漫研サークルと愉快な仲間達
◇
翌日、天音は本当に僕を置いてバイトに行ってしまった。
目の前でルンルンと鞄の紐を肩に通しながら「先輩とシフト一緒なんだ~」ってウキウキで言われると、会ったこともない先輩さんに嫉妬の情を覚えずにはいられない。
嫉妬は見苦しいと分かっていても、抑えきれない情動に僕は天音の知らないところでムカムカしなければならなかった。その嫉妬心だけで天音に向かって、バイトには行かないでくれなんて言ったら果たして重たい女だと思われる。親友というポジションに胡坐をかいているつもりはないが、この居心地の良い関係が崩れるのを恐れてしまっている。天音にがっかりされるのだけは、どうしても避けたかった。
なによりも悔しいのが、先輩に会えるというだけで天音の顔に浮かぶ心の底からの笑顔だ。天音が僕以外のことでそんな笑顔を浮かべているという事実が何よりも悔しいし、僕のこの気持ちに気付いてくれない天音の能天気さにも腹が立つ。
「先輩、先輩って。……天音のバカ」
先輩がどれだけ可愛いかなんて知らないし、知りたくもない。
その先輩がどれだけ良い人だろうと、天音には僕だけ見ていて欲しいのに。
その狂おしいほどの願望は、きっと今のままでは叶わない。
「……天音は自分の魅力に気付いてなさすぎるんだよ」
彼の無防備さには、僕の方がハラハラさせられる。
天音は誰が何と言おうと、問答無用でカッコいい。ちょっとスケベなのが玉に瑕なだけで、彼の優しくて真っ直ぐなところは同じ女性なら惹かれない訳がないんだから。
それに、少しエッチなところも自分に素直な点だと思えば悪くないし、何より好きなモノを語っているときの目の輝きは、子供の時から変わっていない。あんな目で見つめられたら、好きになってしまう。
「それにしても、昨日の天音、カッコ良かったなあ」
ムフフ、と思い出す僕の頭によぎるのは、亜里沙先輩に向かって啖呵を切る昨日の天音の姿。
「あれは好きになってもおかしくなかったと思うけど……」
同性の僕が見ても見蕩れるような微笑みを、天音に向けた亜里沙先輩。
もしも僕が天音にあんな熱量で励まされたら、その場で彼を押し倒したとしてもおかしくない。それくらい、好きが止まらなくなってしまうだろう。
それをあの程度で自分を押さえ込んだ亜里沙先輩は、やはり年の功と言うべきか。むしろあれもまた恋愛上の駆け引きなのかと思うと、僕は密かに亜里沙先輩を警戒しながらサークル室へと入室していく。
もちろん、昨日みたいに怖い思いをする必要もなく、裏口からサークル棟に入った。
「こんにちは~」
「お、来た来た。昨日ぶりだね、千崎君!」
「き、昨日ぶり、です」
お誕生日席に座って昨日と変わらない様子で迎え入れてくれた亜里沙先輩に挨拶をすると同時に、僕に注がれる視線の数々に肩身を狭く感じる。
サークル室にいたのは、亜里沙先輩を含めて五人。龍丘先輩はどうやらいないみたいで、昨日のメンツは僕と先輩のみ。初めましてが四人だ。
人口密度のせいか、天音のいない漫研は昨日と違って圧迫されるような手狭な印象を感じさせるが、唯一の顔見知りである気ままな亜里沙先輩がいてくれるお陰で息苦しさまでは感じられない。
「紹介するよ。天音君の紹介で新しく漫研に入った千崎君だよ! あ、自己紹介はそれぞれでよろしく頼むよ」
「は、初めまして」
「…………」
亜里沙先輩の声に続いてぺこりと頭を下げたが、返ってくるのは漫研にいる人たちの息遣いのみ。いや、むしろ息を止めているんじゃないかと思えるくらい静寂に包まれていた。
何か軽い紹介として付け加えた方が良かったかと思うけど、これまで自己紹介の機会では僕が話し出すよりも先に質問が飛んできていたから苦労しなかった。
だから、ここまで静寂に包まれる自己紹介というのは、初めて経験するものだった。
いつもなら適当に微笑んでいれば相手が勝手に納得してくれたりしたんだけど。
「……え、え。漫研に、び、美女がやって、来た。ま、漫研がもっと可愛くなってしまう」
「それって、あたしたちまで可愛くなってしまうって、コト?! でもこの子、美女っていうか……美ロリ?」
「え~、顔ちっちゃ~い! 可ぁ愛い~!」
「甘楽先輩。あの子、本当に男子なんすか?」
「天音君からはそう聞いてるよ」
「マジかよ……リアル男の娘、ってか。……うん、アリ、だな」
僕の心配を他所に、漫研の人たちは一呼吸置いてから口々に話し出した。
サークルメンバーの男女比が一対一なのは天音と恋愛する気満々の僕としては安心だし、男女二人ずつで並んで座っているのを見る限りだと、既にカップルが成立しているようにも見える。クラッシャーになる心配は無さそうで一安心だ。
天音から植え付けられたそっち方面の知識で思考を深める中、サークルの中でも一際目立つキャピキャピした女性が立ち上がると、僕の元に駆け足で近寄ってくる。
「うわあ~! 近くで見ると余計可愛いんだけど! 私、経済学部二年の滝嶋愛生! そんで、向こうで千崎ちゃんをイヤらしい目で見てるのが私の彼氏の金井修司! 後でぶん殴っておくから、許して? 修司は罵倒されると喜ぶ変態だから、よろしくね」
「おい! 変な紹介すんなよ!」
「彼女の前で他の誰かに色目向けた罰だけど」
「お、男だからセーフだろ!」
「おっと? コンプライアンスが更新されていませんこと。男でも女でも、彼女を最優先するのがあんたの役目でしょうが!」
「まっことその通りでございます!!」
華麗に土下座を披露する男性と、その彼女さん。
目の前で繰り広げられた夫婦漫才らしきものに圧倒されつつも、僕は一言。
「……よ、よろしくお願いします」
とだけ捻り出せたのだった。
滝嶋さんは、いわゆるギャルだ。ぐいぐいと迫る距離感の近さで瞬く間に僕の手を取り、上下に激しく振る。金井さんは彼女である滝嶋さんの紹介に文句を付けながらも否定しないということはそういうことなのかと思うと、僕の頭に冷たい目をした天音が思い浮かぶ。
『……琉歌は淫乱だなぁ。ほら、俺にどんなことされる妄想をしてたのか、言ってみろよ。ここか? それともここを触られたいのか?』
冷たく揶揄いながら僕のことを後ろから抱き締める天音の声が耳元で──
「……千崎ちゃん?」
「ハッ?!」
い、いけない、いけない。完全に今トリップしてた。家でしかしない妄想をこんなところでもしてしまうなんて……。漫研サークル、恐ろしい場所だ……。
ごくり、と密かに滲んだ手汗を隠していると、滝嶋さんが進んでサークルメンバーの紹介をしてくれる。
「それから、あそこで遠巻きに見てる男の方が田貫ちゃんで、女の子の方が横山ちゃん!」
「ど、どうも」
「よろしくねー」
「よろしくお願いします」
滝嶋さんはどうやら男女関係なく名前にちゃん付けをするようで、僕は一瞬見透かされたか、と緊張で強張らせた体から力を抜いて控えめに挨拶をする。
天音が僕のことを女性だと気付く瞬間というのは、第三者からの報せではなく僕のカミングアウトか、もしくは天音の察知のどちらかがいい。
これは僕の小さなプライドのようなものだ。女心と呼んでも過言ではない。
僕の友達は当然僕が女だと知っているけど、天音には口止めさせてもらっていた。
「二人とも甘楽ちゃん先輩と同じ三年生だよ。年は違うけどね!」
「ハハハッ! 愛生ちゃん、聞こえてるからね?」
亜里沙先輩が昨日のはっちゃけ具合が嘘のように静かに見える。というよりも、大人に見えるのは気のせいだろうか。
紅茶を入れる姿だけでも画になるような亜里沙先輩に、昨日の姿とはまるで違う姿に疑念の目を向ける。すると、僕の視線に気付いた様子で「私の顔に何かついてるかな?」といって首を傾げる姿は、最初の印象が取り戻されたかのように美しく見えた。
「ところで、千崎君はどんな漫画が好きなの? やっぱ王道ファンタジー? それともラブコメとか?」
「い、意外と、ヤンキー漫画、とか?」
眼鏡をかけた人好きのする笑みを浮かべた横山さんと、猫背の田貫さんが声を掛けてくる。
漫研に入るのだから当然の質問と言えるだろう。
しかし生憎ながら、僕は漫画をほとんど読まない。だから知識的に欠けていて、天音に教わる日々だ。
唯一僕が自分の意思で持っていると言えるのは、中学生の頃からお小遣いを貯めて密かに買い集めているちょっと過激なティーンズラブの漫画くらいだ。
だけどもそれを堂々と宣言するのは話が別。このことは、天音はおろか家族にだって秘密にしているんだから。
「漫画は、ええと……。天音と一緒、です」
「えぇッ?!」
「八尋君……なんて鬼畜なの……」
「き、鬼畜。八尋氏は、き、鬼畜」
「八尋の奴、何考えてんだ」
だから漫研にも馴染みの深い天音の名前を出して乗り切ろうと思ったのだけど、それぞれの反応を見る限りかなり怪しいかもしれない。
……天音ってば、漫研で何してるの?
「みんなが驚くのも無理はないね。だって千崎君のような綺麗な顔の子が、まさかエロ漫画を読んでるなんて思いもしないだろうから」
「ギャップの面でいえば甘楽ちゃん先輩が一番だよ……?」
てっきり天音と似た感性を持つ人達が集まっているのかと思っていたら、常識みたいな反応が返ってきて困惑してしまう。
あ、あれれ? み、みんな読んでるんじゃないの……?
少なくとも天音からはそう言われて読んだのだけれど。
……薄々、感じてたけどさぁ。
「せ、千崎ちゃんは、コミケで何かやるの?」
「何か……? や、やっぱり、何かやんなきゃいけないんですか……?」
「あはは、そんな身構えなくていいよ! 私たちはみんな、来週末に迫ったコミケに用があるから聞いているだけだからさ。何も無いなら無いでいいのさ」
「えっ。もしかし、亜里沙先輩みたいに、皆さんも同人誌を出すんですか?」
未だに同人誌が何か分かっていない僕は、分からないまま口にする。
「タヌちゃんとあたしは、コスプレするよん」
「せ、千崎氏。よ、良かったら、見に来てくれると、嬉しいです」
「そんで、一緒に写真撮ろーね」
「コスプレ! 僕、気になってたんです!」
天音がそう言うのが好きだと聞いて、昨日の夜少し調べたのだ。
衣装を借りられるホテルとか、色々出てきて少なからず興味が湧いて来た。
それでも、純粋に先輩二人がどんなコスプレをするのかはすごい気になる。
コスプレに良い反応を示したせいか、そこで音もなく立ち上がった亜里沙先輩が高笑いで全員の注目を集める。
「ハーッハッハッハッ! 千崎君がそう言うと思ってね。君にはコスプレをして私のブースで天音君と一緒に売り子をしてもらうことに決めたよ。たった今ね」
「えー! 私たちのとこにも欲しかったのに!」
「そうだ、そうだー! 代表の悪事を、許すな―!」
いつの間にメガホンとプラカードを用意したのか、小さなデモ隊となって代表に食って掛かる金井さんと、ブーイングをぶつける滝嶋さん。
「おっと、いいのかい? そんなことを言って。普段からお世話になっている縁のある売り子さんをそちらのサークルに横流ししようと思っていたのに」
「お願いします、しこ太郎先生! いえ、大先生!」
「分かればよろしい」
目の前で突如として繰り広げられたお遊戯会のような茶番劇が終わり、鼻高々な亜里沙先輩を僕の声で現実に引き戻す。
「コスプレをして、売り子……? って、なんですか?」
「無知っ子……。う~ん、萌えだね!」
「萌え、は、もう死語……」
「説明しようじゃあないか! 私は人混みも接客も嫌いなんだ。だから同人誌の頒布は全て人に任せることにしているのさ」
「……亜里沙先輩のコミュ障のせいで、鎖国サークル、って言われてるの」
滝嶋さんの補足に僕の脳裏には昨日の亜里沙先輩の姿がよぎる。
身内以外からの評価を受け付けないその姿勢は、正に鎖国と評するのが相応しいか。
「だから千崎君にはコスプレをしてもらい、天音君と共に頒布作業を手伝ってもらうのさ」
「れ、レギュラーの売り子さんも含めて。さ、三人なら、ちょうどいいのでは?」
「そーかもねー。でも千崎君売り子素人でしょ。大丈夫なの?」
「そこはまあ、夏合宿で鍛えてもらうしかないかな」
「が、頑張ります!」
「ほら、千崎君もやる気みたいだし、衣装お願いしてもいいかな?」
サークルのみんなが何を話しているのかイマイチ理解できていないけれども、天音と一緒という言葉だけを理解してやる気を奮起させる。
天音と一緒なら、なんでもできる気がする。
「まー、既製品に軽く手入れるくらいならやってあげてもいいよ。あたしらの衣装はもう完成してるしね」
僕の話をしているはずなのに、いつの間にか話が僕を置いてけぼりにしてとんとん拍子に進んでいく。
……本当に大丈夫かな。天音がいたらどうしていたかを考えると、このまま流されるのは良くないような気がする。
特に、やけに張り切る亜里沙先輩の姿が余計に不安を煽るようで、なんだか後戻りできないところまで来てしまったような感覚に手汗が滲む。
「あ、あの」
思い切って自分の意見を口にしようと声を上げた刹那、田貫さんと横山さんに礼を告げた亜里沙先輩が僕の手を引いて立ち上がらせる。
「え、え?」
「そうと決まれば早速採寸をしようか! 夏合宿を挟むとは言え、コミケまで時間は無いんだ。動くなら早いうちに、だね」
「……この中だと亜里沙ちゃん先輩が一番危うくない?」
「今の段階でネームが終わってないはマジヤバくない?」
「そこ、正論パンチを繰り出さないの。私は今、インスピレーションが降りてくるのを待つ段階なんだよ。あんまり正しいこと言わないように。泣くぞ。ガチ泣きするぞ」
この場における最年長に大人としてのプライドというものは初めから無いようで、言って年下の僕たちをみっともなく脅す。
亜里沙先輩に手を引かれてサークル室から連れ出されて別室、亜里沙先輩の居室とも言うべき場所に連れ込まれた僕自身、自分の身に何が降りかかるのか分かっていない中で、僕の怖れていた事態は突然訪れた。
「私は今、絶賛現実逃避中なんだよ。だから千崎君の華奢な男体ボディをまさぐって少しでもインスピレーションを、だね──」
「きゃあっ……?!」
亜里沙先輩は冗談のつもりだったのかもしれない。
セクハラだと叫んでも良かったのかもしれない。
けれど、僕は余りに突然のことで、固まってしまった。
彼女の手が伸びた先は、僕の股座の辺り。
事態の飲み込めていなかった僕は、天音がある意味で信用を置いている亜里沙先輩に対してすっかり油断した状態であったせいか、彼女の伸ばした手は誰も予想しないくらい深い場所にまで届いてしまったのであった。
「…………」
咄嗟に身を引いたとは言え、僕の股座の深い場所には、今しがた触れた亜里沙先輩の指先の感覚が確かに残っている。
残っているということはつまり、亜里沙先輩の指先にも感触が伝わっているのは確かで。
あるはずのものがそこにはなかったことを意味する唖然とした亜里沙先輩の表情が、今僕の胸中で吹き荒れる不安が的中していることが肯定される。
「…………」
さっきまでの不安は、今この瞬間に襲い来る大本命の不安に上書きされ、大量の脂汗が額に滲む。
偽っているつもりではないが、結果的に偽の情報が伝わっていた性別がバレてしまった手前、僕は身を引いた状態で固まってしまう。
お互いに時が止まったように視線を交差させる僕と亜里沙先輩。
今はただ、亜里沙先輩の出方を窺う他に僕に出来ることはない。
辱めを受けたことよりも、その事実が天音に伝わってしまうのではないかという不安の方が大きい僕の沈黙から答えを得たのか、亜里沙先輩の目がカッと見開かれる。
「──女の子じゃないかッ?!!?!?!」
彼女は一体何を悟ったのか。それともただパニックに陥っただけなのか。
サークル室にいた女子二人がその声を聞き付けて駆け込んでくる。二人と一人の視線が痛いくらい突き刺さる。天音がよく言っていた『俺の大学生活は終わったんだ……』という言葉の意味が、ようやく分かった気がする。
僕は今、ようやく天音と同じ舞台に立つことが出来たと思えれば幸せだろうが、真っ白になった頭でそんな能天気なことを考えられるはずはなく。
むしろ、この場に天音が居てくれなくて良かったと違う方向に安堵するばかり。
かっか、と熱くなる頭はショート寸前で。
「……きゅう」
「せ、千崎君?!」
亜里沙先輩の気が狂ったような発言を訂正、もしくは誤魔化すような行動を取るべきだったところを、僕は人数の倍の視線の数に耐えられなくなって、その場で頭を抱えてうずくまる。
いくらでも否定し得る材料は揃っていたし、上手く遣り込める可能性も十二分に残っていたというのに、僕のその行動一つで疑念は確信へと移る。肌に触れる空気から伝わる心境の変化が痛いくらい伝わる中、サークル室に空前絶後の騒ぎが起こる。
「ま、マジ……?」
「TSが目の前で起こった……? き、奇跡! 奇跡じゃあ!」
「千崎ちゃんが、琉歌ちゃんだったってこと? もっと仲良くなれるってことじゃん!」
「ひ、一粒で二度美味しい、だと……!? 脳が、脳が破壊されるううううう!」
「な、何か降りてきそうだ! 千崎君。セクハラをした罰はいくらでも受けよう。なんだったら雅と天音君に事情を伏せたうえで『罰を与えてくれ』と頼み込んでもいい! だから、だからどうか……君の話をもうちょっと、もうちょっとだけ聞かせてもらってもいいかな?!」
床にへたり込んだはずの僕だったけど、いつの間にか僕は椅子に腰を下ろしていて。ついでとばかりに場所もサークル室に戻されていて。
注目を集めながら質問に答える僕は虚ろなままで、はっきりと意識を取り戻した頃には僕が天音のことを大好きだということがこの場にいるサークルメンバーに開示された後のことだった。
「──いいかい、みんな。このことは天音君には絶対秘密だよ。気付いた後ならいくらでも茶化していいけど、二人の気持ちを最優先で。うちのサークルは恋愛OKだしむしろ応援するサークルだけど、無粋な真似はNGだから。ってなわけで、千崎君と天音君を合宿先で同じ部屋にしたいと思うのだけど、意見のある人は……。……よし、いないみたいだね。君らが話が分かる子で私は嬉しいよ」
「や、八尋氏まさかの朴念仁。ら、ラノベ主人公かよ」
「それなー。可愛すぎる幼馴染とか羨まし過ぎる。マジで。でもぶっちゃけ千崎が男でも女でも関係なくイケたよ、俺は。間違いなくな」
そして気が付けば何故か囲い込み漁のごとく天音の外堀を埋めるように行動に移る漫研サークルの面々。
終わったかに思えた僕の大学生活は、まだまだ始まったばかりらしい。
だけど、今日は流石に疲れた。
両脇に近寄る妙にハイテンションな女子先輩二人の相手をする元気は、とうに消えてなくなっていた。
「やばーい。千崎ちゃんが女の子だって分かった途端、代表と同じって訳じゃないけどインスピレーションがびびっと来たよ。顔ちっちゃいし、手足のバランスもいいからどんな衣装も似合いそうであれもこれも着せてみたいんだけど!」
「絶対なんでも似合うよこれ! 琉歌ちゃん、今度一緒に買い物行こうね! 八尋君をイチコロにする悩殺下着選んだげるからさ~!」
「は、はいぃ……」
雨降って地固まる、というわけではないけど、僕の秘密がバレたとは言え悪い方向に向かなかったのは偏にサークルメンバーの人間性ゆえだろうか。
そのことに感謝しつつも、精神的にも肉体的にも疲弊しきった僕の体は早急な休息を求めると共に、天音の傍という精神的安穏を得られる環境を強く求めるあまりここには居ない彼の名をか細く口にするのだった。
「た、助けて天音ぇ……」




