むっつりスケベに出会い系を
取り出したスマホを眺めて、一人ニヤつく。
諦めたと言ったな。あれは嘘だ。
大学生活というレースにおいては早々にリタイアしたが、俺の掲げるゴールに辿り着くためには何万、何億ものルートがある。既に先駆者たちによって無数のルートが開拓されているのだ。ありがとう勇敢なるご先祖たち。お礼に墓前には俺のお勧めのエロ漫画供えよう。え、いらない? そうですか……。
決して別ルートに移ることは逃げではない。これはそう、いわば戦略的撤退。
わざわざ俺の不利であるキラキラ大学生の奴らと同じ土俵に上がる必要などないのだ。俺は黙々ガリ勉大学生ルートとは違う別ルートを行くぞ。
用意された別ルート。
それは、マッチングアプリである。いわゆる出会い系だ。
大学生活がほぼ終焉を迎えた俺がマッチングアプリに辿り着くのは必然であり、励ましにもならない言葉で俺をフォローする琉歌を他所に俺は文明の利器であるスマホの画面に集中する。
「……まだソレ続けてるの?」
「モテるお前には分からないだろうが、悲しいことに非モテの俺にはこうでもしなきゃ異性と繋がる手段はねぇんだよ」
物理的にも、精神的にもな。
「ふぅん。ちょっと見せてよ」
「あっ、おい!」
何故だかこいつには見られたくなくてわざわざ隠していたって言うのに、琉歌は俺の手からスマホを取り上げてプロフィール画面を音読し始める。嫌がらせか? そんなに俺を辱めたいか!
「身長、175センチ。体重、65キロ。顔は、桂浜彗星似、だって? そんな訳ないよ」
「おい、笑うなよ」
「趣味、芸術方面以外ならなんでも。って、随分とざっくりしすぎじゃない?」
「広い方が反応もらえやすいんだよ」
「恋愛するなら趣味の擦り合わせは大事だと思うけど……。何この、気軽な出会いが目的です、って」
「……ヤリモクってことだよ」
「やりもく?」
「体の付き合いだけ、ってことだよ! 言わせんなバカ」
「っ!? ふ、不潔だよ、そんなの!!」
「うっせぇ。いいからスマホ返せよ」
大学では常に女子に囲まれているお前にそんなことを言われる筋合いはない。あれで手を出さない方が却って失礼だろう。
こうして大学での立場がすっかり決まってしまったのは俺自身の普段の行いのせいだとしても、俺の小さな努力を小馬鹿にされるのは良い気分ではない。俺は必死なのだ。見世物じゃねぇんだから、とスマホを取り返そうとすると、琉歌は俺のスマホを自分の方に引き寄せ、ガラス球みたいに透き通った目を丸く開いて俺のプロフィールに目を通していく。
「な、なに、この写真は……! こんなの、こんなの……!」
「チッ。笑いたいなら笑えよ。お前からすりゃ、馬鹿げた話だろうけどよ」
「そ、そう言う意味じゃなくて……。き、気に障ったなら謝るよ。ごめん……」
初めて性に触れた中学生みたいにスマホにかじりつく琉歌の手からスマホを取り返すと、不機嫌さを繕いもせずにどっかりと元の席に腰を下ろす。
琉歌はそんな俺に対して潤んだ瞳を上目遣いにして謝るのだが、それが祖父母の家で飼っていたフレンチブルドッグを思い出して罪悪感を抱いてしまう。
これじゃあまるで俺が悪者みたいじゃないか、と悪態つくのを押さえて溜め息を一つ。
小学校の頃の記憶を浚ってみると、確かにこいつは昔からこうだった。
女の子みたいな顔で頼み込まれると、俺は毎回必ずと言っていいほど折れていたような気がする。
こいつのこの顔には勝てないのが、身に染みて分かっていた。
だから自分に言い聞かせるみたいにして言葉を選ぶ。
「別にいいよ。俺もムキになりすぎたし。こんなの、男同士の悪ふざけみたいなもんだよな」
俺はそれが嫌で高校時代も孤立していたんだが。
「……それで、さ」
「うん?」
まだ何かあるのか、と内心で思いつつ俺は琉歌の言葉に耳を傾けた。
「その、それ。ええと……」
「マッチングアプリ?」
「そう。それ、で……さ。だ、誰かと、会ったこととか、あるの?」
「あるよ」
「そ、そうだよね、そう簡単に誰かと会ったりすることなんて──。……へ? あるの?」
「だから、あるってば。馬鹿にしてんのか、お前」
「あ、あるの?! へ、へぇ~、そう。ある……。あるんだ……。へぇ~……」
緊張した面持ちで問いかけてきたくせに一切俺の声に耳を傾けない琉歌にもう一度同じ言葉を繰り返してみれば、肩を落として目に見えて落ち込んでいく。
これはあれか。俺如きがなに異性と知り合ってんだよ、っていうメタファーかなにかか?
「でもまぁ、俺はまだ童貞なんだけどな」
「えっ? や、やり……。体目当てでマッチングしたのに?」
「そうなんだよ。なんか、会う女性みんな訳アリみたいでさ。事の直前まで行けるんだが、なんかそこまでっていうか」
「えっと、どういうことかな」
「今まで二人の女性とマッチしたんだよ。一人は年上の社会人のお姉さんでな。人生に嫌気が差して自棄になってた人で。なんか話聞いて慰めてたら、こんなところで俺と寝てる場合じゃねぇ、とか言ってホテルを飛び出して行っちまってな」
「え、え。何それ。その後は……?」
琉歌は顔を赤くして尋ねてくる。琉歌のやつ、恋愛とか興味ありません、みたいな顔をしていながら、性事情に興味津々らしい。年頃男子の性欲、俺には分かるぞ。なんだか急に親近感が湧いてくる。とは言え、あれだけ異性に囲まれてるくらいなんだから、人に聞くまでもないと思うんだが。俺がお前だったら喜んで入れ食い状態を堪能するんだけどな。
「その後? 時間もあったし、ホテルでAV見て一人で抜いてから出たけど」
「そ、そっちじゃなくて……! もう一人の人とは?」
「あぁ、そっち。もう一人はまあ珍しく同い年の子だったんだが、その子は彼氏に浮気されて私も……って感じでやけっぱちでな。これもまた話を聞いてく内になんかそういうムードじゃなくなっちまって……。今度はホテル入る前に別れることになっちまったから、一人でカラオケして帰ったけど」
「そ、そっか。そうなんだ……。じゃ、じゃあ……!」
お姉さんとのデートはまだ許せる。だがもう一人の方。後者の同年代女子とのことは、思い出すだけでも腹が立つ。
同い年の名前も覚えていないあの女と会っていた時間は総じて二時間もないのだが、カフェの中とかいう公衆の面前で、なぜか俺が告白してフラれたみたいな別れ方をされたのが納得いかないのだ。
顔も名前も知らない彼氏との思い出話をたらたらと聞かされた挙句、『やっぱりあなたに抱かれるのは無し!』って大声で叫ぶとか、やっていいことじゃないだろ、普通。常識的に考えて。
彼女が飛び出して行ったあの後、俺が店内の客や店員からどんな目で見られたことか。とんだ風評被害だ。こんちくしょう。だけど、あの時の一人カラオケはオナニーの次に気持ち良かったのを覚えている。発散という意味では同じだろうし。
一方で、最初に会った社会人のお姉さんは俺の今までの人生を含めて初めてのデート相手だったということに加えて、俺の性癖ど真ん中をぶち抜いてくるドタイプの女性だった。だから出会ってからホテルに向かうまでの道中だけでも夢見心地にさせてくれたお礼も含めて、ホテルに置き去りにされたことは百歩譲って許せる。
お姉さんは最後、別れ際に『また次に会えたら、天音君の好きにさせてあげる』って言ってたけど、多分もう会えないのだろう。お姉さんはきっと今頃、世界に羽ばたいているだろうから。そういう仕事だって言ってたし。
そう思うと、おっぱいの一揉みでもしておけばよかったという後悔の念が浮かんでくるが、別れ際におでこにキスされた感触は今でも思い出せる。
あの人とは奇跡が起こればもう一度、またどこかで会いたいものだ。
会って、俺の願望を全て叶えて欲しいものだ。
「なに喜んでんだよ」
「だ、だって、天音はまだ、その……。ど、どどどっ、どっ」
工事現場の騒音みたいな音を繰り返すだけとなった琉歌に、俺は思わず吹き出す。
下ネタの一つも言えない男のどこに俺は引け目を感じていたのだろうか。
「童貞な。なんだよ、俺が童貞であることがそんなに嬉しいのかよ。気持ちわりぃなちくしょう」
「僕も、その、一緒、だから……」
「なんだそのカミングアウト。普通にキモいぞ」
「き、キモいっ?!」
琉歌が童貞だろうがなんだろうが、俺には関係ない。
俺はこいつがモテまくることを勝手に僻んでいるだけで、こいつが童貞だろうが非童貞だろうが正直どっちでもいい。というか、あれだけ手の届く距離に異性が居て手を伸ばさないとか、据え膳なんとかというよりもこいつにチンコが付いているのかどうかすら怪しくなってくる。
俺だったら、据え膳食わぬは男の恥というくらいだし、ちゃんと手を出すけどな。
それともあれか? 琉歌は不能ってやつなのだろうか。
モテる男にも色々とトラブルはつきものだって言うしな。そう考えると、こいつにはこいつなりに悩みがあるのだろう。
「……ま、お前も頑張れよ」
「急に何?! なんなの、もう!」
「なんならお前もやるか? マッチングアプリ。招待してやるよ」
「え、僕はいいよ。って、本当に送って来たし……」
「その、なんだ。男同士、助け合いだ。困ったことがあればいつでも相談しろよ。俺達、親友だろ?」
「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど……。なんだか言葉以上の失礼なモノを感じてならないんだけど」
「そんなことは……。うん、ないぞ?」
「その間は、嘘だね。僕には分かるんだから。でもまぁ、興味が無いことも、ないし? それに、これがあれば……」
「ま、課金しすぎないようにな」
ジトっとした目で見てくる琉歌を背に、俺は次の授業へと立ち上がる。
予想外にも琉歌はマッチングアプリに興味津々のご様子。前々から薄々感じていたが、こいつ、むっつりスケベで間違いない。
「えっ、お金かかるの?」
「こーゆーアプリは男側に色々制限があるんだよ。お金は言わば、無法者を選別するふるいみたいなもんだな」
だからそんなむっつりスケベの琉歌に注意喚起をする。
あんまりのめり込み過ぎて破滅されても、紹介した手前。寝覚めが悪いからな。
「君だって初めて三か月のくせに、なに我が物顔で言ってるのさ」
「分かるの! アプリじゃない婚活サイトとか、めっちゃ高いから! 高いからまともな人が集まるようになってるの! ……まあ、金持ちってだけで変な奴は一定数いると思うけどな」
「へ、へぇ……。でも、男性側だけなんだ。それなら……」
「だから、程々にな。そろそろ授業行ってくるわ」
「うん、行ってらっしゃい……。な、なるほど、これが、こうして……ああでこうで──」
上の空で自分のスマホにかじりつく琉歌は、脇目を振る様子もなくスマホを操作していく。そんな琉歌を他所に、俺は口元を緩ませながら授業に向かう。
あんな可愛らしい顔をしている琉歌でも、一皮剝けば『男』なのだというのが分かったのがなんだか嬉しくて。早速マッチングアプリのプロフィールを入力している様子は、アプリをインストールしたばかりの頃の俺自身を彷彿とさせる熱中具合だった。
「琉歌も、いっぱしの男ってわけだ」
ヤリまくりモテまくりを夢見て大学入学を果たした直後に琉歌と再会したことは正に青天の霹靂にして僥倖。その瞬間だけは俺の邪な考えは綺麗さっぱり無くなっていたように思える。
小学生の頃に結んだ絆は、一度離れたとしてもこうして時を経て再び結び合えた。今では、子供の頃の再来は疎か、それ以上の強い結びつきを感じている。
大学と言う新しい環境で感じていたプレッシャーが追い風になったとも言えるが、俺と琉歌は、「性欲」と言う人間の三大欲求の一つで、互いに手を取り合うことが出来た。
小学生の頃と何ら変わらぬ友情を。なんだったら、当時よりも強固な友誼を結んだのであった。




