彼女に隠された衝撃の真実
彼女は僕のことを忘れてしまったのか。
忘れられるほど、僕との思い出は彼女にとってどうでもいいものだったのか。
答えは彼女にしか分からない。
でも、ふと思う。
僕が卒業式の日に彼女に手紙で自分の思いを伝えられていたら、彼女の隣には今僕がいたのだろうか。
そしたら、彼女にこんな悲しい思いはさせなかった。
そう思うと、悔しさと後悔でいっぱいだった。
「考え方が彼氏と真逆だから合わないって思われているみたいで彼と会ったのが3日前なんですけれどそこからLINEの既読が付かなくて。私、振られちゃうのかな。こんなことになるなら、彼の考え方に合わせるべきだったのかもしれない」
佐々木さんは今にもまた泣きそうな顔をしていた。
「考え方、無理に変えようとしなくていいと思います」
そう言った時、僕のスマホに電話がかかってきた。
通知には「遥人」と書かれている。
中学の友達の遥人からだった。
「全然、お気になさらず出てください」
「あ、すみません」
佐々木さんに促されて僕は席を離れ、電話に出た。
「あ、もしもし文哉。同窓会どうだった?例の佐々木さんと再会できたか?」
「…いや、それが彼女来ていなかったんだよね」
「なんだ、そうだったんだ。残念だったな、また飲みにでも行こうぜ」
「うん、ありがとう。わざわざ電話してくれて」
「おう、じゃあまたな」
電話を切ると、僕は席に戻った。
「すみません、中学時代からの友達からで」
「いえいえ、なんか緊急の電話とかじゃなかったですか」
「いえ、全然そんなんじゃないです。実は今日、高校の同窓会があって。僕、高校時代に好きだった人を今でも引きずっていて会えることを期待して行ったんですけれど、彼女来ていなかったみたいで。そのことをさっき電話をくれた彼に話していたので、電話をくれたんじゃないのかなって思います」
「いいですね、そんなふうに話せる友達がいるのって」
佐々木さんは少し寂しそうな顔をしていた。
僕は黙って彼女を見ると、彼女は続けて言った。
「実は私、大学1年生の頃に交通事故に遭って。その前の記憶がないんです、家族とか幼少期の記憶はあるんですけれど、中学とか高校の時の記憶は何も思い出せなくて。お医者さんに話を聞いたら、事故が起こる数年前とか直近の出来事は記憶がなくなる病気みたいで」
彼女の突然の告白に僕は息を呑む。
「事故で頭を打って逆行性健忘っていう病気になってしまって、事故の後の記憶はあるんですけれど事故の前の記憶がどうしても思い出せなくなっちゃったんです。そこから中学とか高校の時の友達みんないなくなっちゃったんです。最初は病気のことを打ち明けた時、優しい言葉をかけてくれるんですけれど。たぶん、つまらないって思われるんですよね、思い出話をしても私は何も覚えていないから思い出を共有できなくて」
彼女は暗い表情でそう言ったが、誤魔化すような笑みを浮かべている。
「たぶん、本当の友達はいなかったっていう証ですよね。本当の友達ならそれでも受け入れてくれる気がするから。とは言ってもLINEとかのやり取りを見返してたぶん友達だったんだろうなっていう推測なので、本当に友達だったのか分からないし会った時は初対面みたいな感じで、でも相手は私を知っているっていう変な感覚でした。よそよそしい態度の私にもきっと原因がありますね」
彼女はぎこちなく笑っているように見えるが、目は笑っていなかった。
あの時のような三日月のような目で微笑む佐々木さんとは別人のようだ。
彼女は大学以前の記憶がない。
だから、僕のことも覚えていなかったのか。
5年前と変わらないマッシュの髪形の僕を見ても、彼女が前にくれたハンカチを見ても。
同窓会に来なかったのもそのせいだろう。
先程までの違和感は全て繋がった気がした。
僕が呆然としているように見えたのか、彼女は少し慌てて口を開く。
「すみません、初対面の人にする話にしては重かったですよね。でも、なんでだろう。なんか初めて会った気がしなくて。私たち、今日が初対面ですよね?」
まっすぐと僕を見つめる彼女を見て、僕は彼女に本当のことを言おうか迷った。
しかし、言ったとしても彼女は僕との思い出を覚えていない。
僕の中でしか彼女との思い出は生きられない。
彼女を苦しめることはしたくなかった。
気を遣わせたくなかった。
ただ、僕は彼女があの時のように笑う姿をもう一度見たかった。
でも、心のどこかで彼女と高校の時の思い出を話せることを期待していた。
しかし、佐々木さんと思い出話をできる日は永遠に来ない。
佐々木さんも僕と同じように過去を思い出していたり引きずっているのではないかという淡い期待も消え去った。
彼女が事故に遭わなければ、病気にならなかったら彼女は僕を覚えていたはずだ。
彼女は僕を見て何を思ったのだろうか。
彼女の過去の気持ちはもう知ることはできなかった。
目頭が熱くなり手で抑えると、飲みかけのメロンソーダを一気に飲み干した。
メロンソーダの上に載っていたバニラアイスは溶けてメロンソーダと程よく混ざっていた。
「…はい、今日が初対面です」
「そうですよね、すみません変なこと聞いて。あ、そういえば申し遅れました。私、佐々木心愛って言います」
「名前言っていませんでしたね、僕は大野文哉です」
「そういえばさっき話していた高校時代に好きだった人を今も好きっていう話、よかったら聞かせてください」
「はい。高校の時に僕はバスケ部だったんですけれど上手くなれなくて部活の後に一人で自主練していたんです。それを随分と前から見てくれていた人がいて、気付いたらその人のことを好きになっていたんです。でも、告白できないまま卒業しちゃって。5年経った今でもその人以外の人と恋愛することは考えられなくて、またどこかで会えることを期待していたんです。そんな時に高校の同窓会が開催されることを知って期待して行ったんですけれどいなかったみたいです」
同窓会にはいなかったけれど今日偶然再会できた。
今、その人は僕の目の前にいる。
その言葉は喉に引っかかったままで、出ることはなかった。
「素敵ですね、大野さんに一途に思われていることを知ったら彼女はきっと喜ぶんじゃないんですか」
僕は涙を堪えることしかできなかった。
まさか、佐々木さんにそう言われるとは全く予想していなかった。
「その女性にまた会えるといいですね」
彼女はそう言うと、少し微笑んだ。
でも、あの時の彼女の笑顔とはどこか違って少しぎこちなかった。
「そういえば、この喫茶店にはよく来られるんですか?」
佐々木さんは話題を変えて僕にそう尋ねる。
「気分を変えたい時とかに時々来ます。佐々木さんも良く来られるんですか」
「私も時々来ますよ、なんかこの喫茶店に来ると気持ちが落ち着くんですよね。また、お会いした時はよろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ。僕、そろそろ行きますね。ちょっと用事を思い出して」
僕は現実を受け止めることができなかった。
彼女に彼氏がいることも。
病気になり、僕のことを覚えていないことも。
そして、もしまたどこかで彼女と会っても彼女はこれから先も高校時代の僕との思い出を思い出す日は来ないことも。
彼女と5年ぶりに話すことができて嬉しかったのに、彼女は僕に他人のように振る舞う。
その状況に耐えられなかった。
それで、用事があると嘘をついた。
一度帰って、頭を冷やしたかった。
「あ、すみません。借りたハンカチは今度クリーニング出してお返しします」
「いえ、そのハンカチあげます。ハンカチたくさん持っているので大丈夫です」
僕は咄嗟にそう言い、お会計を済ませると喫茶店を出た。




