第98話 ラブ♡ティーチャー!!
藤原君が変だ。
いや、人の趣味を悪く言うつもりはない。
ない、んだけど……。
あの藤原君が、二頭身にデフォルメされた猫耳の女の子のグッズを買い占めている。
財力の赴くまま、ぬいぐるみやらポスターやら……限定品ばかりを買っていく。
しかも、水色の子限定。
清楚な癒し系っぽいキャラ。
え、藤原君っておしとやかな子がタイプなの?
それも意外なんだけど。
「そんなに見つめるなよ名竹さん」
私の視線に気づいた藤原君が、口元に笑みを浮かべて甘いセリフを吐く。
いつもの冗談には見える。
けど触れていいのかが分からない。
「王子、アクスタも買いなよ」
「瀬戸さん、これ何に使ってる?」
「崇拝」
「邪教だな」
玲香は藤原君の買い物に、楽しそうに口を出している。
オレンジとピンクのぬいぐるみを見比べ、珍しく二人で笑っている。
た、楽しそうならいっか。
買い物を終えた藤原君の手にはそこそこの荷物。
いや、それよりも!
その “萌え” を前面に押し出した手提げ袋はアリなの?!
藤原君がカラフルな猫耳の女の子たちに囲まれている。
夕夜は心なしか、少し離れて歩いてる。
……居た堪れない。
みんなが藤原君に視線を向けてるのは、どっちのせいなの?!
「藤原君……私、荷物持つよ?」
とりあえず可能性を一つ潰しておこう。
「え、いいの?」
「うん……」
藤原君から荷物を受け取る。
みんなの “王子様” を守るためならこれくらい――
「絶対曲げんなよ?」
「え?」
「こっから先、何があっても人にぶつかるな」
そう言って、皇帝は先を行く。
え、何?!
そんなに大事なの?!
「……華、俺持つよ」
夕夜が手を差し出してくる。
でも、すごく複雑そうな顔してて思わず笑う。
「軽いし大丈夫だよ」
荷物を肩にかけて、その手を差し出す。
「こうすれば二人で荷物も守れるし、手も繋げる!」
夕夜は苦笑いしながら私の手を握る。
「俺たちで潰したら、目も当てられないけどね」
「う、気をつけよ」
人の波に流されながら、玲香たちの後を少し離れてついていく。
一度だけ二人が後ろを振り返り、私たちを見て口元だけで小さく笑った。
ブースを見ながらしばらく歩くと、庭園へと続く屋外に出た。
「少し休憩しよう」
藤原君と玲香が植え込みの縁にスペースを見つけてくれる。
夕夜が飲み物を買いに行ってる間、玲香がいつのまにかゲットしてた戦利品を見ながら待つ。
隣に藤原君が腰掛けて、頬杖をつきながらぼんやりと辺りを眺めている。
ここでもやっぱり視線を集めるから、私は少しだけ距離を空けて腰掛けた。
「あっ! 華見て!」
玲香が庭園の方へ視線を向ける。
色鮮やかな衣装の人たちが並ぶ中、玲香の指さす方にいる一人のコスプレイヤーが目に入った。
あの原色ピンクの派手なジャージ。
気だるげなポーズは……。
「ラブ♡ティーチャー!!」
あれはまさしく、ラブチャの “先生” だ!
「ジャージ着てるだけじゃん」
藤原君が冷めた視線を向ける。
「あの駄作でコスプレしようだなんて、完全ネタ枠だな」
というか……。
改めて思い知る。
「鷹野先生、やっぱクオリティ高すぎるよね」
「あの天然ラブチャ見ちゃってるとね」
私と玲香は顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
「ああいうのって写真撮ってもいいの?」
「本人の許可あればね。ネタ枠は意外と撮られ待ちしてたりするし声かけてみれば?」
「じゃあ、せっかくだし聞いてみようかな」
「まだ鷹野追っかけてるの?」
夕夜の声。
振り返ると、ペットボトルを抱えた夕夜が半ば呆れたような顔で立っていた。
藤原君がその後ろで肩をすくめてる。
「ち、違うよ。鷹野先生じゃなくて、ラブチャの先生だってば!」
「ふうん?」
疑ったような目で、夕夜がペットボトルを手渡してくる。
「ほ、ほんとだって!」
玲香は視線を逸らしたまま、夕夜からペットボトルを受け取る。
「もっかい大伴君に言えばいいじゃん」
夕夜の後ろから、ニヤついた藤原君がひょいと顔を覗かせた。
「誰が好きかって」
「ちょっ、藤原君!」
「な?」
藤原君が夕夜を見上げて笑う。
夕夜は大きくため息を吐いて、藤原君にペットボトルを渡す。
「そうだ」
何かを思い出したように、藤原君は玲香に視線を向ける。
合図を受け取った玲香がにやっと笑うと、萌え袋の中からオレンジ色のぬいぐるみを取り出し、夕夜に投げ渡す。
「⋯⋯何これ」
夕夜の手には猫耳ポニーテールの女の子が元気良く笑ってる。
「大伴君に。名竹さんに似てるだろ?」
「私たちからのお祝い。華だと思って大事にしてね」
「鞄につけて連れ歩きな」
藤原君と玲香が悪戯に笑い合う。
夕夜が困ったようにぬいぐるみに視線を落とし、気まずそうに目を逸らす。
「タチ悪⋯⋯」
夕夜の手に握られたぬいぐるみのポニーテールを指で突く。
私に似てるとは思えないけど⋯⋯。
「夕夜って、やっぱりポニーテール好きなの?」
夕夜の空気が一瞬固まる。
「⋯⋯タチ悪」
夕夜が諦めたような目で私を見た。
そして帰り道――。
玲香と別れ、藤原君が車で送ってくれる。
「ラブチャのコスプレなんて渋いですね!」
コミケでの話をしていると、斎藤さんが嬉しそうに笑う。
「斎藤さんもラブチャファンですか?!」
「斎藤は親父のファン」
藤原君が冷ややかな声で言う。
「え、藤原君の? 明景さん出てたっけ?」
正直、“先生” しか見ていなかったから、出演者が誰かなんてほとんど覚えていない。
「明景さんはラブチャの監督ですよ」
「え⋯⋯えぇ?!」
隣の夕夜も少し驚いている。
「親父が趣味で作った映画。あんなん恥ずかしくて、俺もまともに見たことない」
「でもあの “先生” だけは、明景さんがすごくこだわって、見た目から性格まで役作りさせたみたいですよ」
「……先生だけ?」
「そうですよね、あの俳優さんも他の作品だと全然違いますもんね」
だから俳優さんのファンにはなりきれなかった。
でも監督なんて気にもしてなかったから、明景さんの作品だったなんてびっくり。
「確かに、今思うと明景さんのノリかも」
思い出して、思わず笑ってしまった。
でも藤原君が険しい表情をしている。
「親父、鷹野を知ってる――?」
「え?」
藤原君が小さく舌打ちをする。
「あの狸親父、やっぱなんか隠してやがるな」




