戸惑い
それからまた2週間くらいが経ち、過ごしやすい日々が続く季節となった。
佐々木さんが授業で先生に当てられて困っていた時に僕が教えたという出来事があって以来、彼女はよく僕に話しかけてくれるようになった。
朝登校した時や授業と授業の間の時間など。
最初は少しびっくりしたが、だんだんと彼女と話すのが楽しくなっていった。
また、当てられそうな授業の時に彼女は僕に聞いてくるようになった。
この日はバスケ部の活動が終わり、僕は1人で残っていつものように自主練をしていた。
喉が渇き、水を飲む。
「大野君」
僕は名前を呼ばれた方向を見ると、佐々木さんが体育館の上の階から僕を見て手を振っていた。
僕は驚きながらも手を振り返す。
佐々木さんは楽器を持ったまま、階段を駆け下りて僕の目の前に立つ。
「…え、佐々木さん?何でここにいるの?」
僕はまだ状況を呑み込めていない。
体育館に2階があることは知っていたが、まさかそこに佐々木さんがいるとは思っていなかった。
「さっき、部活が終わってちょっと一人でホルンの練習をしていたんだ」
僕は佐々木さんの持っている楽器を見て言う。
「そうだったんだ。佐々木さん、吹奏楽部だったんだね」
「うん、誰も体育館の2階にいない時はよくそこで練習をしているんだ。みんな好きな場所で楽器の練習をしていて、私も好きな場所を見つけて。それが体育館の2階なんだ」
体育館の2階が好きな場所と言われても全くピンとこない。
廊下とか放課後の誰もいない教室とか場所は他にもあるはずだ。
「へえ、体育館の二階?僕一回も行ったことないかも」
「中々行かないよね。前までは階段の近くとか廊下で練習をしていたんだけれど、なんかあまり集中できなくて、一時期色々な場所で練習をしていたんだ。それでたまたま体育館の二階が誰もいなくて、練習をしていた時に一人で自主練を頑張っている大野君の姿が見えて」
僕は佐々木さんに自主練の様子を見られていたことに少し恥ずかしくなる。
「いつもバスケ部の活動が終わった後に夜遅くまで一人で残って練習をしていて本当にすごいなって思っていた。大野君が一人で自主練に打ち込む姿に元気をもらって吹奏楽部を続けられたんだ」
彼女の言葉を聞いた瞬間、僕はドキッとした。
今まで周りの人間から努力よりも結果が大切と言われてきた僕にとって、初めて自分の頑張りを認められた、そんな気がした。
「ホルンの難しさに苦戦して、友達に教えてもらっても上達しなくて。一時期部活を辞めようか考えていたことがあったの。でも、大野君を見ていると私も頑張らなきゃって思うんだよね。だから、ありがとう」
初めて聞く言葉の数々に僕は嬉しいような恥ずかしいような気がして、それをどうにか誤魔化そうと必死に会話を繋げる。
「え、知らなかった。いつから?」
「高校1年生の冬くらいからかな」
「そんなに前から?」
僕は目を見開く。
体育館はまだ蒸し暑いというのに、佐々木さんの言葉に僕はより一層汗が止まらなくなる。
佐々木さんは同じクラスになる前の高校一年生の時から僕を知っていたなんて。
誰かに自主練の様子を見られているなど、想像をしたことがなかった。
「うん。だから、今年同じクラスになって嬉しかった。どんな人なのか話してみたかったから」
僕は口元が緩んだのが自分でも分かった。
「でも僕、全然大したことないよ。中々、上手になれなくて部員に迷惑かけちゃうし」
そう言うと、佐々木さんは僕の目をじっと見る。
僕は少し気まずくなって目を逸らす。
そして、彼女は口を開く。
「上手とか上手じゃないとか文哉君は拘るかもしれないけれど、私は初めから上手な人よりも努力して上手になろうとしている人の方がすごいと思う。違う目標ができた時にも同じくらいの熱量でがむしゃらに突き進んでいける気がして」
佐々木さんの言葉は新鮮で心地の良いものばかりであった。
何より結果よりも過程や努力の方が大切だと言う、そんな人がいることが僕にとって衝撃的だった。
この日を境に僕の脳内では佐々木さんが言った言葉が何度も再生され、それが原動力となった。
また、授業中も休み時間も僕は無意識に佐々木さんを見ているのか、彼女が僕を見ているのか目が合っては僕が気まずくなって逸らすということを一日に何度も繰り返した。
授業中も家に帰ってからも、気が付けばいつも彼女のことばかりを考えている、そんな僕は僕らしくなくて違和感を覚えた。
僕は一体どうしてしまったのだろうか。
自分でもこんな感覚は初めてで不思議だった。




