修羅場には人の本性が現れる
◇
翌日。
枕が変わってもぐっすり眠れる俺にとっては寝心地抜群、ばっちり快眠を経て昨日の疲れも綺麗さっぱり解消されて目が覚めた。
しかし、俺たちは朝食にも早い時間に起こしに来た龍丘さんによって作業部屋へと連行され、同人作業の追い込みが早朝から始まった。
そしてそれはとにかく、混沌を極めていた。
「だあぁ、無理! もう無理! こんなの間に合わないよ~!」
「泣いてる暇あったら手ぇ動かせ! やってりゃいつか終わる!」
終わりの見えない作業に代表が泣き喚いたり。
「線ジャギジャギ過ぎじゃない?! こんなの納得できないんだけど!」
「全部終わらせてからこだわれ! 今はとにかく終わらせることだけ考えろ!」
代表のプロ意識が作業の手を止めたり。
「天音ェ! お前これで勃起できるかァ?!」
「します! めちゃめちゃしまァす!」
「ハァ~ッ、ハッハッハッ! 雅、この私の心のチンポを舐めるんじゃないよ!」
「ふ、不適切、不適切ですよ!!」
同人現場の乱れた言葉遣いに琉歌が困惑したり。
「あー! 待って待って待って! 今ここでフリーズしないでぇええ! 三時間分の作業がぶっ飛んじゃうぅぅぅぅ!」
「五分ごとにバックアップ取ってるから、さっさとぶっ飛んでくれて、どうぞ」
代表の悲鳴に龍丘さんの日頃の苦労を思い知ったり。
「誰? こんなにページ増やしたの。プロット組んだヤツ呼んできてよ。私がぶん殴ってやる」
「お前だ」
「ハハッ! ………………私、かぁ~」
目元に皺を寄せて問う代表に、死んだ目で答える龍丘さんだったり。
「…………これ、本当に面白いかなぁ」
「おい! やめろ、バカ! 正気になるな! 狂ったままでいろ!」
「叩けば治りますか、龍丘さん!」
「よし、やれぇッ!!!」
「ぁ痛゛ァ!!!!!」
代表がボソリと呟いた言葉に全員が冷や汗をかいたりと、作業部屋は常に荒れに荒れていた。
そんな中で俺は、俺たちは、慣れない作業ながらも気が狂うような作業量をただひたすらに熟し続け、俺たちは総力戦でもってリョナ吉しこ太郎先生の原稿を完成させることに注力した。
その、結果──
「──脱稿……っだぁ~~~~!」
溜めに溜められて放たれた一声が作業部屋に響くと、作業に従事していた俺を含む漫画班の面々は揃いも揃って大きく息を吐いた。
俺の手伝ったことは、代表が描いた性器に修正という名の黒海苔を貼っていくという、素人の俺でも出来る作業であったことは推して知るべし。
何度も「修正が甘い」という龍丘さんからのリテイクを受けているうちに、俺は遂に海苔職人としての自覚すら芽生えてきて、脇目を振ることすら無く無心で海苔を貼り続けた。
本当に凄いのは、そんな素人に任せられるくらい作業の細分化を決めた龍丘さんと、夏合宿までに可能な限り原稿を進めてきた、しこ太郎先生の方だ。
俺が手を貸したのは本当に少しのことだけ。それこそ、漫画班の金井滝嶋カップルの方が仕事量が多かったはずだ。流石は現職、もとい経験者である。
「つっ、かれたぁ……」
「お疲れ様」
誰もが疲弊しきった身体を思い思いに伸ばしている中、ふと思い至って壁にかかった時計に目を向けてみれば、現在の時刻は六時半を差していた。
……おかしいな。龍丘さんに起こされて朝食をこの大広間で食べたのが、朝の六時だったはず。そこからかなりの時間、代表の同人誌制作の作業を手伝っていたというのに、まだそれから三十分しか経っていないではないか。
体感と実際に過ぎ去った時間が釣り合わない。これがいわゆる、アスリートが競技中に極限まで集中を果たした末に到達し得るゾーンというやつか。
まさか俺もその域に達するくらい作業に集中していたのか──
「──いやいや、半日過ぎてるじゃねえか!」
「え、気付いてなかったの?」
俺の一人ノリ突っ込みに反応を示したのは、隣に座る琉歌。
琉歌からは呆れたような眼差しを向けられるが、今日一日酷使した目が訴える眼精疲労によって上手く頭が働かない。
「確かにみんな揃って集中してたけど、特に天音と亜里沙先輩は凄かったんだから。何を聞いても空返事で、お昼だって僕が手ずから食べさせてあげたんだからね。感謝してよ、もう」
「お、おう。さんきゅな……」
こんなことがあったんだよ、と呆れが混じった笑みを浮かべて解説してくれる琉歌であるが、俺の頭はそんなことがあったことなど一切覚えていない。
だがしかし、宇宙食をヒントに制作された五大栄養素を含むバランス栄養食と名高い棒状のお菓子と、十秒でチャージされるゼリー飲料。それぞれのゴミが琉歌の手に掲げられていることこそが、こいつの話が事実であったことを物語っている。
「よし! 入稿完了だ。残るは校正と校了の確認作業とだけだが、それは俺と亜里沙だけで事足りるな。みんな、お疲れ様!」
諸々の確認作業を行っていた龍丘さんから確認を終えた旨が伝えられ、俺たちに遅れること数分。龍丘さんの口から終わりの合図が出されたことで、俺たちは本格的に脱力に至るのだった。
「しゃああ! 終わった~!」
「マジ、疲れたんだけど! 今夜は遊んでいいってことだよね? ね?」
「お疲れ様だよー、みんなー」
「ぼ、僕らは、な、何も出来なかったけど……」
「ハッハァ! そんなことはないさ田貫君! 君たちのサポートが無ければ、私たちは途中で倒れていたかもしれないのだから! 君たちも漫研の一員だ。胸を張り給え! そして、私の脱稿ツイートを拡散したまえ!」
ヘアバンドで前髪を上げておでこに冷えピタが張り付いていて、目の下には、化粧では隠し切れない深い隈。
夏合宿が始まる前から、徹夜作業を繰り返して来たのだろう。
ぐいっ、と腰に手を当てて最後の一本になった栄養ドリンクを飲み干す代表の姿というのは、普段の美貌が半減……ないし六割減と言ったところだ。それでも目も当てられない姿というわけでもないのは、代表の顔がそれだけ整っているということだ。
金井さんと滝嶋さんカップルも、流石は同人誌を作った経験のある人達と言うべきか、修羅場には慣れているかのようで疲れた顔をしながらもいつも通りだ。
今の俺なんてゾンビや幽鬼もいいところだ。琉歌が普段通りに接してくれているのが奇跡のようである。俺は自分の顔が怖くて鏡も見られないよ。
「どうだい天音君。私の新作の同人誌、最初の読者になってみないかい?」
「えっ」
糖が不足を訴える頭を抱えた俺に、突如として降りかかって来た代表の言葉に俺は思わず耳を疑う。
けれども、代表の目を見ればそれが聞き間違いではないことが分かって俺は反射的に頷いてしまいそうになる。
「いいんですか──。……いや、やっぱいいです。遠慮、しておきます」
「おや、本当に良いのかい。せっかくのチャンスなのに」
「そうだよ天音。亜里沙先輩の本が一番好きなんだって言ってたじゃん」
「へえ~?」
琉歌の言う通り、俺の一番好きな同人作家は代表、もとい『リョナ吉しこ太郎』先生であることに違いはない。だからこの機会はファンからすれば垂涎ものと言えるのだが、だからこそ俺はしこ太郎先生の申し出を辞退する。
「俺は、あなたのファンです。大勢存在するファンの中の、一人です。だからこそ、俺は他のファンの人たちと同じ目線でしこ太郎先生の作品を楽しみたいんです。後輩と言う立場で先生の作品に携われただけでも出過ぎた真似ですが、俺が読む分はきちんと本になった後で買います。それも含めて、同人誌の楽しみってやつですから」
無いとは思うが、俺の反応一つで作品の展開が変わってしまうかもしれない。リョナ吉しこ太郎先生の作品にノイズを走らせてしまうかもしれない。
もちろん、しこ太郎先生に限ってそんなことはないとは思うが、万が一ということもある。そうなることだけは絶対に避けねばならなかった。
代表がリョナ吉しこ太郎先生だと知った日から、俺は一人のオタクとして出過ぎた真似はしないと心に決めている。そして原稿の状態で同人誌を読むなんてのは、オタクとして出過ぎた真似と言えるだろう。
それに何よりも、俺が読みたいのはしこ太郎先生が納得して世に出す作品だ。俺と言うノイズが乗った時点でそれはしこ太郎先生の作品ではなくなってしまう。それはオタクとして最も忌むべき未来と言えよう。
だからこの選択はきっと、間違っていないはず。
「──ハハハッ! 天音君ってば本当に可愛いねえ。雅もそう思うだろ? 他のファンなら我先にと奪い取って来そうなものを、他人を思って行動できるなんて、大した男だよ」
「本当にな。俺も同じ考えなんだが確認作業で真っ先に読まされるからな。天音のその姿勢が羨ましいぜ」
何故かべた褒めである。俺、また何かやっちゃいました?
とは言え、これはあくまでも俺個人のオタクスタイル。それを琉歌や他の人にも強要するわけではない。勝手に真似られるのはご自由にどうぞではあるが。
だからきっと、代表が言うように俺ではない誰かが同じ立場になった時に迷わず作品に目を通したとて、俺は文句を言わない。それがそいつのオタクスタイルだったというだけだから。
「はいはいはいはい! じゃあ亜里沙先輩、俺たちの同人誌読んで感想聞かせて下さい!」
「お、いいじゃん! はい、みんなも読んで感想聞かせてねー」
作業に酷使した体を解そうと漫画班が畳の上で寝転がったり、大の字になって手足を広げていると、金井滝嶋カップルが立ち上がって代表に一冊の同人誌を手渡す。
それに続いて、同じ表紙の同人誌を全員に行き渡らせる。
「ブレクロの同人誌か」
「コピー本かい? 良く出来てるね」
金井滝嶋カップルが持ち込んだのは、ブレクロの同人誌。そう、亜里沙先輩が目の敵にしているあの『神宮寺マリ』先生の二次創作作品であった。
しかし、俺の予想には反して代表は嬉しそうに二人の差し出した同人誌をパラパラとめくって中身に目を通し始める。
「えっ」
「その反応は何だい天音君? もしかして私が、ブレクロだからとなんでもかんでも否定するとでも思っていたのかな」
「いや、まあ……はい。あそこまで敵視していたのでてっきり」
「心外だなあ全く。私は神宮寺マリと言う個が嫌いなだけで、彼女の作る作品は嫌いじゃないよ。作品に罪は無いとも。良いものは良いと言うし、悪いものは悪いと言う。それが私のポリシーだからね。しかも、これは私の後輩が作った本だ。嬉しいに決まってるだろう」
「亜里沙ちゃん先輩……!」
代表の言葉に喜ぶ金井滝嶋カップルを横目に、代表が同人誌を読み始めたのを皮切りに全員でブレクロの同人誌を読み始める。
「かっこいい表紙だね! 金井さんが描いたんだって」
「上手いよなあ。というか、琉歌はブレクロ知ってんのか?」
「ううん、知らない。知らないと、読んじゃダメだったりするの……?」
「いいや、そんなことはないぞ。知っていれば尚面白く感じられるってだけだ。作品の幅を広げるのは作者、つまり一次創作者だけに許された権利だが、作品の奥行きを勝手に深めることが許されてるのが二次創作、つまり同人誌なわけだ」
厳密に言えば見逃してもらっている、というのが正しいけど。
パラパラとページを捲っていく音が聞こえてくる静けさ。金井さんと滝嶋さんが緊張しているのが空気に乗って伝わってくる横で、邪魔にならないよう解説を挟みながら琉歌と二人で同人誌に目を通していく。
──ブレクロ。『ブレイブ・クロニクル』。
通称、ブレクロ。作品の舞台は現代日本。しかし、その世界では異なる世界からの侵略者が現れ、日本中は疎か世界中で手を合わせて自分たちの世界を守る、というのが本筋の、王道戦記である。
ある日突如として現れた侵略者たち。侵略者によって人間の生活圏が脅かされていく中、ある時を境に世界各地で特殊能力の発現が確認され始める。侵略者と人間の戦争が世界各地で勃発する中、その発現した特殊能力だけが侵略者に抵抗できる唯一の力であると判明する。しかし、日本全国で確認された能力者の数は、僅か一万人。空を覆い尽くすような侵略者を相手に、たった一万人である。それも、戦争など未経験の凡人ばかりの中、その頼みの綱の能力者たちも膨大な数を誇る侵略者によって次から次へと排除されていく。そして侵略者の魔の手は瞬く間に日常の中にも入り込み、遂に主人公の両親にまでその手が届いてしまう。両親の最期のメッセージである「妹を守って」という願いに応えるかのように主人公は特殊能力に目覚め、増えていく仲間たちと手を取り合い、侵略者から平和を取り戻す──というSFチックなファンタジー作品である。
この作品が大いに評価される点は、恋愛、バトル、コメディ、シリアスといった様々な要素を取り込んでいるのにそれでいて散らかることなく全てが伏線や劇的な展開として作用する物語の幅広さだ。最新話なんて、地球側に寝返った侵略者と、侵略者側に寝返った地球人を見つけ出し庇い合う人狼ゲームが始まったり、ちょっと前までは学園生活で文化祭ライブを成功させたりしているというカオスっぷり。それでも人気を博しているのは、批評を黙らせる圧倒的な漫画力。話の構成も、絵も、どれ一つをとっても超一流のブレクロはここ数年でコミケの島を拡張し続けている。
なんていう説明をざっと噛み砕いて琉歌に説明しながら同人誌を読み進める。
ちなみに金井さんと滝嶋さんが選んだのは、いわゆる生存イフというやつだ。それも、結構序盤に死んだキャラを描いた恋愛ものだ。このキャラ選は間違いなく金井さんだろう。なんてったって、彼の大好きな女教官だし。
ブレクロは侵略者との戦いが描かれるため、惜しくも途中で離脱してしまうキャラが存在する。主人公の到着が遅れたり、力不足が祟ったりと言った風に、必ず主人公に試練を与えて離脱していくのだ。そんな状況を目の当たりにして誰もが一度は考えること。『……もし間に合っていたなら』。という仮定のもと組み立てられ同人作品は少なくない。この同人誌もそれに類するものだった。
ちなみに、俺の持っているブレクロの同人誌は逃亡イフの話が多い。俺もこのキャラが生きていたら、と作品自体を読んでいて思うことが多々あるから。それだけ魅力的なキャラも多い。その中でも俺のお気に入りは、あるヒロインと共に逃げ出した主人公が逃亡先の二人きりの世界で堕落し、退廃していく様が描かれた作品であり、決まってそのようなもしもの世界線はバッドエンドと決まっている。真のハッピーエンドは、作者である神宮寺マリ先生にしか描けないのだから。
「ふむ……。読ませてもらったよ」
俺たちが後少しで読み終わると言った頃、静かに本をたたむ音と共に代表が顔を上げる。
俺と琉歌も、急いで後を追った。
「どうでした?」
「うん、良く出来てるよ。線の荒さもないし、影の付け方も工夫されてる。去年よりもずっと良くなっている」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「ただし」
「っ!」
「……話は面白かったんだけど。こう言っては何だが、そこに、君たちの愛が感じられなかった」
俺と琉歌が読み終わると同時、代表は言いづらそうにしながらもはっきりと告げる声が耳に飛び込んできた。
「これ、途中で話の流れ変えたでしょ」
「うっ……」
「原作の台詞をオマージュしてるところは確かに愛を感じるよ。でも、主人公のこの、『俺はもう逃げない。目を背けない。あいつらと死ぬまで戦い続けることを心に決めたから』っていうのは、原作で女教官が死ぬ間際に言った台詞を少し変えてるよね。これでも良いと思うけれど、君達にしか出来ない表現というものもあったんじゃないかな」
「そっちの方が、盛り上がるかなと思って……」
「確かに、原作を読んでる人なら分かるだろう。けどね、そこに読者への擦り寄り……悪く言えば、媚びが透けて見えるんだよ」
「うううっ……!」
俺が言われているわけでもないのに寒気がするのは、なぜだろう。
さすがに言い過ぎではと思わずにはいられないが、同人誌の作者である金井さんと滝嶋さんの両名は返す言葉もございません、とばかりにしかめっ面を披露する。
「ほら~、やっぱり最初のままで良かったんじゃん」
「いや、でも、これはこれでイイと思っちまったんだって!」
「分かるよ、分かるとも金井君。自分が今作ってる作品が本当に良い物なのか分からなくなることはよくあるものさ。でも、だからこそ同人誌は自分の信じたものを貫くことが大事なんだ。同人誌は、自分の好きを最大限に表現できるものなのだからね!」
「は、はいっ!」
過度な疲労でハイになっているのか、代表は二人の返事もろくに聞かず、長々と説法を繰り出し始める。
「──LOVE同人! 私は同人誌を愛してる! エロ同人、最高! そうじゃないやつも、歓迎! もっと皆の好きを見せてくれ! ……と、言ったように、同人誌は所詮、己の好きなものを開示する媒体に過ぎない。なのに人々は年に二回、いやそれ以上に同人誌を買い求めるのは、何故か。それは、同人誌には自分の持ち得ない他者の好きが詰まっているからさ。自分の好き、誰かの好き……それすなわち、性癖だ。同人誌を買い求める人は皆、性癖の開墾を行っていると言っても過言ではないね!」
過言では、と反射的に口にしようとしたところで、代表の物言いがあながち間違いというわけではないことに気が付いて口を噤む。
オカズ探し、もといネットサーフィンをしている際も、毎度のことのように俺の知らない世界が無限にあることを教えられる。その度に、俺は節操なく畑を耕しているのだろう。
代表は力説している内に増々熱を上げていき、遂にはおでこに張られた冷えピタを邪魔だとばかりに勢いよく剥がして話を続けていく。
「つまりだ。自分の性癖を全て開示する勢いで書かなければ誰かの心に響く同人誌は作れない。誰かが好きそう、ではなく、自分の好きを突き詰めるのが同人誌活動とも言える! 媚びや恥じらいなど、雑音でしかないのさ! 性的嗜好を恥ずべきものだと思っているなら、同人誌を作る上でその感情は不要だ。今すぐ捨てるべき。そうだとは思わないかい? 己を解放し、作品にその全てを注ぎ込んでこそ、同人誌はついに完成する! そうして出来上がったものが例え、書き殴ったみたいに下手くそで、納得のいかない物だったとしても、それは必ず誰かを惹き付ける! 君の性癖は必ず誰かに刺さる! だから自分の作りたい物を! 書きたい物を! 描きたい物を、生み出せばいいのさ! 何せ、エロ漫画の中にはロマンが詰まっているのだからね! 性癖とは、つまり自分自身! 己を開示せんことには、ロマンは掴めない! そう、つまり、だ。エロ漫画の世界には、誰もが追い求めるロマン……、ワンピースがある! さあ、共に行こうではないか。エロの、新・世界へ!」
「──いい加減、落ち着け」
気が付けば同人誌からエロ漫画の話に移っていく辺り、代表の並々ならぬエロ漫画への熱を感じる。
新たな宗教でも創立したのかと思えるくらいの力説っぷりに、そろそろ誰かに怒られそうだなあ、と思って見ていたら案の定、龍丘さんのデコピンがお見舞いされる。
「あべしっ!」
「言ってることは正しいが、内容が過激すぎだ。一旦風呂入れてリセットさせてくる。お前たちも適度に休憩取れよ──って、終わってから言うのもなんだな。夕食は三十分後だから、それまでにある程度片付けておけよ。俺も後で戻るから」
珍しく一発でノックアウトされた代表は、とうに限界を超えていたのだろう。龍丘さんに担ぎ上げられ、部屋に戻されていく。去り際、龍丘さんは難しい顔をしていた金井さんと滝嶋さんの二人に「俺は面白かったぞ」とだけ言って背を向けた。
なるほど、モテる男はああやって演出するのか、と納得していると、いつまでも同人誌を読みふけっている琉歌が頭を捻っているのが目に入る。
「千崎、どうかしたか?」
「琉歌ちゃん、何か気になる?」
「えっ? あ、いや、ええと……」
同じくその姿が目に入った金井さんが気になる様子で問いかけると、琉歌は困ったような、恥じ入るような様子で手にした同人誌の裏に隠れてしまう。
お陰で部屋に残された面々の視線が琉歌に集まってしまうのだが、琉歌は殻に閉じこもったまま内容を口にはしない。
「気になることあるなら言ってほしいなー。今から直すのは無理だけど、次からの参考にしたいし!」
「そうそう。読者の視点で気になった点ならなんでもいいから、教えてくれよ。な?」
作者二人に迫られた結果、琉歌は観念した様子で天岩戸の代わりだった同人誌から羞恥に悶えるような顔で俺の方を向く。
どうして、そこで俺を見るのか。
お前が何を言いたいのかなんて知らないぞ。そもそも意見を求められているだけだ。委縮する必要なんてないだろ。
その旨をアイコンタクトで伝えると、琉歌はどこか観念した様子で息を吐いてようやく意見を口にした。
「……え、ええと。その……え、えっちなシーンが無いんですけど……」
印刷ミス? と可愛らしく首を傾げるが、琉歌が口にした内容は可愛くない。
というか、どうしてその発言の直後に全員の目が俺を向くのか。
俺と同じ疑問を抱いた琉歌が困ったように先輩たちと俺との間で視線を彷徨わせる。
「え、え? だ、だって、天音が貸してくれる同人誌、ってやつは全部、えっちなヤツだったから……」
琉歌。今お前は火に油を──いや、氷に塩を撒いたぞ。お陰で部屋の空気は、というか俺に刺さる視線は冷えっ冷えだ。
「八尋、お前……」
「八尋ちゃん……」
「八尋君さぁ……」
「や、八尋氏……」
先輩たちの反応を見て「何か変なこと言っちゃった?!」と混乱する琉歌の肩に手を置く。
俺が次に放つ言葉で、目の前のこいつは間違いなく赤面して俺を非難することだろう。
確かに俺は琉歌のことを騙すべくして騙していたが、騙す意図は無かった。それだけは認めて欲しい。同人誌という名前が説明するのに最も適していたのだから。それに、琉歌は商業用よりも同人誌のように際限ないエロ漫画の方が好みだったみたいだし。
色々と御託を並べてみたものの、今この瞬間まで勘違いを果たしている琉歌に対して、俺は心を込めて選んだ言葉を吐き出すのだった。
「……いいか、琉歌。同人誌ってな、エロいやつだけじゃ、ないんだ」
「へ……? ふぇッ──?!!?」
思った通り、琉歌のやつは俺の言葉を飲み込んだあと、すぐに自分の発言を振り返って顔を真っ赤にする。なにぶん、琉歌の白い肌だから、変化が目に見えて分かる。
だからそう、次に琉歌がなんて言うかも、まるっとお見通しである。
「──あ、あ、あ、天音の、馬鹿ぁッ!」
もっと早く教えてよ、と俺の肩をぐわんぐわんと揺らす琉歌に、俺は心のこもっていない謝罪を口にする。余計に揺らす速度が上がる。
うわああ、と俺の記憶を消そうと躍起になる琉歌だが、例え俺の記憶を消せたとしても消すべき記憶は後四つ残ってるからな。
そして案の定、琉歌のスケベ丸出し発言は先輩たちからことごとく弄られることになるのであった。




