エロ漫画みたいな恋がしたい
注意:ド下ネタです。
「──エロ漫画みたいな恋がしたい!」
成年男児ならば誰もが一度は思ったことのあることを、声高に叫ぶ。
奇異なモノを見るような目が周りから注がれるが気にしない。もう慣れたものだから。
一度も夢見たことがない者だけが俺に石を投げられるのだとすれば、そんな人いるはずが──え、いる? 思ったことなんかない? そもそもエロ漫画は恋愛じゃなくてえっちな話だろ、だって? 夢を見るなら少年漫画だろうが、だって?
ぐぅの音も出ないとはまさにこの事。返す言葉もない。
だけど──
いーじゃないか! えっちな話でも!
それに、ストーリーがあるエロ漫画だってたくさんあるんだ! エッチなだけだと思ったら大間違いだ!
そんな意思を抱えてマニュフェストを掲げる政治家が如く「エロ漫画にも市民権を」などとは口が裂けても言わない。出る杭は打たれると言うし、住み分けされながら好きな人だけが楽しめればいいし、それが好きなことを恥ずかしいなどとは思わない男だ。
ゆえに、俺が口にすべきは、願望。
八尋天音、十八歳。
──エロ漫画みたいな、恋がしたいです。
そう言った思考に辿り着いた理由は、大学進学を機に長かった反抗期を乗り越え、思春期の盛りを終えて大人へと向かう第一歩を踏み出したからだ。端的に言えば、そう。俺は大人になりたいのである。もっと濁さずに言えば、一刻も早く童貞を捨てたいからであった。
あーあ、どっかに俺のことが大好きで目が合うだけで喜んでくれて胸とお尻が大きくてドSな振りしてちょっとマゾっ気のあるえっちなお姉さんは居ないかなぁ?
俺に手取り足取り腰取り、一から筆降ろしをしてくれる心優しいセクシーなお姉さんがある日突然隣に引っ越して来てくれたりしませんか? あ、実家の周りは顔見知りで埋まっているから無理か。
下心ありきではあるが、一応今世では善行積んでるつもりなんだけどな。
あーあ、偶然夜道でばったり出会った痴女なお姉さんがよくよく見れば、昔通っていた歯医者のお姉さんだった……、みたいなこと、あったりしねぇかなあ。
「……そう言うこと、あんまり大きい声で言わない方がいいよ」
脳内でストレス発散、とばかりに人畜無害な願望を曝け出していると、対面に座る女みたいな顔をした美少年から呆れた目線が向けられてくる。
美少年の名は千崎琉歌。同じく十八歳。モテる男に俺の気持ちは分からない。
「それに、それを言うなら恋愛漫画みたいな恋がしたい、じゃないの?」
「俺はその先に行きたいの! つっても、モテるお前には分からねえだろうけどさ」
大学生になったらモテまくりヤりまくり、なんて都合の良い噂を聞いて、下心だけで大学進学を選んだのが運のツキだった。
下心だけで月並みならぬ受験戦争を乗り越えて県内一の大学に入学できたかと思えば、そこには小学校以来の知り合いがいて、しかもそいつが信じられないくらいモテているだなんて、聞いていない。
お陰で大学中のほぼ全ての女子は目の前で「えー」と言いながら首を傾げる琉歌に首ったけ。可愛いなこんちくしょう。
男すらも寄って集るほどの美貌を持ち合わせた美少年が同学年に在籍しているだなんて入学説明会で聞かされてないんですけど。蓋を開けてみれば、男は全員その美少年の付け合わせみたいな格付けされるなんて思ってもみなかったんですけど。訴えたら勝てるかな、これ。ってか、どこに言えばいいの? 教務課ですか?
フツメンの俺が逆立ちしたって勝ち目のない相手は、俺が一方的に敵視する存在……と言えたら良かったんだが、幸か不幸か、同学年は疎か先輩たちからも注目を集める美少年は、大切な友人で。
琉歌は、ただの知り合いというわけではない。
俺にとって、唯一無二の親友。そう呼んで差し支えない存在である。
親友との、数年ぶりの再会。
中学時代に色々とあって人間関係に悩み始めてからと言うもの、中高と続けてろくに友人も作れなかった俺にとって、琉歌はたった一人の親友である。再会を喜んで当然だった。
だけど、問題が一つ。
その親友が、とんでもなく美少年に育っていたのだ。
この時の俺の気持ちを二十字以上百字以内で答えよ。
少し、考えてもみて欲しい。
花束の中でも一際目を引く大輪の花。その花の傍に、他の花にすら埋もれる名も無き花があったところでそれに目を向ける人などいない。大輪の花がある限り、その花束は大輪の花の独擅場。それが、俺の親友にして憎き美少年である。対して、俺こそが名も無き花で。
その他大勢という花にすら埋もれた、名も無き花。爆モテの親友の威光に陰る花弁は、誰の目にも止まらずに萎れていくしかない。
それが大学と言う花束の中での俺と琉歌を示した立場であり、結果として俺に目をくれる女子は誰一人としていない。
つまり、琉歌との出会いは喜ばしいものであったが、琉歌と送る大学生活は始まって早々に幕を閉じた訳だ。企画倒れ過ぎやしませんか、これ。お陰で俺は大学生活すっかり諦めムードである。モテまくりヤりまくりの華の大学生活なんて夢のまた夢となってしまった。もう、どうにでもなれ~。
「女子は全員、お前に首ったけじゃねぇか」
「そういう訳じゃ、ないと思うけど」
「無自覚イケメン、うぜー」
ケッ、と吐き捨てると、琉歌は「ひどーい」と言って笑う。こいつ、俺と話しているといつも楽しそうなんだよな。
過ぎた謙遜は腹立たしいと小耳に挟んだが、それが事実であることを嫌というほど思い知らされる。そんな慎ましい部分も、こいつの魅力なのがまた腹が立つ。
「お前なんか触手に凌辱されてしまえばいいんだ。エロ漫画みたいに」
「なにそれ。なにその手付き。ワキワキさせないでよ」
言いながら、琉歌は楽しそうに微笑みを返す。そんな小さな微笑みですら、キャンパス内の男女問わず魅了する。はいそこ、エロがんないでくださーい。どう言う特性だこれ。俺のエロ漫画の話にも興味を持ってくれるし、さてはこいつインキュバスか何かか?
馬鹿らしい僻みにすら笑って応えてくれるくらい、こいつは良い奴なんだ。
だけど俺の小さな器では、俺の手に入れられなかった理想の大学生活を送る親友が底抜けに良い奴であることにいちいち複雑な感情を抱かずにはいられない。憎ければもっと素直に憎めたと言うのに。
「天音。君の大学でも評判、知ってるかい?」
「知ってらぁ。ドエロの天音君とは俺のことだぁ……」
ドエロの天音。
八尋の「尋」という字にエロが隠れてるからドエロなのかと思っていたら、ただ単に俺がスケベなだけが由来という、酷い呼び名である。いつの間にかキャンパス内で浸透しており、俺の通名と化しているらしい。俺を下の名前で呼ぶのは同学年ではこいつだけだ。
俺がぼっちである所以を自覚させるようなことをわざわざ聞いてくるとは。さてはこいつ、人の心を折るのが趣味の変態か?
「いいなあ。僕も何かあだ名が欲しいと思ってたんだ」
「これっぽっちも良くなんかねぇよ」
新手の嫌味か、こんちくしょう。お前なんて白馬の王子様とでも呼ばれていればいいんだ。ばーかばーか。
親が聞けば泣いてしまうような恥ずべきあだ名も慣れれば二つ名みたいでカッコよく思えてくる──いや、全然カッコよくない。これが二つ名として通るのは、せいぜいが性癖でバトルするような世界だけだ。そしてそんな世界だったならその程度、いくらでも溢れている没個性に過ぎない。
そんなあだ名が浸透してしまえば、当然の帰結とばかりに俺の周りに人は寄って来ない。立ち回りが悪かったとは言え、こうも彩りの無い大学生活に俺は半ば自棄になりつつあった。だから恥ずかしげもなくあんなことを言えちゃうわけなんだが。中でも腹が立つのは、周りの男子が俺を反面教師にして女子に良い顔していることだ。あいつら、どいつもこいつも腹の下じゃ俺と同等のことしか考えていないくせに。
そんなわけで、このお先真っ暗な状況で新しく友人関係など築けるはずもなく、入学早々にお零れにあずかろうと下衆以下の考えで結んだ目の前のたった一人の親友との友誼だけが、大学生活における俺の交友関係であった。
「そんな腐らないでよ。僕は君のいいところ、たくさん知ってるよ?」
「あーあー、イケメンからの慰めの言葉なんざ聞きたかねぇっての。大学では色んなあれやこれやな出会いがあると思ってたんだけどなあ」
「僕と出会えたじゃないか」
「俺が求めてるのは、女子とのだよ! 女子との! ガール、ウーマン、レディ、乙女、淑女!! ボーイミーツガールを望んでたの! それが……、こんなイケメンだけとは」
「い、イケメンだなんて、そんな……」
「言われ慣れてんだろ。何照れてんだ」
先程から話題に上がる琉歌は、肩を竦めて困った様子を醸し出す。
そんな姿すら画になるのだから、ムカつくを通り越して溜め息が出ると言うものだ。
大学における唯一の友にして無二の親友であるこの美少年は、正直言って何を考えているのか分からない。琉歌は俺とは違って男女関係なく友達もいるのに、なぜか俺と居てくれる。「久しぶりに会えたんだから」と琉歌は言うが、琉歌には琉歌の付き合いもあるだろうに。俺にはそれだけが気掛かりだった。
俺と話している今だって、「るか~♡」と語尾にハートマークがついてるのが丸わかりな声をかけられて同級生に手を振り返しているが、決して一人でどこかに行こうとはしない。よく分からん男である。
「僕との出会いは不服だって言いたいの?」
「いや、そういうわけじゃ、ないけど」
「嬉しかったんだ?」
「当たり前だろ。親友なんだから」
「ふふ、そっか。親友か」
瑠歌との出会いは小学一年生。そして別れは、俺が十歳で琉歌が九歳の時。小学四年生の時だった。
一年生の頃からずっと一緒に遊んできた友達が突然いなくなったんだ。その時はもう、俺は人目もはばからず泣いたのだが、まさか数年後にこうして大学で再会できるなんて想像もしていなかった。そして俺が親友だと思っていたのと同様に、琉歌の方もまた月日が経ってもまだ親友だと思っていてくれたことが嬉しかったのは事実だ。
だけども、こうもありありと差を見せつけられると、俺は乾いた笑いしか出て来なくなる。
「同時に、時の流れってのが残酷だということも教えられたよ」
「あはは……。僕も、ね……」
「お前はどこに残念がる要素があるんだ! 子供の頃の綺麗で可愛いまんま大きくなりやがって。俺なんて親父譲りの濃いヒゲと毎朝格闘してるってのに、なんだそのきめ細やかな肌は。ぷにぷにのつるつるじゃねぇか! 俺ぁ、下の毛までボーボーだってのに!」
「……天音は変わってないよ。僕にとって、ずっとヒーローだからさ」
「やめろ。男から褒められても嬉しくねぇよ」
ゾワゾワと粟立つ肌を擦る。なんて冗談を言うんだ、と思って琉歌の奴を見るが、この顔は本気で思っている顔だ。王子様ってのはさぶいぼが立つようなことを口走っても様になるのが羨ましい。
琉歌は子供の頃のまま大きくなったと言っても差し支えないほどに、可愛らしい顔付きを誇る。
彼の幼さの残る顔に細身の手足とサラサラの髪の毛は、さながら物語に出てくる王子様のようだ。なんかいい匂いもする。
対する俺の方はというと、遺伝とは恐ろしいものだと痛感するばかり。中高と六年間続いた剣道のお陰でガタイだけは良くなっていき、顔付きだって勝手に雄々しくなった。それに加え、多少の不摂生だけでも人にお見せできる体ではなくなってしまう体質のため、体型維持に余念を欠かない。
俺達の間に流れた時間は等しいはずなのにどうしてこうも分かりやすく俺と琉歌の間に差がついてしまったのか。一体、俺はどこで成長を間違えてしまったのか。
もしかしたら琉歌のようになれる成長ルートがあったのかもしれないと思うと、悔しくて悔しくてたまらない。俺が女の子にちやほやされる世界線、どこですか。異世界転生しなきゃ手に入らないですか?
大学に入ってから割と頻繁に孤立するという状況が続いたせいか、孤独感に苛まれた挙句の果てに、琉歌が女なら……なんて考えが頭に過ぎることが実に腹立たしい。
夢とかどうこうではなく、俺の男として超えてはならない一線があった。
誓って言える。俺はノンケであると。
奪ってほしいのはお尻の初めてではなく、俺のイチモツの初めてである。あと唇も。
今の俺は、恋のABCをすっ飛ばして手っ取り早くZにまで辿り着きたいのである。
そのために俺は、女子に魅力的だと思われなければならない。とにかく、女子の目に留まることから始めるんだ──。
俺は、スマホを取り出した。




