最後に伝えたかったこと
数日後、僕は佐々木さんと再会した喫茶店を訪れた。
「いらっしゃいませ」
マスターが笑顔で僕を出迎える。
「ちょっといいですか」
僕がマスターにそう言うと、マスターは不思議そうに僕を見て言う。
「どうしたんだい?」
「この手紙を僕がこの前話していた佐々木さんという女性に渡してもらえませんか」
「この前君とカウンターの端で話していた女性かな。いいけれど、自分で渡さなくていいの?」
「僕、引っ越しをするのでこのお店に行くのも今日が最後かもしれないんです。なので、お願いします」
彼女に彼氏がいなかったら、僕は彼女と付き合いたかった。
でも現実を知ってしまった以上、僕は彼女を忘れるしかない。
しかし、この前再会した時に彼女に言いそびれてしまったことがある。
それを最後に伝えたくて、でも彼女を見たら手紙を渡す勇気など出ない気がして僕は喫茶店のマスターに手紙を託した。
引っ越しをするというのは嘘だ。
彼女を忘れるには、もう彼女に会えない状況に自分を追い込むしか方法は思いつかなかった。
「そっか、分かった。彼女が再びお店に来たら渡すよ。もう君とは会えなくなるのか、寂しくなるね」
マスターの言葉に僕は少し後ろめたい気持ちになる。
「あ、あといつものメロンソーダをお願いします」
僕はそう言い、窓際の席に座った。
ここの喫茶店のメロンソーダを飲むのはきっと今日がきっと最後になるだろう。
自分からこのお店に行かなければ佐々木さんと会うことはなくなると思い言い出したことなのに、少し寂しくなった。
しばらく経って、メロンソーダが運ばれてくる。
「お待たせしました、メロンソーダです」
「ありがとうございます」
最後のメロンソーダは外の景色を眺めながら、いつもよりもゆっくりと飲んだ。
飲み終わり、お会計を済ませる。
「引っ越ししたらこっちの方に来ることは少なくなっちゃうかもしれんが、また気が向いたらいつでも来てね」
マスターがにこやかに微笑み、そう言う。
「ぜひ、また行きます」
僕はそう言うと、喫茶店を出た。
「いらっしゃいませ」
「あの、コーヒーをお願いします」
心愛はそう言ってコーヒーを注文した。
マスターは彼女に気が付き、声をかける。
「佐々木さんで合っていますか?」
「ええ、そうですけれど」
「実は、大野さんから手紙を預かっていてな。佐々木さん宛てに。彼、引っ越しをするみたいでな。その前にどうしても伝えたかったことがあったみたいで」
マスターは彼女に文哉から預かった手紙を渡す。
「え、そうなんですか」
彼女は手紙を受け取り、読み始める。
手紙の文面
「この前はありがとうございました。あの時に言えなかったことを手紙に書きました。
驚かせてしまうかもしれませんが、実はこの前が初対面ではなく過去に何回もお会いしたことがあります。
佐々木心愛さん、あなたは僕の初恋で僕が同窓会で再会できることを夢見ていた方です。高校が一緒で5年経った今もあなたを忘れられずにいます。
でも、あなたが病気で過去の記憶がないと知り、現実を受け止められなかったのと、あなたを困らせたくなくて僕の口からは言えませんでした。
今になってこうやって手紙で書いているのも正しいかどうか分かりません」
彼女は目を見開き、わずかな笑みを浮かべる。
「お待たせしました、コーヒーです」
「ありがとうございます」
テーブルに置かれたコーヒーを一口飲むと、彼女は手紙の続きを読み始める。
「あなたに彼氏がいるというのを知ってしまったので、僕も気持ちに区切りをつけたいと思っています。
でも、最後にこれだけは言わせてください。佐々木さんはこれからも佐々木さんのままでいてください。僕のようにあなたの言葉に救われる人はたくさんいるはずなので。
僕は今まで、スポーツも勉強もどんなに頑張っても結果が出なくて苦労しました。でもそれ以上に周囲の人から、あんなにやっているのにどうしていつも結果が出ないのかと責められるのが一番辛かった。
そんな時にあなたが言ってくれました。僕が一人で自主練に打ち込む姿に元気をもらって吹奏楽部を続けられたと。この言葉を境に僕は初めて努力の過程を褒めて認めてくれる人がいるということを知り、原動力となりました。みんなに認められなくても1人でも味方でいてくれる人がいたら十分だと思いました。
だから、佐々木さんには本当に感謝しています。過程を重視する人と結果を重視する人、どちらが正しいとか間違っているというのはきっとないと思います。
あなたが納得しているのなら、もちろんあなたの考え方を尊重します。でも、彼氏に考え方を批判されたからって自分を責めたりしないでください。僕のようにあなたの考え方に救われる人は必ずいます。
あなたがあなたらしくいられる人と結ばれることを僕は願っています。 大野文哉」
心愛は手紙を読み終えると、涙を流してマスターに尋ねる。
「大野さんっていつお店に来られたんですか」
「さっきだよ、30分前くらいだったかな」
「そうなんですか、わたし、もう行きます」
彼女はそう言うと、飲みかけのコーヒーを一気に飲み干しお会計を済ませてお店を出た。
喫茶店周辺を走り周ったが、文哉の姿を見つけることはできなかった。
数日後、文哉は喫茶店の前を通り窓ガラス越しに心愛の姿を探す。
しかし、そこに心愛の姿はなかった。
過去の恋に区切りを付けようとマスターに手紙を渡してもらった文哉だったが、今もなお彼女の現状を受け入れられずにいた。
彼はあの時の心愛はいないと頭では理解しながらも、自分に笑いかけてくれて文哉のことを覚えている彼女の姿を探し続ける。




