交わしていない琉歌を幼馴染と言えるかどうかは俺の中で疑問が残る。
いくら小学生の頃に仲良しでお互いの家を行き来する程の仲だったとしても、一緒に居た時間の倍近い期間離れていた者同士を果たして、幼馴染と言えるのだろうか。
……まあ、琉歌が周りに幼馴染だと紹介しているなら、それでいいのかもしれない。説明も楽だしな。
とは言え、俺の中で幼馴染と言えばお気に入りのエロ漫画に多数登場する好みのシチュエーションであり、純愛の定番でもある。
むしろ幼馴染が関与するのであれば俺は純愛しか好まない。
かわいそうなのでは抜けないからだ。けれども触手は良し。通っていいぞ。
NTRなんてもってのほかで、それ以外はなんでもござれだ。いちゃいちゃしていればなんでもいい。竿役が汚いおじさんでなければ、基本的に一生読んでいられる。
幼馴染の他には、職場で上司と部下の関係とか、ファンタジーものも大好物だ。
案外琉歌のやつも興味があるようで、俺が勧めたエロ漫画はきちんと読んでくれる。思い返してみれば、あいつがむっつりスケベなのは再開当初から隠しきれていなかったわけだ。
ドエロの八尋に相応しい親友だろう。
だが、俺の理想とする幼馴染というのは『友達のお姉さんで小さい頃から俺のことを知っている憧れのお姉さん』であり、俺がお姉さんのことを一方的に好きなまま成長していった先でひょんなことから俺の成長を目の当たりにしたお姉さんが俺を異性として認識してくれたことから始まるエロ展開が俺の理想とするところ。もちろん、ナイスバディの。
そのことから考えると、成長の早かった琉歌は子供の頃のまま大人になっただけで、理想とは大きくかけ離れている。そもそも男だしな。
だからと言って琉歌を幼馴染として認めない、なんてことは無いが、夢が夢のまま終わったことに肩を落とさずにはいられない。
「できるなら、琉歌のお姉さんと会ってみたかったんだが……」
琉歌の家族構成は、両親と姉と琉歌と弟の五人家族。
両親と弟さんには何度も会ったことがあるが、肝心のお姉さんにだけは会えていない。
琉歌の部屋は男の俺よりもずっと男らしいというか、雑多というべきか。漫画のセンスやゲームの好みも含めて粗雑な感じで、印象と違ったのを覚えている。
その隣に並んでいたふわふわとして可愛らしい女の子の部屋について尋ねたときに慌てた様子で『お、お姉ちゃん! お姉ちゃんの部屋だから! で、でも部屋には入っちゃ駄目! 勝手に入ったら怒られるから! 絶対ダメ! 分かった?!』と、聞いた俺の方がドン引きするくらい怒られたのを思い出す。お前の姉さんそんなに怖いのか、と。
琉歌も弟君も二人の親の血を引いているのが一目瞭然な程に美形揃いであるため、そこの長女ともなれば……、と何度も想像したが、琉歌と過ごした四年の間に実際にお姉さんに会うことは一度もなかった。
将来的にこんなにも悔しい思いをすると分かっていたら無理にでも会っていたのに。
今からでも過去の自分に強く言い聞かせることは可能だろうか。
「──はい。それでは、出席票と本日の課題を提出した者から退出するように」
なんてことを考えている間に授業は終わりを迎える。
俺に話しかけてきた男子と女子は、グループワークだから話しかけたんだ気安く話し掛けて来るな、とばかりに教授の終了の合図とともにさっさと俺の周りから去って行く。
琉歌の温かさと比べて氷点下の対応の差に、俺は風邪を引きそうだった。
「久々に、疲れたな」
これで今日の授業は終わり。疲れた、と伸びをしてから立ち上がる。
終わりのコマが琉歌と同じ授業であればこのまま琉歌と寄り道をして帰るのだが、別の授業があるときはそれぞれで帰る。示し合わせたわけではないが、再会して三か月以上過ぎた今や、それが不文律となっていた。
幼馴染で親友だからといって四六時中一緒に居なくちゃいけない、なんてことはないのだから当たり前だが、琉歌はたまに俺の授業が終わるまで待っていることがあるから油断ならない。
あいつは再会した後もする前も、何かと距離感の近い奴だからあんまり気を抜けないのだ。
前に待ってるはずがないと思って帰った日には、帰り道に大量のメッセージによる嵐に見舞われた。翌日の昼食を一緒に食べるという謎の約束で落ち着きを取り戻してくれたのだが、そんなもの約束なんてしなくとも一緒に食べているというのに。むっつりスケベな上にメンヘラ気質とは。男のメンヘラなど、何処にも需要はないぞ。
そんな、イマイチ何を考えているのか分からない掴みどころのない親友であったが、今日はというと、
「先に帰るね、って。珍しいな」
どうやら俺を待たずして先に帰ったらしい。
いつかの爆撃を受けたメッセージアプリを開くと、琉歌から平謝りするスタンプと共に送られてきた一行に目を通し、俺はほくそ笑む。
「……ははーん。ずばり、マッチングアプリにハマったな? あいつ」
プロフィールを入力していく瞬間は俺もワクワクが止まらなかったから分かる。
あれやこれやな出会いが俺を待っているかと思うと、ばっちり決め込んでプロフィールを埋めていく手が止まらなくなる。そうして出来上がったのは、嘘に塗れたプロフィール。
こんなんじゃいざ実際に会った時に期待外れだと落胆されるのが目に見えている以上、時間をかけて書いたプロフィールの文章を一度全て消すまでが誰もが通る道である。そして最終的に、質素で簡素なプロフィールに落ち着くのだ。
ちなみに俺は三回書き直した。
その後はプロフィールに使う写真選びだ。これもまた長い時間を要するもので、俺は三日悩んだ果てに筋トレ後の自撮りを選んだ。琉歌に見られたときに思ったが、正直これは今でも死ぬほど恥ずかしい。
「とりあえず、バイト行くか」
あいつも今頃はプロフィールに頭を悩ませているのかと思うと親友の成長に涙を禁じ得ないのだが、目前に迫ったバイトのシフトに焦って俺はバスに乗り込む。
今度はあいつのプロフィール欄を覗き見てマッチングアプリの先人として容赦なく駄目出しをさせてもらうとしよう。
バスに揺られながら、俺はシフト表を眺める。
「お、今日は先輩と一緒か。ラッキー」
バイトを始めた理由は、ネットでエロ漫画を買い漁るためだ。お陰で、バイト代の大半はクレジットカードの請求で消える。だがそのために働いているのだ。後悔も反省もない。
その為に働いているとは言え、面倒である事には変わりない。だが、そんなただでさえ面倒くさいと思えるバイトも、大好きな先輩と一緒のシフトならば沈んだやる気も急浮上するというもの。
人間関係のヘタクソな俺には恋の駆け引きとかできないから、一目ぼれした先輩相手に出会って早々に告白した結果、当然のように無残に玉砕。流石に無計画過ぎたと反省しているものの、後悔はしていない。
それに、俺の一目ぼれは叶わなかったとはいえそれで先輩の美しさが損なわれるわけではないため、一緒にシフトが入っている日は主に目の保養になる。
あの人は性の対象と言うより、偶像崇拝的な意味合いも強いから邪な思いを抱けないのだ。
ちょっと優しくされただけで好きになってしまうのは俺の悪い所だろう。
初めにマッチングアプリでマッチした社会人お姉さんにも言われた。
『エッチしたら多分、私のこと好きになっちゃうよ、君』
そこまでチョロくないぜ、と思った反面、もう既にホテルに至るまでの道程どころか、一緒に食事してくれた時点で社会人お姉さんには心惹かれていたからお姉さんの言葉はごもっともであった。
エッチするまでもなく俺はお姉さんのことが好きになっていたのだから。
それはつまり、もっと好きになっていたかもしれない、という話か。
のめり込むほど、傾倒しちゃうくらい好きになっていたかもしれないのを悪くはないと思えるのは、俺の浅はかな考えだろう。
逆に言えば、それだけお姉さんが魅力的だったということでもある。最終的にはホテルに置き去りにされてしまったのだが。
あの日のオナニーは三擦り半で到達してしまうほどに俺のイチモツは期待していたことを思い出して、少しだけ顔が熱くなる。
「要はそれくらい惚れっぽい、ってことか」
いくら考えたところで、あの日のお姉さんにもう一度会えるような奇跡は起こらない。
どうやらお姉さんは既にマッチングアプリも退会しているようだし、お姉さんの言葉の意味を知る日がくるのは、俺が本当の意味で大人になる時だろう。
「やばっ、走らないと遅刻する!」
なんて馬鹿げたことを考えながらぼんやりしていると、いつの間にか駅前の液晶に映る時刻はシフト開始の十分前。
時間にルーズな奴はモテない、とは母さんのお言葉だ。
それを肝に銘じている俺は、バイト先まで走っていく。
その日の、深夜。
マッチングアプリから通知が鳴ったのは、一か月ぶりだった。




