少しの勇気
翌日の朝、白崎高校に一人で向かっていると前に同じバスケ部の淳太と恒平の姿が見えた。
二人は話しながら歩いているせいか、歩くスピードがゆっくりで僕は徐々に二人に追いつきそうになる。
少しずつ二人との距離の差が縮まると、話し声が聞こえてくる。
「それにしても、この前の試合は本当に悔しかった。文哉のせいで相手チームに圧勝されて」
淳太が目の前に転がっている石を蹴とばしながら言う。
「ほんとだよな。文哉一人で周りの足を引っ張りすぎなんだよ。でも、最後の大会は絶対に優勝したい」
恒平は呆れた様子でそう言う。
「文哉いるから無理じゃね?何で俺たちの高校はバスケ部員が5人しかいないんだよ。もう一人いれば文哉を大会に出さないこともできたのに、5人しかいないからそういうわけにもいかないし」
「そうだな」
淳太と恒平が悔し紛れに言っているのが聞こえた。
まさか、僕がいない場所で僕の悪口を言われているとは思わなかった。
あまりの衝撃に震える手を必死に抑えて誤魔化す。
そして、僕は二人に追いつかないようにわざとゆっくりと歩いた。
朝から悪口を言われているのを聞いたせいか、その日は一日中気分が沈んでいた。
授業中、生徒たちは配られたプリントの4択の問題を必死に解いている。
「では、後で誰かに答えてもらうので近くの席の人と答え合わせをしてください」
先生がそう言い、生徒たちは近くの席の人と答えを確認し始める。
僕はこういう時、誰に声をかけるのが良いのか迷う。
周りの席に友達の啓介も渉もいない。
僕の周りの席は話したことがない人ばかりである。
隣の席の佐々木さんに声をかけるのが一番適切な気がするが、女子に自分から声をかける勇気はない。
だからと言って、後ろや反対側の隣の席の男子に話しかけたらなんで隣の席の人に話しかけないのか周りの人から不審に思われる気がする。
結局、僕は一人で黙々と教科書を見ながらプリントの問題を解いた。
「では誰かに答えてもらいます。(1)の問題をじゃあ、佐々木さん」
先生が佐々木さんを当てる。
「…えっと、選択肢2だと思います」
少し自信がなさそうに佐々木さんが答える。
「2ではないですね」
先生に言われて佐々木さんは教科書をペラペラとめくりながら必死に答えを探している。
こういう時、答えを教えてあげた方が良い気がするがなんて声を掛けようか迷う。
僕がそう思っていると佐々木さんが先程よりも小さな声で自信がなさそうに答える。
「…1ですか?」
「違います」
先生にきっぱりと言われ、さらに焦っている。
周囲も少しざわつき始める。
佐々木さんは困った顔をして下を見ている。
佐々木さんが分からない問題は教科書に答えが載っていたので、僕は答えが合っている自信がある。
困っていそうだから教えてあげようかな。
僕は意を決して、彼女の机をシャープペンで突いた。
「…ん?」
少し首をかしげて僕の方を見ている。
「答え選択肢4だと思う」
僕は呟く。
「ほんと?」
「うん」
「…選択肢4だと思います」
佐々木さんは前を向いて答える。
「そうですね、答えは4番です。…がこうなるので…」
先生が解説を始める。
佐々木さんを見ると少しホッとした表情をしていた。
そして授業が終わり、生徒たちがお昼ご飯を食べようと友達と席をくっつけたり話している。
僕も啓介と渉とお昼を食べようと、カバンからお弁当と水筒を取り出す。
「大野君、さっきはありがとう」
咄嗟に誰かに話しかけられて少し驚く。
顔を上げると、佐々木さんが少し笑みを浮かべて僕の席の前に立っていた。
「ううん」
何て返せばいいか分からず、手を止めて佐々木さんの方を見ながらそう言う。
「本当に助かったよ。プリントの問題、全然分からなかったのに先生に当てられちゃったからどうしようって思っていたんだ」
「全然。たまたま答えが教科書の端っこの方に書いてあったの、見つけたから」
「え、そうなの?たくさん探したのに全然分からなかった。最初から大野君に聞けばよかった。友達と席が離れちゃって誰かと答え合わせみたいな時、誰に聞いたらいいか分からなくて」
僕も誰に聞いたらいいか分からなくて話しかけられなかった。
同じことを思っていたんだなと思うと、彼女に少し親近感が湧く。
そう思っていると、佐々木さんは話題を変えて話し出す。
「そういえば、今年初めて同じクラスになったよね。前は何組だったの?」
「2組だよ」
「2組だったんだ。階が違ったんだね。私は6組だった」
「そうなんだ」
女子と話し慣れていない僕は、聞かれたことを返すだけでも精一杯だった。
「2組ってもしかして文化祭の時、お化け屋敷やっていたクラス?」
そう聞かれて、僕は昨年の文化祭を思い出す。
「そういえば、お化け屋敷やったね」
「そうだよね、やっぱり。暗闇の中、後ろからお化けが追いかけてきて友達と絶叫したもん」
「え、僕お化け役だった」
「うそ、すごく怖かったんだけど大野君だったんだ。ていうか、お化け役とかやるんだ。なんか意外」
「僕は受付をやろうと思っていたんだけど、啓介と渉に誘われて仕方なく」
佐々木さんのにこやかな笑顔につられて僕も自然と笑みを浮かべていたことに気が付く。
「文哉、お腹空いたしそろそろお昼食べようぜ。二人が話し終わるの、ずっと待っていたんだけど」
渉は少し不機嫌な顔で、僕の席に近づいて言う。
啓介も渉の横に立っている。
二人ともお弁当と水筒を持っている。
「ごめん、つい話しすぎちゃった。お昼食べよう」
「ごめんね」
僕に続けて佐々木さんは胸の前に手を合わせて、渉たちにそう言う。
「いいよ。でも佐々木さん、今度は文哉だけじゃなくて俺とも話そうよ。せっかく今年同じクラスになったんだし」
「そうだね、話そう」
佐々木さんは少し驚いた顔をしながらそう言う。
渉は笑みを浮かべる。
「今日は天気が良いから外でお弁当食べるか」
いつもよりも少し高い声で渉はそう言う。
僕は教室から窓の方に目を向ける。
9月上旬の今日は、真夏よりも暑さが少し和らいでいて過ごしやすい。
「そうだね」
「おう」
僕と啓介は後に続ける。
「じゃあね」
僕は啓介と渉に続いて教室を出ようとすると、僕にだけ聞こえそうなくらいの小さな声で佐々木さんに声を掛けられた。
「…うん」
僕がそう言うと、佐々木さんは小さく手を振る。
どう返せばいいか分からず、軽く会釈をすると誰かにその姿を見られた気がした。




