酩酊して虎の尾を踏む大学生
未成年飲酒は法律で禁止されています。
「作業お疲れ様、あ~んど、お手伝いありがとうございましたっ!! ということで、かんぱ~い!」
代表の高らかな音頭に合わせて、手に持ったグラスを掲げる。
精々が隣でぶつけ合う音が聞こえるくらいではあるが、全員の顔に笑みが浮かぶ。
昨日と今日と合わせて二日間お世話になった大広間にて、俺たちは夕食にありつく。豪華な御前である。そして手に掲げるは大学生らしくアルコール──ではなく、二十歳未満の俺たちの手にはソフトドリンク。
代表はズボラなくせしてそういうところは行き届いているというか。
「天音、楽しいねぇ」
とは言え、俺の隣で宴会の空気に酔っているかのように浮ついた笑みを見せる琉歌を見ると、アルコール無しというのはありがたかったかもしれない。
よく母さんの晩酌に付き合わされたり、正月に祖父母から押し付けられたりして飲み慣れている俺とは違って、蝶よ花よと育てられた琉歌はまず間違いなくアルコールに弱いだろうと言うのが目に見えている。
平時ならまだしも、疲労の溜まった今の状況で酔っぱらいの介抱なんてごめんだからな。潰れるのは開始早々に日本酒を浴びるように飲んでいる代表一人だけで十分だ。
「ん、美味いなこれ。昨日も思ったけど、やっぱ和食っていいよな」
「天音のことだからてっきり、肉、肉、肉。なのかと思った」
「はは、それも間違ってないな。でもこうしてくつろぐんだったら、和食がいい」
聞くところによると、どうやらこの宿には併設されたグランピング施設まであるらしく、基本は部屋食のところを、予約さえすればグランピングも利用出来るらしい。
けれども、疲労困憊の今の状態のまま自分たちで肉や野菜を焼いて食べるだなんて重労働をする体力など残っていない。俺は今、部屋食を選択してくれた代表に対して胸いっぱいの感謝の念を送っていた。
順々に運び込まれてくる和食のコース料理を前に、琉歌と談笑しながら次を待つ俺は畳に手を着いてリラックスしながら、盛り上がっている先輩たちを眺める。
「本当に今回は助かったよ! 何度駄目だと思ったことか!」
「いやいや~。あたし達は何にもしてないってばー。ってか毎回思うけど、毎回こんなピンチなの? 嫌にならん?」
「なるもんかぁ! 大好きだからね! えっちなものを書くのも、読むのも両方ね! それより、二人のコスプレ見せてよ。今回自信作なんだろう?」
「お、見ちゃう見ちゃう~?」
「えー! 私にも見せて下さい! うわっ、めっちゃイケてません?! イケイケ過ぎなんですけど! 田貫ちゃん先輩カッコよすぎますって! 朱理ちゃんもめっちゃ良き」
「龍丘さぁん! 俺、もっと絵ぇ上手くなりたいです!」
「描け」
「か、描くしかない、ね」
「今回のは結構自信あったんですよぉ。なんたって俺の最推しの女教官ですからね。解像度はかなり高められたと思ってたんですけど……まさかの主人公の解像度が追い付いて来ないとか。あるまじき失態ですよぉ!」
「悪かったところが分かってるなら次は上手くいくだろ。そもそも俺、クリエイター側の感覚分かんねえぞ」
「ず、ずっと、見てたから、分かることも、あるんじゃないかな」
「ずっと見てたから、ね……」
男子と女子とで二分して盛り上がる先輩たち。そして俺と琉歌とで残される二人。
「……あっち、混ざってこなくていいのか?」
「んー? なんで亜里沙先輩たちと? 天音と一緒に喋ってるの、楽しいよ?」
俺が指差したのは、代表たちの方。琉歌が男だということを思い出したのは、琉歌本人に言われてからのことだった。俺が指差すべきは龍丘さんたちの方であるはずなのに、俺は何を思っていたのか。
その時だけはどうしてか、琉歌が女子たちに混ざってるのが正しいと思ってしまったのだ。……まあこいつ、大学でも常に女子に囲まれてるしな。
「それとも天音は、僕と一緒じゃやだ……?」
「なわけあるか。楽しいよ、俺も」
「知ってる。わざと聞いちゃった」
俺の顔を覗き込むようにズイ、と顔を寄せて悪戯が成功したみたいに笑う琉歌。
なんだこいつ。めんどくさ可愛いなちくしょう。……いやいや。落ち着け、落ち着け俺。いくら可愛く見えてもこいつは男だ。琉歌は男。
疲れてるんだろうな。煮つけの濃い味付けが、体に染みるぜ。
危うく親友のことを変な目で見るところだった。疲労と合わせてこの賑やかな空気に、俺も琉歌と同じで少しばかり酔っているのかもしれないな。
「それにしても、天音はこういう席好きだよね」
「滅多に呼ばれないけどな。賑やかなのは好きだぞ」
「僕は、あんまりなんだよね」
「そうなのか? その割には今、楽しそうだけど」
「天音が一緒なら楽しめる、って言ってるでしょ」
「ほーん」
「あ、その顔は信じてない顔だ」
「信用されるのと信じてもらえるのは訳が違うからな」
「あ! さっきの嘘のせいで信じてもらえなくなってる!」
ちょっとした仕返しである。
それと、俺も琉歌と一緒に食べる時間は好きだ。一人でご飯を食べると味気なく感じるしな。幼少の頃に琉歌の家にお世話になっていたのも、母さんが仕事で忙しかったからだし。昔からの名残というか、そういうものだ。
だから大学生になった今でも頻繁に琉歌のことを食事に誘うのだ。
流石に今更琉歌の家にお世話になるわけにはいかないが、お互いに過ごしやすい空気と言うものが分かっている者同士、一緒にいるのが気楽なのだ。
調子に乗りそうだから本人には言わないけど。
「天音、これ上げる」
「嫌いなだけだろ」
それから、続々と運び込まれてくる和食のコース料理に時折琉歌の嫌いなモノを押し付けられたりしながら、板前の丁寧な仕事に感動を覚える。
その間にも先輩たちの飲酒のペースはどんどんと上がっていき、賑やかさも加速度的に増していく。
途中、何度か酔っぱらいの襲撃に会いながらも華麗に回避しながら俺たちはついにメインディッシュへと辿り着く。
「んまいな。これ、お前の好きな味だ。食うか?」
「ちょーだい。んん~! 美味しいね。代わりに天音にはこれをあげる」
「だからそれ、琉歌が苦手なだけだろ」
「そんなこと言いながらも食べてくれるんだもんね」
酔っぱらいの襲撃に逢った際に少量のアルコールを取り込んでいるせいか、少しだけ体が熱い。
ただでさえ普段から無防備な姿を晒している琉歌がもしもお酒を飲んだのなら、それはもう、多くの人の目を惹き付けることだろう。良くも悪くも。
ゆえに、俺がこうして身を呈するだけで、琉歌にアルコール、という、合わされば究極的に面倒くさいのが分かっているものから己の身を守れると言うのなら、いくらでも俺が犠牲になる。これも一種の自己防衛だ。
どう酔っぱらうのか分からない琉歌よりも、少なからず酔い方を知っている俺が飲むことで、ただでさえカオスな空間をこれ以上カオスにさせないために俺が食い止めるのだ。
「──いいですかコスプレというのはつまり自己との対話なのです自己との対話とはつまりもう一人の自分の創造それは自分探しの旅でインドに行ったところでもう一人の自分がインドにいるはずがないのに対してコスプレは明確にもう一人の自分つまりは探すべき自分が見つかるんですそしてそれは理想の自分であると同時に今の自分に足りないものを教えてくれる指標でもあるし間違った部分を教えてくれる戒めにもなるんですだからコスプレは」
「タヌちゃんそれは──……、うんうん! 言えてるよね~!」
「アッハハハハ! 何言ってるか全然分かんないや!」
「修司ぃ。私、ちょっと酔っちゃった~」
「おいおい、マジかよ。けど俺は……、いつだってお前に、酔ってるけどな」
「キャア~! かっこいい~!」
「…………天ぷらには、やはり塩か。いや、ワサビ塩もいい。天つゆは邪道だ」
……食い止めるべき、カオス空間。
酔っぱらい達が生み出す世界はいつしか最高潮に達し、最早誰にも収拾がつかなくなっている。
食事を運んでくれる仲居さんが現れる度に、うちの先輩たちがすみません、と謝る俺の気持ちを誰かと共有したい。それだけでも多少なりとも救われるのに。
期待を込めて横を向くと、琉歌はこの場の空気に酔ってニコニコしているだけ。俺の小さな器ではこいつと苦労を分かち合うには至らないようだ。
琉歌から寄越されたししとうの天ぷらのほのかな苦みを味わいながら、どうにか救いの手が差し伸べられるのを神に祈る。ししとうの神様、お願いしますよ。
「こっちでもイチャついてる二人はっけ~ん」
どうやら神はいないらしい。それとも、ししとうじゃ弱かったのか。
俺に差し伸べられたのは救いの手ではなく、魔の手。そう、アルハラの魔の手の再来である。
「俺と琉歌がイチャついてるように見えるなら、おすすめの眼科教えてあげますよ」
「アハハハハ! 何それ、面白い冗談じゃないか!」
笑い上戸に、絡み酒。箸が転がるだけでも腹を抱えて笑う代表は、どこぞの酒豪もかくやと言うべき風貌で一升瓶を片手に笑い転げる。
まぁまぁまぁ、とか言いながら勝手に俺のグラスになみなみ注いだ日本酒を自分でごくごくと飲んでいく様は、正しく傲慢の一言に尽きる。妖怪の酒呑童子も、きっとこんなやつなのかもしれない。単純に迷惑な存在だ。
「っぷはぁ~! ……みんなしてイチャイチャしてさ、私と雅だけになっちゃったじゃないか。まあ、雅からは告白されたんだけどさ」
「だから、俺と琉歌はイチャイチャしてるわけじゃ…………って、は? え? 今、なんて言いました?」
「だから、雅に告白されたんだよ、昨日。大好きだーって。羨ましいかい? 羨ましいだろう! でもね、天音君だろうと、雅はあげません! 雅は私の大事な幼馴染なんだからねぇ! ……でも、幼馴染だと思っていたのは私だけだったのかと、絶賛傷心中なのさ。だから慰めてくれよ、天音、くぅん」
もたれかかってくる代表の体からは、アルコールに混じってお風呂上がりの女子の良い匂いが香ってくる。それだけでも気がそぞろになるのだが、それ以上に代表のポロリと零していい内容ではない話の中身に俺は理解が追い付かないでいた。
少しばかり働きの悪い頭で状況を飲み込もうと固まる俺を無視して代表はぽつぽつと話し出す。
「……私と雅は親同士、仲が良くてね。幼稚園の、それこそ雅の物心がついた頃からの仲だったよ。小学校に上がるとそこに茉莉が加わるんだけど、それはまあ別の話だから置いといて──。二つしか年が離れていない、けど二つだけ年が離れているって言うのは、きっと彼にとって大きな隔たりだったんだと思う。小中高に大と、雅は私の後ろをぴったり付いて来たからね。でもそれを、私は幼馴染で親友だからだと思ってたんだけど、雅はそうじゃなかったらしい。あまつさえ雅は、私と出会った時から好きだった、なんて言うんだ」
俺や琉歌が生きてきた時間と同じだけ、もしくはそれ以上の時間をかけて龍丘さんはこの変人代表とも言うべき亜里沙先輩に恋し続けていたのかと思うと、あの強面の裏に秘め続けた恋心にいじらしさを感じる反面、そのヘタレっぷりに目元を覆いたくなる。
けれども、求むるべきは代表の心中。酔っぱらって口が軽くなった彼女が何を言いたいのかが察せられないでいた。
これは新手の惚気なのか、いや惚気に違いない、と自問自答で答えを導き出した俺は、今度こそ代表の球を打ち返すべく身構えて代表の次の言葉を待った。
「これは酷い裏切りだとは思うだろう?! 親友だと思っていたのに……。そりゃあ? もちろん? 今までずっと? 一緒にいた雅を一人の男として見れば? 悪くないな? とは、思うけど? それとこれとは、話が違うというか……。男女の友情は成立すると思っていた私が馬鹿みたいじゃないか。二人はどう思うかな? もちろん、成立すると思うよね?」
「──成立、しないと思います」
「え」
しかし、身構えてバッターボックスに立った俺を押し退けて代表の球を打ち返したのは、予想外にも俺じゃなくて、琉歌だった。
それに驚いているのは俺だけじゃなくて、代表もまた、目を皿のようにして驚いていた。
そもそも、代表の口からまさか直球ど真ん中が放たれるとは思ってもいなかった俺はてっきり変化球が来るものと身構えていたため華麗に見逃しだ。
男女の友情は成立するか。
永遠の議題にして、トークテーマとしては定番である。
琉歌はそれを、否定した。……であれば、いつも琉歌の周りにいる女の子たちは一体なんなんだ。
普段の振る舞いと矛盾する琉歌の答えに困惑する俺であったが、質問者である代表は俺よりも混乱した様子を見せて聞き返した。
「え、え? でも、だって……」
「どちらか片方に恋愛感情が生まれた時点で、その関係は友情じゃなくなります……。つまり、今の亜里沙先輩と龍丘さんの間に、友情は成立しないということです」
横で聞いていて、俺は知らず知らずのうちに「確かに」と頷いていた。
琉歌の言う通りだ。代表はこのまま友達を続けたい。けれども龍丘さんは恋人関係に進みたい。
お互いにお互いの意見を押し付け合っている状態では、今までのようにはいかない。
人生はよく、川に例えられる。それに沿って例えるならば、横並びで流れていた二つの流れが一つに重なるか、それともこのまま並び合ったまま流れていくかの分水嶺こそが、龍丘さんの告白なのだ。
流れの向きを変えた龍丘さんと、現状維持を願った代表。
どちらが正しいとか、どちらが正しくないかではない。
どちらも正しくて、どちらも正しくないのだから。
だからこそ、二人の関係に落としどころを見つけるために代表は龍丘さんの気持ち受け止め、龍丘さんは代表の答えを受け止めねばならない。それが、どのような結果になったとしても。
「……男女に友情が成立するかどうかはともかく、琉歌の言う通り、今の代表と龍丘さんの間には友情は成立しないと思います」
琉歌に遅れること十数秒。俺はようやく代表の問いに返答を口にした。
「……友達のままでいたいと思うのは、悪いことなのかい?」
「それは……」
アルコールで気持ち良くなっていたさっきまでの空気とは打って変わって、影と含みのある声でそう呟いた声に俺は言葉を失う。
男女の友情すら危ういほどに浅い経験値を持つ俺に、恋愛に関してのアドバイスなんてできっこない。俺にあるのは経験値からの裏付けがされない、教科書からの知識のみ。ましてや、俺の教本はエロ漫画だ。その道のプロである代表には釈迦に説法だろう。
それでも、何も言わないよりはマシかと、そんな俺の口から出せるのは紙から得た知識の通りに薄っぺらで無責任な言葉だけで。
そうして言葉に詰まっていると、またしても琉歌が俺の後を継いで答えてくれる。こいつは頼もしいぜ、と思う反面、恋愛は選択科目だったはずでは、という感情が湧き上がる。俺の知らない知識はどこで蓄えられるのですか。琉歌先生、俺にも教えてください。
恋愛は一体、いつから必修科目になってしまったのか。
「……龍丘さんに恋愛感情がある限り、亜里沙先輩の願う友人関係というのは、はりぼてです。今の状況を清算しないままずるずると続けたとしても、必ず、後悔すると思います。亜里沙先輩も、龍丘さんも……」
「千崎君……」
まるで見てきたみたいに亜里沙先輩の行き着く先を知っているように言った琉歌は、どうしてか俺を見る。この空気を変えろってことか? 俺に任せておけ、とアイコンタクトで伝えて琉歌の言葉を受け止める代表に向き直る。
「代表は、そんなに龍丘さんと付き合うのが嫌なんですか?」
「そう言われると、考えたこともなかったな……。私と、雅が付き合う……? 付き合うって、何をすればいいのかな」
「え、えぇっと、その……」
酔いが覚めたみたいに真剣な眼差しに変わる代表。顔の火照りは残るものの、今まで見たこともないくらい真面目な顔つきで口にするのは、素朴にして純朴な疑問。
俺の打ち返した打球はすっかり代表の頭上に打ち上がってしまったようだ。
しかし、ここにいるのは年齢=彼女いない歴の男が二人だ。いや、俺の隣にいるのは生粋のプレイボーイかもしれないが、俺の希望も込めてその肩書きにしておこう。
だって、生粋のプレイボーイが代表の純朴な質問に慌てふためくなんてあり得るはずがないのだから。
「つ、付き合ったら……? た、例えば、デートしたり?」
「雅とはよく一緒に出かけるよ。基本は私の資料集め及び気分転換に付き合わせる形だけどね。男女で出かけるのはデートなんだろう? 意識したことはないけど」
「て、手を、繋いだり、とか」
「その時は私が勝手に行動しないように、って良く手を取られるけど」
「あ、あーんしたり、してもらったりとか……!」
「シェアってことかい? それぞれ別のものを頼んで一口交換したりもするかな」
「よ、夜遅くまで眠くなるまで電話繋いでたり……っ!」
「原稿前はしょっちゅうあるかな。寝たらおしまい、って時はうちに直接泊まることもあるけど」
「……」
止せ、止すんだ、琉歌。これ以上は、俺が見ていられない。
というかむしろ、今の話を聞いて少し安心した。琉歌は本当に童貞なのかもしれない。いちいち出てくる例えが初心というか。
いやまあ、琉歌の言っていることもよく分かる。どれも俺たちが夢見ることしかできないことばかりだもんな。
距離感の近い琉歌は俺相手に今言ったこと全部を試そうとしてきたことが何度もあった。まさかこいつ、俺を練習台にしているのか? こいつ、一人で抜け駆けしようって言うのか?! なんて姑息な! しかし、お前が経験値を稼いでいるということはつまり、俺もまた経験値だけなら溜まってるということになる。レベルアップは出来ないままだけどな。
「それくらいかい? それなら友達のまま、幼馴染のままでも──」
「いえ。友達のままでは出来ないことは確かに存在します」
「本当かい?」
「ええ。それは──」
「それは?」
「それは……」
見事に敗北を喫した琉歌に続くように調子に乗って俺は声を上げた。
だが、所詮は調子に乗った末の言動。俺の頭に浮かんでいるのは、ろくでもない答えである。そんなろくでもない答えは、亜里沙先輩の綺麗な眼差しに加えて、琉歌の視線も刺さっていることで俺はすっかり尻込んでそこから先を紡げなくなってしまう。
代表は黙ってさえいれば信じられないくらい美人だし、琉歌は琉歌で顔が良いから、そんな二人に見つめられると気後れするというかなんというか。
変にドギマギする気持ちで、ええいままよと俺はグラスに半分ほど残っていた酒を呷る。
喉元を過ぎた途端にカァっ、と熱くなる体。気分が良くなる。
お酒の力も借りられたことだし、俺は張り切って言葉を口にする。
「……エッチなことですよ」
しかし、声のボリュームは俺の張り切りとは打って変わって小さい。
けれども耳年増な二人は決して聞き逃すことなく拾い上げる。
「え、え、えっちなこと、って……!」
「ふむ。私と雅が、か。うん? 私と、雅、が……? むむぅ」
童貞疑惑の琉歌とは正反対の反応を示すかと思いきや、思いの外初々しい反応を見せる代表。
流石はエロ同人の界隈で名を馳せているだけある。想像力に抜かりはないようだ。
……というか、その反応が出来るだけでも二人の関係を決める答えに不足ないとは思えるのだが。
そこは二人の問題だ。余計な口出しはすまい。
代表は何か言わなければと言葉を探す素振りを見せるが、彼女の唇は意に反して開いたり閉じたりを繰り返すばかり。
やはり黙っていれば美人な亜里沙先輩は、黙っていればいくらでも見ていられる。それが世にも珍しい赤面した顔なら尚更。
しかし、鑑賞に浸れる時間はそう長くは続かなかった。
「み、雅」
「飲み過ぎだ、バカ。……それと、八尋」
「な、何も見てないし、聞いてないし、触ってないですよ。い、いつもの軽いノリで……」
赤面する代表の背後から現れたのは、代表のセコムもとい、龍丘さんである。その名に相応しい龍を宿した番犬である。
さっきまでちびちびと一人酒を楽しんでいた悲しい男の面影は一切ない。
見下ろす据わった目つきは、既に何人か人を殺した目をしているように見える。
折角酔えた気分も、一瞬で冷めてしまうというもの。
「……まあ、八尋ならいいか。俺とこいつの分のデザートはやるから、黙ってろよ」
こくこくと頷くのが精一杯で、一体何がいいのか尋ねる暇もないまま龍丘さんは代表を軽々と担いで大広間を後にする。このあと二人が何を、いやナニをするのかなんて想像がツカナイナー。
賄賂代わりに渡された高級抹茶プリンを琉歌と二人で味わいながら、過ぎ去った嵐を頭の中から追い出す。
だが、スプーンの進む俺とは違って琉歌の手は一口食べた状態で止まっていて。
こんなときの琉歌は大体、しょうもないことを考えている。
「……天音は、友達のこと恋愛相手として見る人は、嫌い?」
しょうもない、というより考えても詮ないことを考えていると言った方が正しいか。
何かと影響されがちで人の顔色ばかり窺ってしまう気にしいな性格であるがゆえに窺ってきたのだろうが、それを聞く理由は不明。
何だ突然、とスプーンを咥えたまま勝手にしょげている琉歌に声を掛ける。
「知―らね。そいつが二股してたり、複数人での関係値があって関係が拗れそうならまた話は変わってくるが、少なくとも俺は気にしない。というか、俺は全方位に恋愛感情向けてるしな。いつ何時俺の身に出会いがあるか分からねぇもんで」
「何それ。結構真面目に聞いたつもりだったんだけど」
ケタケタと笑って答える俺に、呆れたように顔を上げた琉歌が苦笑する。
打ち上げの席で、気分が沈む話はこれ以上するもんじゃない。
そもそもの話、まず俺には恋愛感情を向けてくれるような女友達というやつがいない。だからそんなこと聞かれても分かるわけがない。以上。
昔は、まあ、それなりに? 結構? モテていたんだが、子供の頃のモテ期なんざカウントに入らないし、嬉しくもなんともない。性交渉に発展してこそ俺は初めて恋愛してると言えるのだ。
要するに、俺の恋愛観で最も重要視されるのは性愛である。エロ漫画の読み過ぎで正しい恋愛観が無くなっていると言われれば否定できないが、正しいか正しくないかは俺と相手が決めることだ。勝手に口出しされても困ってしまう。
脳内で勝手な纏め上げが繰り広げられたということは、俺も少し酔っぱらってきたのだろう。やっぱり日本酒は酔いが回るのが早い。
「俺だって真面目に答えたつもりだけどぉ? ってかなんだよ。そんなこと聞くってことはさてはお前、誰かに告られたか? それとも、好きな人でも出来たのか?」
「それはちょっと無神経だよ、天音」
「冗談だよ冗談」
「もう、知らないんだから」
「あ、おいそれ俺の──」
適度に酔いが回ってきて気分が良くなった俺の親父臭い絡みに嫌気が差した琉歌は、俺の卓に置かれたグラスに手を伸ばした。
グラスの中身は、全体の四分の一しか残らない日本酒。
咄嗟のことで動けなかった俺に背を向け、琉歌はグラスを傾ける。
「ゆっくり飲むもんだぞ」
ごくごくと琉歌が飲み下していく音が聞こえてくるのがすこし艶っぽく思えても、決して口には出さない。親しき中にも礼儀あり、とはよく言ったものだ。
「に、苦いぃ……」
「なんかエロいな」
いかん。出てしまった。思わず出してしまった。
「こんな苦いのをなんで、みんな美味しそうに飲めるのぉ……?」
「お酒は楽しく飲むもんだ。琉歌でも飲みやすいお酒が飲める店知ってるから、二十歳になってから行こうぜ」
幸いにも琉歌の耳には届いていなかったようで、俺はそれっぽいことを口にして乗り切ろうとしたのだが、どうにも琉歌の様子がおかしい。
「る、琉歌?」
「……ふぇ?」
琉歌の華奢な肩を軽く引くように振り向かせると、普段からポヤポヤした空気を纏う琉歌が一段とふやけた空気を放ってへにゃりと笑う。
「あまにぇ?」
「おいマジかよ。一杯でこれか」
にへらと崩れた笑みは、まるで小学生の頃に時間が巻き戻ったかのような錯覚を抱かせる。あの頃は、俺を見つけると遠くから駆け寄ってくるから子犬みたいだなって思っていたのだが、今はそれ以上にふにゃふにゃになっている。
「こりゃ、しばらく酒は飲ませらんねぇな」
「んふふふふ。天音だ。あまにぇがいる」
「はいはい、ここに居るよ。こりゃ、何かやらかす前に部屋に戻った方がいいな」
今の琉歌は、数秒後にどんな形になっているか分からない雲みたいな存在だ。
要は、目を離した隙に何をしでかすか分からないということ。
記憶を飛ばすほど深酔いしていないとは言え、記憶に残るからこそ明日酔いが覚めた後で「何で止めなかったの」と言われるのが目に見えているから退散の選択肢を選ぶ。
「先に失礼しますね、先輩方」
「おー。片付けはまかせといて~」
「だからコスプレとは見るだけでも楽しいけど着ても楽しいという最高の趣味であって──お疲れ様──僕たちは無限の可能性を秘めているということそれはやはり宇宙であって地球でもあるブラックホールとホワイトホールでラブリーチャーミーな趣味であって──」
「頑張ってね~」
「明日は寝坊してもいいからな」
最早本格的に何を言っているか分からない田貫さんや、意味深な言葉で送り出す先輩たちの態度に俺は首を傾げるばかり。
彼らの眼差しは、つい先程代表と龍丘さんを見送った俺の眼差しにそっくりだった。
「抱っこして運んでぇ」
「お前、マジで朝起きてから後悔しても知らんからな」




