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僕の記憶の中の君と、また会える日まで  作者: 川桜あめ


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19/19

過去を引きずる僕と彼女の現在

彼女は高校の時は束ねていた髪を下ろしていて、髪色は少し茶色かった。

彼女は一人でカウンターの端に座っていた。


「マスター、席ここでも良いですか?」

そう言って、僕は彼女の隣の席を指差す。

「あ、ここ?別にいいけれど、彼女と知り合いなの?」

「…あ、はい。知り合いなんです、実は。あ、あとメロンソーダをお願いします」

僕は咄嗟に小声でそう言って誤魔化した。

「いつものメロンソーダね、今から用意するよ」

マスターはそう言い、キッチンの裏に入って行った。


僕は彼女の隣に座ろうと近づくと、彼女は静かに涙を流していることに気が付いた。

泣いているからなのか、彼女は僕が隣に座っても何も反応をしなかった。

彼女に僕が大野文哉だと気付いてほしい。

あの時の楽しかった彼女との思い出を今の佐々木さんと笑いながら話したい。

彼女の笑っている顔をもう一度見たい。

僕は、5年前に彼女からもらったバスケの刺繍がされた青いハンカチを持っていることを思い出した。

このハンカチを彼女に差し出せば、彼女は僕に気付くだろう。

そう思い、僕はそのハンカチをカバンから取り出した。


「あの、これよかったら使ってください」

僕はそう言い、彼女にハンカチを差し出す。

「え、いいんですか。ありがとうございます」

彼女は僕の方を振り向いてそう言うと、ハンカチで涙を拭う。

5年ぶりに意外な形で彼女と話すことができて、僕の心はじんわりと温かくなった気がした。

「ハンカチもティッシュも今日忘れちゃったんで助かりました」

彼女は高校の時と変わっていなかった。

柔らかい雰囲気も、ちょっとしたことで感謝する姿も。

僕は高校の時に彼女が先生に当てられていた時に答えを教えた時のことを思い出す。


しかしなぜか、彼女からもらったハンカチを差し出したのに彼女は僕のことを覚えていないかのように振る舞う。

まるで初めてあった人のように。

こうなると、自分から言い出すのも気まずい。

最初から自分で名乗り出るべきだったのかもしれない。

でも、ここまで来たら他人のフリをしよう。

彼女がいつ僕のことを気付くのか試してみたい。

そんな変な好奇心が芽生えた。

「何か辛いことがあったんですか」

思い切って僕がそう尋ねると、彼女は目を見開く。

彼女はまだ初対面だと思っているから、さすがに今の質問はまずかったかな。

慌てて僕は付け加える。


「あ、すみません。何か辛いことがあったのなら僕でよければ話聞きますよ。もちろん、話せる範囲で大丈夫なので」

「…ありがとうございます」

彼女は小声でそう言うと、話し始めた。

「実は私、付き合って半年になる彼氏がいるんですけれどこの前会った時に喧嘩というか呆れられちゃって、どうすればいいか分からなくて」


予想外の彼女の言葉に僕は呆然とする。

佐々木さんに彼氏がいる、付き合って半年…?

僕は佐々木さんのことを高校を卒業して5年経った今でも引きずっていた。

彼女との楽しかった思い出だけを胸に。

しかし、彼女には彼氏がいた。

彼女は僕のことを何とも思っていなかったから、今も思い出されないってことなのか。

そう思うと、急に胸が苦しくなった。


「お待たせしました、メロンソーダです」

「ありがとうございます」

注文したメロンソーダが机に置かれ、僕は上に載っているバニラアイスを一口食べる。

いつもは程よい甘さと冷たさが身体全身に染み渡るはずのバニラアイスが今日は僕の心を凍りつくように寒くさせる。

バニラアイスはいつもよりも少し冷たく、頭も心も冷える気がした。

メロンソーダを一口飲み、冷たさを調和すると、僕は口を開く。


「それは困りますね、喧嘩かぁ、すみません。僕、今まで誰かとお付き合いしたことないので仲直りの仕方とかよく分からないかもしれません」

彼女の悩みに答えようがなく、僕は正直にそう言う。

「そうだったんですね、さっき貸してくださったハンカチの刺繍が綺麗だったので彼女さんにもらったものかと思っていました」

落ち着いた口調で佐々木さんはそう言った。

彼女はもう泣いていなかった。

ハンカチの刺繍は彼女の目にしっかりと映っていた。

それなのに、なぜ彼女は過去に自分が作ったハンカチだと気付かないのだろうか。

僕のことも全く気付く気配がない。


「すみません、話聞いてもらえるだけで十分なので続きを聞いてもらえませんか」

佐々木さんはか弱い声でそう言う。

こんなにも彼女が弱々しい姿を僕は初めて見た。

佐々木さんと彼氏の話。

正直、聞きたくなどなかった。

でも、彼女の前では良い人でいたい。

彼女の力になりたい。

その思いが消せず、僕はいつの間にか返事をしていた。

「僕で良ければ」

「ありがとうございます」

彼女はそう言うと、話し始めた。


「この前、彼氏と会った時に最近仕事があまり上手くいっていないって相談をされたんです。周りの同僚がみんなレベル高くてさ。次々と昇進していく中で俺だけまだで。俺はいつになったら昇進できるのかって上司にきつい言い方されて、疲れちゃったって」

僕は真剣に彼女の話に耳を澄ます。


「その時に、それは疲れちゃうね。でも、十分頑張っているよ。それにきつい言い方の上司がいるのに今の仕事を続けられるってすごいよ。自分のペースでいいんじゃないかなって私の考えを言ったんです」


佐々木さんの言葉を聞いた瞬間、僕の気持ちは軽くなった気がした。

その言葉は僕ではなく、佐々木さんの彼氏に向けたものであるはずだ。

それなのに、仕事がうまくいっていない僕のことを責めずに肯定してくれている気がして、心が温かくなる。


「そしたら、俺は俺のペースでいい?そんなのんきなこといつまでも言っていられないよ。結果を出さないと周りから認めてもらえないことくらい分からないのか。本当に俺のこと励ましているつもり?仕事辞めたら生活できなくなるから今の仕事を続けているだけであって、別にすごくも何ともないし。きつい言い方の上司がいたらすぐに仕事を辞めるってこと?って彼氏に激怒されて。私はただ、彼氏が頑張りすぎちゃうところがあるって思ったから少しは息抜きしてもいいんじゃない?ってつもりで言ったんですけれど価値観が違うって彼は言い出して」


「彼は結果にこだわっているんですけれど、私は結果よりも過程の方が大事なんじゃないのかなって思うんです。もし、頑張ったのにその努力が報われなかったとしても違う目標ができた時にも同じくらいの熱量でがむしゃらに突き進んでいける気がして」


その言葉は5年前に僕にかけてくれた言葉とどこか似ている気がした。

彼女は5年経った今も結果よりも過程を大切にする考え方が変わっていなかった。

やっぱり彼女は佐々木さんだと僕は確信した。


彼女が昔と変わったのは彼氏ができたこと。

そして、なぜか僕のことを覚えていないかのように振る舞うことだった。

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